姉、かく語りき

私の家はいわゆる「憑き物筋」というやつで。生まれてくる子供はどこかしら普通の子とは違っていた。

とはいえ全員が全員そういうわけではなくて―――――例えばお兄ちゃんは、至ってノーマルだ。見た目も中身も人間そのもの、ちょっとだけ幽霊が見えるくらい。長女の私も、またノーマル。私は幽霊と話もできる。そのくせ跳ねっ返りの性格をしているものだから、幽霊と話が出来た所で「成仏させる」「満足させる」みたいなことは性質的にできなかった。喧嘩はよくした気がするけど。


けれど、その下からだった。「憑き物」が顕著に表れ始めたのは。


「こーら!!!待ちなさいッ、クソガキども!!」

「やべっ逃げろ逃げろ!化け物屋敷の鬼女に食われちまうぞ!」

「誰が鬼女だ!!あと、ウチは化け物屋敷でもなんでもないっつーの!!」

そんなことを言いながらガウ!と威嚇すれば、悪ガキどもは笑いながらすたこらさっさと逃げていく。そうして散り散りになったあとに残るのは―――――――

「…………ねえちゃん」

私のかわいい、妹であり、弟だった。


私の弟(妹)の游守は、半陰陽というやつだった。男でもあり、女でもあるその体は幼い頃はさほど気にしなかったが、ある程度成長してくると本人も家族もわからなくなる。

つまり、「どちらで接するべきか」「どちらで生きるべきか」、だ。

父母も兄も游守のことが大好きだったから、困ったことがあったらすぐに手を貸してくれた。生理が来た時はお母さんと私が、精通が来たときは―――――兄がこっそり教えてくれたらしい。どちらの性もある状態で、少なくとも上半身は同級生の誰よりも発育が良かった。

胸もあって、性器がどちらもあって。そんな子を、他の子どもが放っておくだろうか。いや、放っておかなかった。虐めの対象になったし、あるいは怖がられた。

そんな游守に対して私が出来ることなんて、周りのいじめっ子を追い払ってやることくらいだったのだ。


「…………姉ちゃんは強いね」

「あんたが弱いの。悔しくないの?いっつもひどいこと言われてさ」

「そりゃ……悔しいけど」

でも、と游守が私の手を握り「ぼくがこんな体だから、しょうがないよ」と呟いた。

「それは、―――――――――」

それは、何度も何度も口にした言葉だ。どうして自分はこんな体で生まれてきたんだろう。兄ちゃんも姉ちゃんも普通なのに、どうして。

幼いながらにそれはよくないと思っているのか、私と兄の前でしかその言葉を吐かなかった。けれど私たちもまた、その言葉に傷ついていた。まるで生まれてこなければよかったと言っているようで、悲しくて、やるせなかった。代われるものなら代わってあげたかったけど、そんなことできるわけがない。だから私たちはそうやって泣くのを、じっと聞いてやることしかできなかったのだ。


「………ねえ、ねえちゃん。ねえちゃんって来年、中学生だよね」

「うん?うん。なに?いきなり」

「いや。制服、どんなかなって」

制服。少なくとも私は楽しみにしている制服。確か――――

「白いセーラー服だった気がするなあ。それが?」

「………いや。」

游守はもじもじとしながら、もう片方の手で服を掴む。そうして耳まで真っ赤にしてから、ようやく震える唇を開いた。

「………ぼく………学ランとセーラー服、どっちが似合うと思う………?」

「………………」

私は、頭の中で想像して。そうしてくしゃっと游守の頭を撫でた。

「わ!」

「どっちも似合うと思う!これから背が高くなったら、学ランが映えるよね。絶対カッコいいよ!あ、でもセーラー服も似合うと思う。クール系の美人さんになりそうだし、そうしたら白よりも紺色かな?黒いタイツも似合いそう」

「ねえちゃん………」

「でも、ブレザーもきっと似合うよ。ネクタイもリボンもきっと似合う。游守は何着ても似合うよ、私が保証する」

ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜるようにして、瞳を覗き込む。游守の涙はすっかり引いていて、その代わりに小さな笑みがそこにはある。はにかんだような、可愛らしい子供の笑顔。私の自慢の、弟であり、妹の笑顔。

「……………そっか。それなら、よかった」


――――――結局、中学生の頃はセーラー服を着ていて。高校はブレザーで。家族の想定以上に背が高くなった游守は、冬服として配布されていたズボンを一年中履いていた。

危惧していた成長に纏わる問題だけれど―――――本人も家族も、ひとつの結論に達した。

「游守は游守だ」。

游守は男にも女にもならなくて、「影井游守」という生き物になった。家族も男だ女だ気にしなくなったし、後に生まれた妹は「ゆーり」と呼び捨てである。

好きな時に好きな服を着て、好きな時に人を愛する。


そうして流れていく月日の中で、泣き虫だったあの子は姿を消した。その代わりと言ってはなんだが。



『あ、姉ちゃん?駅まで迎えに来て欲しいんだけど』

「………歩いてこいよ」

『やだ、暑いしめんどくさい。頼むよ、可愛い僕のお願い』

「可愛くないよ185センチの大学生は」

めちゃくちゃデカくなったし、めちゃくちゃふてぶてしくなった。しれっと甘えてくるし、それが普通だと思っている。完全に愛されて育った第三子である。私は電話をしながら玄関に向かい、鍵をひっつかんだ。

「お母さん、ちょっと駅まで游守迎えに行ってくるわ」

「はーい、気をつけて」

『母さん近くにいるの?』

「洗濯物干してる。あんたも帰ってきたら家事のひとつでも手伝いな」

『やだなあ………』

「文句言わない。じゃ、西口で待ってな。暑いから日陰にいること。いい?」

『はあい。ありがと、姉ちゃん』

通話を切り上げ、スマホをカバンの中に投げる。

游守は今、東京で大学生活を謳歌している。コンビニでバイトして、身の回りにあんだけ不思議な事があったのに民俗学なんて学んでいる。好き者すぎるだろ。

料理ができなくて、もっぱら廃棄弁当で食い繋ぎ。煙草と酒を愛する生活を送っている。完全に終わった大学生の生活をしているので姉としては呆れるしかない、のだが。



「―――――――あ、いたいた。姉ちゃん、久しぶり」


日陰の下で、小さい笑みを浮かべながらひらりと手を振る游守を見たら。

「ああ、大きくなったなあ」という気持ちでいっぱいになってしまうのだから、姉というのはしょうがない生き物なのだ。

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影井游守とその周辺 缶津メメ @mikandume3

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