あなたの奥さんを埋めました

もんきーみぃ

あなたの奥さんを埋めました

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あなたの奥さんを埋めました。

あなたがこの手紙を読んでいるとき、あなたの奥さんは冷たい土の中です。


どうしてそんなことをしたんだと、怒りに震えるでしょうか。

悲しみにくれるでしょうか。

悪い冗談だと笑い飛ばすでしょうか。

なんにしろ、あなたの奥さんが土の中に埋められているという事実は変わりません。


その理由がわかるでしょうか。

賢いあなたならご理解しているかと思いますが、念の為、この手紙で一から十までを、教えて差し上げましょう。


娼婦の私が、あなたと出会ったのは半年ほど前でした。

繁華街の路地裏に立ち、客を待っている私に、あなたは声をかけました。

私に声をかけてくる男は、刺青を入れたチンピラや、汚い身なりをした人ばかり。

なので、あなたのしゃんとした姿を見たときに、あなたが私を買うために声をかけたのではないと、すぐにわかりました。


麻薬捜査をしていたあなたは、取引現場に遭遇したことがないかと、私にたずねましたね。

私は心がヒリリとしましたが、なんてことない顔をして、なんてことないように答えました。


あなたも知っている通り、私の客は暗闇の世界で生きてきた人が多いです。

本当は、路地裏に通う男たちの、誰が麻薬をさばいていて、誰が麻薬を使っているのか、大方知っていました。

しかし私は、口を割らずに黙っていました。


麻薬の金が回らなくなると、私を買う客が減るとわかっていました。

暗闇の世界で生きる人たちには、精神を安定させる薬が必要です。

その人たちがせっせと働いてお金を稼がなければ、私を買ってくれなくなります。


私も自分の生活が大切です。

法を破る人たちを裁くことよりも、目先の現実を優先しました。

あなたはただ首を横に振る私に執着することもなく、その場を後にしました。


次の日、立ちんぼの間で、捜査官がきたことが話題になりました。

昼は中華飯店で働いているシュウちゃんの太客が、しょっぴかれたと騒がれていました。

シュウちゃんやほかの娼婦たちは、捜査官にあれこれ、根掘り葉掘り聞かれたと言っていました。


親はどこにいるのか。住所はどこか。年齢は。

麻薬を使っている男を知らないか。


娼婦たちは恐れていました。

捜査官の目が自分にかかり、尋問されるのではないかと。

いいえ、それよりも。

暗闇の世界の人に、捜査官に情報を漏らしたことがばれたら。

もしくは捜査官に協力したと誤解されれば、ただではすまないと恐れていました。


あなたたちのせいで、街は静かになりました。

多くの娼婦とチンピラは、荷物をまとめ行方をくらませました。

顔見知りも少なくなりました。

老人も子供も、ベテランも新人も関係なしに、我が身を案じて逃げました。


街に残ったのは、大きな組織の人たちと、その人たちに囲われている娼婦だけでした。

あなたも知っている通り、私は立ちんぼでしたが、幹部のカルサンから寵愛を受けていたので、街に留まることになりました。

カルサンさえいれば生活には困らなかったのですが、もしカルサンのもとから逃げたりしたら、裏切り者として報復されるとわかっていました。


ですが、いま思えばカルサンの後ろ盾がない根無し草だったとしても、私はこの街に留まったことでしょう。

昔から、この街が私の心臓のような気がしてならないのです。

この街と生きて、この街と死ぬことが、幼い頃からこの世界で生きてきた私に架せられた使命だと思えました。


この街で男たちを慰め続けた女に、どんな幕切れが用意されているのか。

それが知りたかったのです。


暗闇の世界の人たちは、お得意のトカゲのしっぽ切りで、麻薬使用者や売人の末端を使い捨てました。

若い下っ端ばかりが連れていかれました。

残った娼婦たちは、びりびり殺気立つ男たちの相手をしなければなりません。

組織から足抜けしたとなると、捜査官に尋問されるよりもひどいことをされるからです。

行き場も逃げ場もない娼婦たちは、互いを励まし合うしかありませんでした。


カルサンが呆気なく捕まったことは意外でした。

捜査官の手が組織の幹部にまで伸びたときに、生贄になったのがカルサンでした。

次期若頭の座を奪われ、幹部争いに敗れ、不要な男になったのです。

カルサンが最後に私を抱いたとき、故郷の歌を口ずさんでいました。

連行されるカルサンの後ろ姿を見て、私はその細く寂しい歌声を思い出しました。


明日が見えぬ 迷い川

あなたの居ない 心の闇を

どうぞ照らして 星明かり


カルサンがいなくなってから、いろんな男が私を抱きました。

捜査が進み、いよいよ組織が斜陽になると、客の金払いが悪くなりました。

体を売ったのにとんずらされた、惨めな夜もありました。

組織は日が経つに連れて散り散りになりました。

そして蝉の声が薄れた季節には、とうとう街を捨てて消滅したのです。


一気に人が減ったので、高台のブティックも、社交サロンも、シュウちゃんがいた中華飯店も店じまいしました。

暗がりでしか生きていけない人たちは、仕事をなくし、住居をなくし、裸足でさ迷っています。

あなたたちによって、街は死に追いやられたのです。


カルサンがいなくなってから、私も頭がぼんやりとする日が続き、生きているのか死んでいるのかわからない状態でした。

街が死ぬのなら、私も死ぬのだろうと思いました。

ですが死ぬ前に、一つだけ決着を付けねばなりません。


カルサンを捕まえたあなたに、会わなければいけない。

初めて出会ってから、あなたは路地裏に立つ私を何度も見かけましたよね。

しかし、あなたは私以外の娼婦や男たちに厳重な取り調べをしましたが、私には最初の一度きりしか、話しかけてきませんでした。


親がどこにいるのか、住所はどこか、年齢は。

特に麻薬使用者、売人との関係については、知らないと答えてもしつこく聞かれたと、娼婦たちが話していました。


どうして私には、しつこく聞いてこなかったのでしょう。

私のような子供では何も知らないと、聞くだけ無駄だとお考えになったのでしょうか。

しかし、私が捕まったカルサンの情婦だと知ってからも、あなたは私を問い詰めようとはしませんでしたね。

私はすぐに、尋問のため連れていかれると思っていたのに、いつまで経ってもそのときはきませんでした。


証拠を固め、徐々に深部を突き崩すように組織を追い込んだあなたなら、優秀なあなたなら、私を捜査から漏らすようなヘマはしないのではないのでしょうか。

あなたの気まぐれで、私はいま、こうして言の葉を綴れているのでしょうか。


私の生活は死にゆく者の色に変わりました。

けれども、私はあなたを恨みません。

あなたを恨みませんが、あなたの奥さんを埋めました。

あなたが私を捜査から漏らした。

その理由がどうであれ、あなたの行動からは、あなたの情が感じられてなりません。


あなたに特別扱いをされているのではないかと感じたとき、私はあなたに抱きしめられたような気がしたのです。

あなたの情けが、私に焦げつくような愛を植え付けたのです。


明日が見えぬ 迷い川

あなたの居ない 心の闇を

どうぞ照らして 星明かり


雨が降る真夜中の住宅地。

あなたの後を何日も追い続けて、つかんだ住居。

人の良いあなたの奥さんは、玄関近くで倒れ込んでいた私を家に入れ、介抱してくださいました。

そんな奥さんを後ろから鈍器で殴りつけて、眠らせることは簡単でした。


これから山奥へ車を走らせます。

冒頭で、奥さんは冷たい土の中にいるとご説明しましたが、それはうそです。

殺してしまってはいけないので、地面から首だけを出して体を埋めることにしました。

カルサンの歌を口づさみながら、私は穴を掘るでしょう。

奥さんは暗い森の中で、冷たい水も拭えず、はびこる百足や蜘蛛も払えず、助けを待つでしょう。


私だけが奥さんの行方を知っています。

感情に任せ、私を警察に突き出してもかまいません。

しかしそうなれば、奥さんは助からないでしょう。

私はこの街で、口が堅いことで有名でした。

警察が私に尋問しているうちに、奥さんは凍えて死ぬか、野生の動物に喰われて死ぬか、発狂して死ぬでしょう。


どうしてそんなことをしたんだと、やはりお怒りになりますか。

私の望みはただ一つです。

もう一度あなたに、抱きしめてもらいたい。

こんどは二本の腕で、しっかりと抱きしめてもらいたいのです。

愛という希望が、私の命に宿りました。

私もこの街も、まだ死んではおりません。


あなたがご帰宅してこの手紙を読んでいるとき、私はもう、山奥から戻りこの家の玄関先に立っているかもしれません。

どうか泥まみれでやせ細った哀れな子供を、温かく迎え入れてください。

私が今日までこの街とともに歩んだ年月。

それはあなたに出会うためのものだったのです。

どうか私を愛して、生き返らせてください。


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