「推す」ってなーに?(3)

 推し方の是非はともかく、宮越の響推しは五条にも予想外だった。実はステグリのオタクたち誰もが気付いていない。他の響推しですら。


「意外ですよねー。宮越さん特典会はいつも全員周るし、響の前で沸かないから」


「ああ、響さんは僕に塩ですからね」


「……」


「それは……全員推してるから、やっぱり嫌なのでは……」


「いや響は多分、推されてることに気付いてないよ……ほら、響って『自分のファン』と『義理で並ぶ人』に差を付けるタイプじゃん!」


「「……!」」


 時にアイドルグループにはメンバー同士の疑似カップリングが生まれる。無論同性だ。

 本当に仲が良かったり、キャラ付けだったり、オタクの妄想だったりと背景は様々だが。


 ステグリの場合、白亜といるひ、いるひとあまね、あまねとねい、そしてねいと響という複雑な五角形が完成していた。


 するとファンは「推しのカップリングだから」、という義理で、もしくは「義理だからセーフ」、という言い訳で自分の推し以外にも並ぶのだ。運営的に棚ぼた大歓迎な現象だった。


 五条の言う通り、響はそういう義理ファンにファンサを控えている。


「あれは義理ファンが推し変を疑われないための配慮ですよね。頭のいい子ですから」


「宮越さん、そこまで響ちゃんのことをわかってるのになぁ……」


「僕が推してることは当然気付いてると思っていました……」


「私達だって気付かなかったじゃん」


「響さんには多めに積んでるのに」


「みんなに積むからですよ」


「今日までの接触は無駄だった……!?」


 ライブ後に昼食を食べに来ただけの宮越が、今日一番のダメージを受けていた。

 五条も四六時中いるひの情報に飢えているので、推しのことをもっと知るために他のメンバーと接触する宮越を責める気は無い。


 では一般的なオタクは推し以外のことをどう思っているのだろうか?


「まぁ、誰だって推し以外のメンバーが嫌いな訳ではないですよね、マナーとはいえ盛り上げられますし」


「そうですね、興味がないだけで」


「……」


「推し以外のことは本当に興味はないけど……両親くらいには好き、ですね」


「大好きじゃねぇか」


 ドルオタの気持ちがまたちょっとわからなくなるトラさんだったが。


 日々気にならない、わざわざ好きと伝える相手でもない相手という意味では、五条の例えが正解かもしれない。五条が両親とうまく行っているならだが。


「オタクが推し以外のメンバーやそのファンとどういう関係を築くか。それもグループの人気や現場の雰囲気には重要ですから」


「オタクが推し違いとか推し被りで戦争……そんな荒れる現場は嫌……」


「長閑な現場もステグリの売りのひとつですよ」


「なるほど……アイドルってのも深いもんだな」


「そののどかな現場をペンラで斬り裂いたのはトラさんですけどね」


「面目ない……」


 そういえばそうだった。

 あの後の現場はどうなったのか宮越に尋ねると、


『それは次回の現場で推しに聞いてみるといいですよ』


 と言う。トラさんは逃げ出すしかなかった手前、気になるのだが。


「ところでトラさんはずっと白のペンラですけど、白亜推しということでいいんですよね?」


「え? いや、俺は……」


「聞ーてくださいよ、宮越さん。トラさんたら握手券付きCDは買うのに握手列並ばなかったんですよ」


 そう、前回の現場でトラさんは握手列には並んでいなかった。

 五条が聞けば『いい歳して若い娘が好きなんて』と答えるのみだ。

 ついでにトラさんは焼き鳥のレバーを塩で、五条はタレで食べる。


「ああ、それで推しとか好きとかという話をしていたんですね? 応援したい気持ち、だけでは腑に落ちませんか」


「そういうわけでは……もし、自分の推しが一人でやるようになっても、皆は応援できるもんでしょうか?」


「「……!」」


「いや、昔のアイドルってのは、ほとんどが一人だったからな。どうもステラグリラとアイドルって言葉が結びつかなくてなぁ」


「そこからかよっ……ひょっとしてトラさん、白亜ちゃんがソロになったらいいなぁとか思ってます?」


「そういうわけじゃねぇよ。ほら、慣れってあるだろ」


「ふぅ……なら安心しました。実はですね、ステグリの現場でソロは禁句です」


「えぇ?」


 突然声を潜めた五条と、頷く宮越。

 こいつは何かある、とトラさんの刑事の勘が告げた……刑事じゃなくてもわかることだった。

 二人は声を落としたまま説明する。


「以前、いるひに大手レーベルからソロでメジャーデビューのオファーがあったんですよ」


「いるひちゃん……ああ、バイクの」


「認識が浅……その情報を大手が勝手にリークして、嫌な広まり方しましてねー」


「運営からの説明もなかったので、いるひ推しでも『グループにいてほしい派』と『ソロでもっと売れてほしい派』ができて、微妙な空気になりました」


 あまねがダンス経験者なのはステグリオタクの間で有名だ。そしているひがロックバンドでボーカルをやっていたこと、それがメジャーデビュー目前で解散したことは、それ以上に知られている。


「いるひのバンドは今のステグリよりも集客できてたらしいですから。その頃からのファンもいますよ」


「で、どうなったんだ?」


「オファーなんて即断ったに決まってるでしょう、ケンカ売ってるんですか!?」


「お、おぅ……」


「どっちにしろ私はいるひが進む道について行くだけですけどね!」


「まぁまぁ……本人が納得していれば、どちらも間違いではありませんからね。ただリーク情報では、いるひちゃんの意向を伏せていたんですよ」


「嫌な広まり方ってそういう……断られたからって嫌がらせか」


 大手から運営へ圧力があっただろうと、トラさんでも推測できる。

 訴訟リスクを考えると弱小事務所タヌキプロとしては、下手に大手の社名を出すこともできなかった。


 トラさんが知らないステグリの過去。

 推し以外に、白亜に興味がない二人でも知っていること。トラさんにはそれが無性にうらやましかった。


「ほんの一時期のことですけど、現場がぎくしゃくして他界した人もいました……」


「俺は……白亜ちゃんのことしか知らなくて。どうせ推すならグループのこともよく知って、その上で白亜ちゃんを自分で選んで、一番に推したいなぁ」


「ああ、僕とは逆のパターンですね。ありだと思います」


「じゃあ禁句を言ったトラさんは罰ゲームだぁ、次の握手会は五人全員回ること!」


 五条が少し前から一人で出来上がっていたことに、ようやく気付いた二人だった。まだ昼間なんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る