クラフトビールとレモンハイ、唐揚げを添えて
これは、俺が深夜にコンビニに行った時の話なんだけど。
日付はとっくに過ぎてたかな……うちの職場、日付過ぎる前に帰れるのが奇跡なくらいだからさ。ブラック?うん、俺もそう思う。転職しろ?うん、俺もだいぶそう思う。
ああ、話を戻すよ。とにかく俺はその時ヘトヘトだった。めんどくさい取引先に無茶ぶりしてくる上司。山のような残業。家で寝てえって気持ちはもちろんあったんだけど、それ以上に腹が減っててね。ついふらふら、蛾みたいにコンビニの灯に釣られたんだ。
会社と家の往復だけの生活ってだいぶキツいだろ。うん。だからまあ、そういう意味でもコンビニの灯っていうのは家と会社のクッションになってくれるっていうか。
ちょっとだけ高い弁当買っちゃおうかなとか、美味しそうなスイーツとか買ったら明日のやる気にもなるかなー、とか思ったわけだ。
で、入店してみたらさ。当然俺以外の客は無し。店員も―――――たった一人だけ。
いや、バックヤードにはいたのかもしれないけど、少なくとも俺が見たのはレジに立ってるお兄さんだけだった。
めちゃくちゃ背がでっかくて、やる気無さそうな感じ。俺が来た時すげえ欠伸してたし、………まあ、時間も時間だしやる気も出ないよな、そりゃ。
そんでコンビニの中をふらついて、大体十分くらいかな。半額になったハンバーグ弁当と、明日の朝ごはんの半額カレーパン。それとペットボトルのブラックコーヒーと、自分へのご褒美にカスタードと生クリームが入ったシュークリーム。
そんでお会計して、お金出しながら「シャワーは朝でもいいかなあ、面倒だなあ」とか思ってたわけよ。うん、……………それで、そのままコンビニから出ようとしたんだ。そうしたら店員のお兄さんがこう言うのよ。
『お客さん、いまちょっと出ちゃダメっす』
普通はそんなこと言わないじゃん。何言ってんだって。俺がコンビニ出るも出ないも自由だし、帰って寝たいし。はあ?みたいなこと言って、お兄さんの方見たのね。そうしたら顎でこう、入口の方をさすのよ。
そうしたらさ。ふ、って視線を感じて。
それと同時に、ぺた、ぺた、って音がして。コンビニのガラス戸に、手形が付いてくのよ。人影?見えない。ただ手形だけが付いてて、人はいないのに「何かがいる」嫌な気配だけはずっと消えないまま。
ほら、昔さ。水族館で水槽に掌を当てたこと、ない?あれを内側から見た感じっていうのかな。ううん、うまく言えないんだけど。ぺたぺた、ぺたぺた。わざと音を立ててるんじゃないかってくらい、戸に掌が当てられる音がする。そうだよね、レジの方にいてそんな音聞こえるわけないもんね。うん、喋ってて思ったけど、多分「あいつら」わざと音立ててたんだな。
当然俺はビビるわけよ。だってこれまで心霊体験なんてしたことなかったし。え、何あれ?って挙動不審になってたら、手形がどんどん増えてくんだ。それこそ何人も、何十人もコンビニを取り囲むように、コンビニの中に入りたいけど入れないって感じで窓に手を当てている。よくみたらガラス戸に近づきすぎて、コンビニを取り囲む「何か」の息?でまあるく、白くなってる部分もある。視線の数もどんどん増えてく。なんだろう、いやな視線っていうのかな。あんまり浴びてていい気持ちがしないやつ。
そこで俺、当たり前のことに気づいたって言うか。
「ここまで近づいといて自動ドアが開かないってことは、そういうことだよな」って気づいちゃって。
いい年なのに、俺はワァ、みたいな声出してレジに手を付いた。そうしないと立ってられないくらい―――――恥ずかしながら、怖かった。今出たらどうなっちゃうんだろうとか、絶対こっち来んなとか、色々思ってた。歯もがちがち鳴ってたし、震えも止まらない。
しばらくしたらガラス戸をさあ、ばん、ばんって叩き始めてんだよ、あいつら。
焦れたように、っていうのかな。声なんかするはずないのに、「早く入れろ」って叫びが聞こえた気がした。俺はもうどうしたらいいかわからなくて、若干泣きそうになってた。
でも、そうしたら店員さんがさ。『お客さんも災難っすね』って言うんだ。相変わらずやる気のなさそうな声で。
え、と思って店員さんの方向いたら、フツーの顔してんだよ。っていうか、クレーマーが来たな、みたいなめんどくさそうな感じではあったけど。でも怖がってるとかはなくて、俺はそっちでも怖くなっちゃって。ここにいる人間でマトモなの俺だけかよみたいな。でもね。
『深夜の労働なんてロクなもんじゃないっすね、お互い』
そんなことを、溜息吐きながら言うんだ。それにはちょっと同意したから、うんうんって頷いた。深夜労働はクソ。職種が違ってもそれだけは理解できる。
そうしたら店員さん、唇の端を少しだけ上げてさ。
『ねえ、お客さん。ちょっと協力してもらっていいっすか。………いやね、外にいる奴ら、いるじゃないっすか。あいつらいると、お客さん入ってこれないんすよ。いや、入れるけどあんまりよくない、みたいな。』
言ってる意味はよくわからなかったけど、俺はうんうん頷いてた。
『ちょっとね、あいつら追っ払いたいんすよ。だから―――――――』
そんで、何言うかと思ったら。店員さん、『お酒、飲めます?』とか言うんだわ。
いや、飲めるけどさ。それが外のおばけ?を追っ払うための対抗策になんのかとか、いや店員さんあんた業務中だろとか。そういうのいっぱい思ったんだけど、俺が、何より俺自身が、「ああ酒飲みてえ」って思っちゃって。
だってさ。毎日毎日仕事仕事。ちょっとしたスイーツでどうにか保ってるけど、色々と限界で。付き合いで飲む酒もあんまり美味しくなくて。
だからさ、うん。次の日仕事とか残るとか眠いとか、そんなもん知らねえって。要はヤケになっちゃったんだよな、俺。
「飲みます」って言ったら。店員さん、お酒コーナーに連れてってくれて。
『僕奢るんで、好きなの選んでください』って言うんだ。
なーんも考えずにクラフトビールを手に取って、店員さんはレモンハイを手に取って。そんでレジに戻る道中、おつまみをいくつか持って、そんで自分でお会計してんの。
そんで、コンビニの床に座ってさ。俺と店員さんで乾杯したんだわ。
相変わらず外の手はバンバン音立ててる。ビールは美味しいんだけど内心ビクついてたら、『気にせず飲んでてください』って言うんだよね。
『まあなんというか、理由を付けるなら』
『お酒と塩って、やっぱり効くんすよ』
『………食べちゃダメだろって?まあ、それも一理ある』
『それより、お客さん。こんな時間まで働いてるとか。なんの仕事してるんです?』
酒と塩は捧げるものであって食っちゃダメだろ、とは思ったけれど。俺は自分の仕事の話をした。そうしたらアルコールで愚痴っぽくなってしまって、悲しくなったので手元のジャーキーをひとつ抓んだ。
店員さんは俺のつまらない愚痴を、ふんふん言いながらも聞いてくれた。
店員さんもまた、面倒だった客の話とか、授業かったりい、みたいな話をしてくれて。
大学生なの?って聞いたらそうっすよお、なんて答えてくれて。
そっからつまみ美味しいねとか、コンビニ店員が選ぶ!スイーツ三選を勝手に開いたりだとか、休みの日何したいだとか、なんか、まあ。愚痴から始まったわりに、初対面の割に。いや、初対面だからこそかな。なんだか、親近感がわいて色々話してたんだ。
楽しかった。
友達とかさ、この年になると大体皆結婚とかしてて。昇進とかもしてて。大体会っても仕事の話か家庭の話くらいしかできなくて。だから、まあ。楽しかったんだよな。仕事のことを一旦置いて、なんも考えずに喋る、みたいなのは。
そんで、何時間経ったろう。
ふと外を見たら、しん、としてるの。そう、普通の夜みたいに。目線を向けても、手形も音もなんもしない。気配すらしない。
酔った頭でなんであいつらいなくなったの、って店員さんに聞いたんだ。
『酒と塩が効いたんじゃないっすか』
んなわけねえだろ、俺たち酒飲んでジャーキー食って唐揚げ食ってただけだぞみたいに言ったら、店員さんレモンハイの缶ゆらゆらって揺らしてから。
『蛾どうしで仲良くしたいんすよ、要は』
―――――――わからないなりに、わかる気がした。じゃあどうして追っ払うんだ、って言えば店員さんはレモンハイを飲んでこう言った。
『酔っぱらって、ほら。お持ち帰りって概念あるじゃないですか』
『じゃあ、あいつらにお持ち帰りされたら。一体どこに行くと思います?』
―――――――――それでスッと、酔いが醒めた。
俺の後ろではぼちぼち夜が明けてて。俺は残ったビールを飲んで、店員さんにお礼を言って、ふらふらになりながら家に帰った。大体、二時間くらい寝たかな。
そんで、最悪の状態で職場に行ったんだけど。
でもなんか、ちょっとすっきりしてたっていうか。体は疲れてたけど、心はそこまで疲れてないっていうか。―――――――――まあ、そんだけの話なんだけどさ。
そのコンビニ?ああ、ちゃんと存在するよ。
なんだったら行ってみるかい。もしかしたら、職務中に堂々と酒飲む店員に会えるかもしれないよ。
―――――――――まあ、それ以前に。入れるかどうかが問題なんだけどね。
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