「推す」ってなーに?(1)

 土曜日午前の現場は『トラさん』誕生から一度も欠かさずの三回目だった。

 はたしてトラさんはドルオタとしてめざましい成長を遂げたのだろうか――


眠れない夜があっても

不思議な気持ちで

走って行くよ

(かつどん てんぷら ちゃーはん ラタラタ たこさんウインナー!)


 今日も白亜のふわっとしたMCで始まったライブは、いつも通りの盛り上がりだった。

 いつもの場所でいつもの曲といつものオタクたち、それに少しの新規ファン。トラさんがいくら強面で年配だからといって、そうそう悪目立ちすることはない。


「ついにペンラ買いましたね。お、最新型」


「メンカラ制度か。色が決まってるってだけだろ?」


 五条はトラさんのペンライトをチェックすると、わざわざ『赤』に切り替えて返した。

 無言で『白』に戻されたが。


 Stella☆Gri-Laのメンカラ、メンバーごとのイメージカラーは、リーダーの白亜が白、センターのいるひが赤、響は青、あまねは紫、ねいは黄色だ。

 それほど強調しない方針なのか、全身メンカラの衣装は今のところ無い。


「女子は急に髪型変えたりしますからね。そういう時、色分けされてると見つけやすいですよ。それに……」


「まだあるのか?」


「メンカラが無いと何色振ればいいのかわからないじゃないですか!」


「……それもそうか。けど色変える機能なんか必要か? 単色でいいだろ」


 グループによっては曲やソロで色が決まっていることがあるから必要なのだが。ステグリの現場はその手の管理が緩やかで、ライブでは終始推し色のままのファンが多い。


「それはですね……生誕イベントで使うんですよ!」


「誕生日か……その言い方だと、それ以外で使わないな?」


「でもまぁ、さすがにその日は主役のメンカラに統一しますよ。私でさえ信念を曲げます。それにずっと使うならサイリウムより安いですしね」


どんなに好きだって

言えるわけないけど

大切な言葉は In The Treasure Box

鍵はここにあるのに

(いるひの瞳にオムライス!)


「次はコールですよね。いつまでも棒振り地蔵じゃ」


 コールとは、先程から少々うるさいオタクの魂の叫びのことだ。アイドルとオタクと、どちらが歌っているのかわからなくなる現場もある。

 ステグリでは今のトップオタTOたちの趣味で、なぜか食べ物が多い。


 『意味不明な言葉を叫ぶ』、その行為はトラさんにとってハードルが高い。今日も声を出さずにペンラを振る『棒振り地蔵』スタイルだった。長く剣道をやっていたので棒を振るのは得意だ。


「俺は見るのに集中したいんだけどな」


「ペンラとコールとタオル、この三つが揃わないとレスもらえませんよ」


 レスとはアイドルから手を振ってもらったり、指差してもらったりするファンサービスファンサだ。レスをもらうには、まずアイドルに気付かれる(認知される)必要がある。

 ほんとは客が少ないステグリの現場だと、それほど頑張らなくてもよかったりする。


「今日もいるひが男前でかわいいー! かっこいいいるひかわいいー!」


「何言ってるのかわからんよ……」


「ほら今、白亜がトラさん見つけて手を振りましたよ――いるひキター!!」


「そうか? もっと後ろ見てたんじゃねぇか?」


 実際この辺りの白亜推しといるひ推しから、まとめて歓声が上がる。しかしトラさんも目線はしっかりと追っていたのであった。


「勘違いでも思い込みでもいいじゃないですか、自分が幸せならっ! それにライブはアイドルの力だけじゃ盛り上がらないんですって」


「静まりかえった会場で歌いたくない、ってのはわかるな」


「でしょ? じゃあやってみましょ。推し以外の時間でも邪魔にならない程度に盛り上がるのが、オタクのマナーです。ハイ」


星空の下でなら

素直になれる、なんて

そんな魔法はないから

また会いたいとだけ願ったんだ

(ハイ ハイ ハイ ハイ――)


覇威ハイッ! 覇威ハイッ! 覇威ハイッ!」


「「「――!?」」」


 叩きつけるような咆吼(元マル暴)。

 鋭すぎるペンラさばき(剣道六段)。


 トラさんより前にいたファンはみな、「斬られそう」と感じて左右に割れた。それを見た他のオタクたちも静まりかえる。

 異常を察知した運営は曲を停め、ステージの安全確認が始まった――いきなり事故った。

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