アイドルの時間///1時間目

 四月十三日の夕方、歓楽街の古びたライブハウス。ここはロックバンドのライブから大きめの合コン、ちょっと怪しいパーティーまで、ジャンル問わず使われる箱だ。

 とはいえ今日の出演者――アイドルは初めてかもしれない。客も場違いと言える連中ばかりだった。


「だだいまぁ、お化粧直す時間あるかなぁ?」


 その楽屋に戻ってきたのはStella☆Gri-Laのリーダー・白亜だ。最初に気付いたのはいるひだった。


「白亜おかえり……なんか、しおれてないか? 顔色も悪いし」


「今日はビラ配り無しって話でしょー、一人で行ったの? 何やってるのさー」


 ねいはそう言いつつも心配そうに鏡の前を白亜に空けた。白亜が化粧を直す間、いるひは白亜の髪を整える。


「初めて来る場所だったから、つい、ね。でもこの辺てビラ配り禁止なんだって。ちょっと怖い人たちに絡まれちゃって……」


「ちょっと、それ大丈夫なの? 衣装は……乱れてないみたいね。怪我もなし、と」


「ヒッキー、チェックするポイントそこかよ。こえー」


「だってここ、風俗店多いのよ。アイドルが出入りする場所じゃない」


 ヒッキーとは響のことだが、そう呼ぶのはあまねだけだ。響とあまねも会話に混ざれば、いつもの楽屋だった。

 違うのはここがいつもの『イベントスペース ミルキィウェイ』ではなく、臨時で借りた風俗街のライブハウスだということ。


 街の猥雑さは楽屋にまで染みついており、壁には意味不明の落書きやステッカー、床にはタバコの消し跡や使用済みのコンドームまであった。あと臭い。


 白亜が事情を説明し終えると、あまねは呆れ気味に言う。


「あまねたち場違いってかさ、この楽屋も落ち着かないしょや。いるひ姉は慣れてるかもしんないけどさ」


「いや、こんな怪しい箱はなかなかないって……」


「オタクたち無事にたどり着いたかなぁ。表でカツアゲされてたりして」


「ねい、言い方」


「いいっしょや、楽屋なんだからさー」


「ライブハウス側のスタッフにも気を付けるのよ……あまねの胸を見る目が気持ち悪い」


「あまねロリ巨乳だからさー」


「自分で言うなよ」


「いいしょや、ほんとのことだしー」


 不満を並べつつも、最後は笑い話にしようとするあまねとねいがいれば楽屋は明るい。

 しかし今はライブ直前だ。白亜はメンバーの不安を無かったことにはしなかった。それがリーダーのつとめだ。


「まぁ、臨時で使わせてもらう立場だからね……でも大丈夫! わたしだって、なんか強いおじさまに助けてもらったし」


「え? 警察来たの?」


「警察じゃなかったよ……通りすがり? で、連絡先とか聞く間もなく行っちゃった。あれじゃないかな――」


「通りすがりなのに、白亜には心当たりがあるのかい?」


「通りすがりのオタク?」


「あまね意味わかんない……」


 訝しがるメンバーたちに、白亜はすべてを包み込むような笑顔を見せた。上機嫌の時の顔だ。にんまりとも言う。


「――正義の味方、だよきっと。街を守ってるの」


「「「「えぇ……?」」」」


 ――今日も夢見る白亜だー……。


 白亜を除く全員が脱力した。ライブ前なのに。


 しかし、さっきまでの不安は消え失せていた。

 センターが誰であれ、白亜が夢を語りメンバーはそれについて行く。Stella☆Gri-Laはそういうグループだ。

 例えそれがふわっとした夢であっても。


「入っていいぞー」


 そこへスタッフ、というか社長から開演の声がかかった。登場前は五人で円陣を組むのがStella☆Gri-Laのルーティーンだ。


「それじゃいっくよー!」


「「「「あ、はい」」」」


「ステグリ一丁入りまーす」


「「「「よろこんで!」」」」



      ***



 四月十五日。いつもの会場、いつもの楽屋にStella☆Gri-Laが帰ってきた。今はライブが終わり、特典会前の待機時間だ。

 アイドルたちはこの時間で休息を取り、水分補給と化粧直しを済ませるのだ。

 白亜も手早くリップグロスを塗り直す。例の『正義の味方』が来ていることは開演早々に気付いていた。


 ――来てくれた!


「五条さんと一緒にいたおじさん、誰だい?」


「オタクって感じじゃないべさ、五条さんのお父さんじゃない?」


 いるひとあまねも気付いていたようだ。

 得意になった白亜は、いたずらが成功した人のような顔で言う。


「ふふふ……あの人はね、『正義の味方』だよ!」


「それって、白亜ちんを助けてくれた?」


「そう、覚えててくれたんだよ。うれしいね」


「でもオタクになるかぁ? ライブ中は地蔵してたぞ」


「がっしりしてたけど、何してる人だろう? まさか――」


「まさか、あまねたち凄腕プロデューサーに見つかっちゃった!?」


「こんな田舎に凄腕プロデューサー落ちてるわけねーべ」


「ねい、口が悪い」


 あまねはしばしば、冗談か本気か区別がつかないことを口にする。自由だ。

 ねいには響のゲンコツが落ちた。

 白亜は一昨日のことを思い出しながら、


「んー、プロデューサーとか業界人じゃないと思うよ。でもあの時は、何かの撮影かなとは思っちゃったかな……相手は五人なのに平然としてて、背中を見てると安心して怖くなかったの。あと優しかったし……あ、でも別の怖い人たちとお友達だった……のかなぁ?」


「いや、なげーし」


「白亜があの人をいい人だって思ったのはわかったけどさ、あれはもしかして――」


「ヤクザじゃないの? 握手列にいたらどうしよう……」


 いるひがさっきから言いたかった言葉は響に奪われた。そのタイミングで、おしゃべりの時間は終わる。


「お待たせしましたー、特典会始めまーす」


「「「「「よろしくお願いします」」」」」

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