ラッキートレインは走るんだ

紫陽花の花びら

第1話

「なぁ覚えてる?うちの」

「うちのでやめるな。お前なぁ、ったくいつも唐突なんだよ」

ぷいと横をむく弟の颯。

「膨れても仕方ないだろう。主語が無いんだから。で? 何んでしょうか? 弟君」

「あーちゃんが教えてくれた列車の話と父さんの」

小五になってもあーちゃんと呼んでくる少し幼い所を残している弟。

「ああ~あれね。はーの好きな話しだね」

「はーって言うなよ。はやてって言えよ」

「はいはい。颯の好きな話しだね」

コクリと頷く弟。

「お前は良いのかよ。俺のことあーちゃんで?」

「良いの! あーちゃんはあーちゃんだから」

理不尽だぞ。

「話してよ~」

「今? その年で聞きたい? 判った判った! ぶつな! もう……ふう~ それではご乗車ください! まもなく発車致します。お客様? 薄目は駄目ですよ。ちゃんと目を閉じてくださいませ。ではこれより輝く未来に向けて発車の合図は? そうです!ビューティフルーシーン! いざ!」

 俺たちは母親と三人暮らしだ。看護師の母親は夜勤が多くて、俺は五歳違い弟のために、毎晩本を読んでやっていた。同じ本を何周もしていると、飽きてぐずり出す。仕方なしに口から出任せでお話しを作っては身振り手振りで話して聞かせていた。

その中で、颯のお気に入りがこの未来列車の話だった。

いい加減な兄貴でも、喜んで聞いてくれる弟のために、一応粗方の筋と何処まで話したかはメモっていた。

さぁ、何を話すか。

「おお~お客様。想像して下さいね。今カレーのいい匂いしてませんか? ここは未来の入り口インカラ帝国に着きました。お腹が空いてきた? 駄目ですよ! 今から未来見学なんですから、仕方ない。口開けて~」

俺はマールのカレー味を一つ放り込んでやる。

「美味しかった! もう一つ!」

「とんでもない!一個食べれば三日は持つ未来食ですよ!では~扉を開けます!」

弟を無理矢理抱き上げると、くるくる回る。幾ら華奢な弟でも重てぇ。ゲラゲラ笑う弟。話しそっちのけで二人でベッドに倒れ込む。

「お客様~いよいよ未来都市アッチゴランテです。聞こえますか? 車は柔らかい鋼を付けて飛んでます。パサパサパサパサ! 空気が綺麗で母さんの呼吸器科は忙しく無いんです! あっ母さん! 手を振りましょ!」

弟はジャンプしながら母さん母さんと呼んでいる。お前は幾つ? あーちゃんとしては遣り甲斐ありますけど。

「あら~颯にあーちゃん! もう少しで帰るね」と声色を駆使する。

「そうでした! お客様! 次は深海の都パールブルーに参ります」

ザブンザブンザブンザブン。

布団を何度も被せながら擽る。

「やめろ!やめろ!」

やめるかよ~

「お客様! 冷たくないでしょ? 一年中夏の都パールブルーです。では~水着になって飛び込んでみましょう」

パジャマを剥ぎ取るとパンツ一枚の弟に、

「ここではゴーグルを付けますから。目を開けてください」

ゴーグルを渡すと、マジに付ける。そして畳に体を投げたしバタバタと泳ぐ真似をする颯。サメだ鯨イルカだとリクエストに応える俺。

流石に疲れたよ。

「少し休憩しまーす。三日経ちましたので、マールのシーフード味をどうぞ。あーんして」

素直に口を開けている弟の唇を掠め俺が頂く。キョトンと為ている弟。

じきに飛びかかってくるぞ。

ほらきた!これかまた楽しい。

組んず解れつ。

「お客様! お強い! さあさあどうぞ! サービスに二つ差し上げましょう」

嬉しそうに口を開ける颯。

時計を見ると、そろそろ母親の帰宅時間だ。今夜は夜勤じゃないから。俺も颯も嬉しいくてテンションが高い。

幾つになっても待ち遠しものだ。

「お客様! さあてそろそろ現代に帰りましょ。帰りの合図はハッピータピオカ!」

また颯を抱き上げくるくるくるくる回す。


プッププップ。

「降ろして降ろして降ろして!」

弟が叫ぶ。

「ラッキートレイン!戻って参りました!」

「ラッキートレイン! 」

 ラッキートレインとは死んだ父親が家族の形を、俺達に話して聞かせるために付けた家族の総称なんだ。親父は芳澤幸喜、なんとめでたい名前だ!って常々喜んでいたのに。

 家族の繋がりを列車にたとえていつも話していた。色々あって、時には離れてしまう。でも心はどんなに細くても切れずに繋がっているのが家族だ。だから安心して好きなことをしろって。お父さんもお母さんもいつも感じているからと。そして馬鹿親父はこんな事を決めたんだ。

「芳澤家ではただいま、お帰りを

ラッキートレインにする」って

それを律儀に守っている俺達。

でも……不思議なんだ。

嫌なことがあってもラッキートレインって言うと、家族がラッキートレインって返してくれる。

それから、その日の話しを自然に始めるんだ。ラッキーじゃないことも話したくなる空気になる。


芳澤家は今日もラッキートレインが走るんだ。



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