ふぁーすとこんたくと (4)
ライブはもう始まっている。
ステージの音とリズム、しかしオタクたちの手拍子と声はそれを上塗りするほど高まった。ステージ前の人口密度はさらに上昇する。
健さんもつられて、なんとなくサイリウムを振った。
君と出会った 星の下で Shooting star’ hangout 星が降りそうな
(ハイ ハイ ハイ ハイ ひゅー 俺たち出会った)
みんなを見守るしっかり者 だけどお母さんて呼ばないで
(はーくあ はーくあ はーくあ ゆるふわお母さん)
一曲目はユニゾンの間にメンバーの自己紹介的なソロが挟まるスタイルのようだ。
そんなことより健さんはオタクたちのコールが気になって曲が耳に入らなかった。曲と合っていないのに真剣にやっているのを聞くと、妙な説得力がある。それに、
「子持ちだったのか」
「そういう意味じゃないですから」
うざかわいくて男前 バイクとかわいいものが好き
(いーるひ ぶんぶん いーるひ 天才ボーカルナナハンいるひ)
「大型かよ」
「いるひーっ、愛してるーっ!!」
しかし赤いリボンを腰に巻いた衣装はアイドルそのものだ。
「真ん中にいるってことはリーダーなのか?」
「リーダーは白亜ですよ。センターは人気投票で入れ替わるんです」
五条は「結成当時は白亜がセンターだったんですけどね」と小声で付け足す。
身内でもないのに自慢げな五条と、なぜか不満げに唸る健さん。関係なくライブは続いた。
大人っぽく見えるでしょ 見かけだけじゃないのよ
(ひーびき ひーびき 見かけは大人 頭脳も大人)
首元に青いリボンタイを巻いている。
自由すぎって言われるけど 最年少だからいいよね
(あーまね あーまね 才能あふれてこぼれてる)
栗山あまね、16歳。金髪に脱色したショートボブにパープルのメッシュを入れた、クセの強そうな容姿――よりも目を引くのは、小柄にして大きな胸だ。
スカートは他のメンバーより短めで、左脚に巻いた紫のガーターが見える。
はいはいはーい、二番目にお姉さんのねいちゃんだよー
(ねーちゃん ねーちゃん ほんとは三番目)
あたしより年下ー、挙手!
(はーい)
五人目の月形ねい、胸元に黄色いリボンを付けた高校三年生。一番小柄なツインテールの少女が呼びかけると、響とあまね、それにオタクたちが手を上げた。当然、五条も。
「はいはいはーい!」
「お前たち、気持ち悪いな」
君に会えたこと これからも会えること
Shooting star wish well 瞬く星の数だけ大切にするよ
いるひのソロには会場が聞き入った。
声量が豊かでよく鳴る声だ。音楽なんて歓楽街に流れるのを聞き流すだけだった健さんにも、うまいとわかる。
しかし白亜も透明感があってエアリーな声で――と五条を見ると、歯を食いしばって泣いていた。
「お前、気持ち悪いな」
五条が『ステグリ』の現場に皆勤賞で、毎回ここで泣いていることを、健さんはまだ知らない。曲が終わるとMCに入った。
白亜:「今週は二回しか会えなかったけど改装後は気持ちいいね」
あまね:「おとついぶりの人もそうでない人もおはよー!」
(おはよー!)
いるひ:「でも改装したのに見た目変わってなくなーい?」
ねい:「壁紙はがれたまんまだしぃ」
響:「電気系統の工事だってお知らせに書いてたでしょう」
白亜:「もうライブ中にブレーカー落ちないよ!」
ねい:「それ普通じゃん」
白亜:「そう、普通っていいよね!」
(普通さいこー!)
いるひ:「でもライブは普通じゃ満足できないんじゃないのぉ?」
いるひの言葉に客席が湧き、次の曲が始まった。
曲とMCの1セットで10分足らず、三曲目が最後で白亜がクロージングトークを始める。
「今日の公演はこれで終わりです、特典会で待ってるね!」
「物販もあるよ!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
***
「25分って短いもんだな。三曲だけで物足りなくならねぇか?」
外へ向かいつつ、健さんの初アイドル現場の感想はそれだった。
割と真剣に歌を聴きながらサイリウムを振っていただけの健さん(地蔵)は、五条たちと違って汗をかいていない。
叫んで動いてアイドルとの一体感を楽しむ境地には至っていないのだ。そもそもオタクですらない。
「毎週二、三回やってますからね。MCだって挟まないと身体が保ちませんよ。そのMCにも気を抜けないでしょうけど」
「最近のアイドルが何十人もいるのはそのせいか……」
「ちがうと思いますよ、最近でもないですし……ところでどうです、サイリウム振ってるだけでもいい運動になったでしょ?」
「まぁ開場前から並ぶのは勘弁だけどな」
いくら好きでも25分間のために並ぶものだろうか、いやラーメンでも行列はできるが比べていいものか、と考えていると。
「ああ、それはほら――」
「――物販の最後尾こちらでーす」
「お?」
健さんは人混みで気付かなかったが、五条が向かっていたのは外ではなく物販の列だった。
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