【05-05】裏切っちゃヤですよ
【羨望と絶望】
「一つ問題があります。志賀ボタン特別研修生はまだ本職員ではありません。採用試験をパスしない限り、起動官とヴァンプロイドのバディによる単独潜入任務は認可されません」
唐崎グレンの忠告で、一番大事なことをたった今思い出した。そうだ、わたしは起動官になるための試験を控える身だったのだ! そのために一か月前から訓練して勉強して、それが三週間前のドタバタで一切を忘れていた。今から試験と言われても、わたしには合格できる自信が一切ないのだ。エンジさん風に言えば、圧倒的準備不足。しまったー……。
「あ、それね。合格でいいですよね? 野須平さん」
「虎姫のほうで問題なければいいんじゃない?」
「じゃあ合格」
噓でしょ? あっさりと採用試験なしに鶴の一声で決まるものなの?
「元々実技試験対策と筆記試験対策の経過報告は受けていたし、帰帆組への制圧調査から無事に帰ってきたらもう合格でいいんじゃないかって取り決めてあったの。状況はややこしくなったけど、ヴァンプロイドの扱いや仕事面はクリアしているわけだし」
「手続きはすぐに完了するよ。これからは先輩の同行なしで自由に動ける。バリバリ仕事してくれたまえ」
虎姫さんと野須平さんの間では既に決定事項のようであった。もちろん一か月の努力がなければ今わたしは生きてここにいないわけだが、急に試験ナシと言われるのも肩透かしを食らったようなものである。
「起動官の登録手続き完了しました。おめでとうございます。パスカードを確認してください」
唐崎グレンに言われるまま見てみると、わたしの身分証は確かに『志賀ボタン起動官』として名義変更されていた。
「ありがとうございます。……しかし、これであの審議会の人たちが納得しますか?」
「いいのいいの、他部署が手をこまねいていたアルマロス捕まえてグリゴリを潰したんだから、ぐうの音も出ないでしょ。一課の高月ちゃんはまた悔しがって抗議するだろうけど、血税局は結果が全て。今までも模擬戦闘だの筆記試験だのやらせていたのは周囲を心理的に納得させる儀礼なだけ。一緒に仕事してもらったほうが百倍早い。そもそも見込みないヤツは最初から候補から落とすし、受かっても結果残せないならクビだよ。現にマルヴァの検挙率は設立からずっとトップだ。始末書も多いが、利口なだけの頑張ってるアピールする税金泥棒よりかは百倍いい」
野須平さんはヘラヘラと言うものの、人事がかなりシビアなことを伝えてきた。わたしも、今まで以上に頑張って結果を出さなければ居場所がなくなる。闇市商會相手に腹をくくるしかない。
「しかし総務部からもう公用車はもう貸さないと通告が届きました。ここ最近破壊しすぎですね。車一台が平均3万ドロップ、修理や新規車両購入に周辺被害で総額20万ドロップを超える額ですよ? どっちが税金泥棒なんだか」
「ワタシのベレットは自分の保険でなんとかしますよ」
「ワシは手動運転一筋でもゴールド免許だ。若いもんがアホしすぎだ」
「だって。ボタンのドライブテクニックのせいじゃない?」
わたしが把握してる限り、一番最初は霊柩車でアルマロスを轢いたりヤクザの車と正面衝突したり、次にヤクザの車のカマ掘ったエンジさんのお気に入りWRX、帰帆組事務所の爆破に巻き込まれたセダンとSUV、その後にアルマロスを轢こうとしたり激戦によって半壊した虎姫さんのベレット。
「……爆発に巻き込まれた分、いや、全部アルマロスが元凶なのでアイツに請求してください」
「とにかく、総務部はマルヴァに関わりたくないそうです。局長補佐組としては全部署に公平にあらねばなりません。反省してください」
「ごめんなさい」
唐崎グレンの冷たいチクチク言葉が突き刺さる。とは言え緊急事態ばかりなのだ。無免許のわたしが運転しなきゃいけないことも多々。これから捜査の足がなくなるのは切実に困る。
「はーい、というわけでボタンちゃんに合格祝いです」
虎姫さんが取り出したのは大きめのトランクケースのような箱状のものだった。パカパカと変形すると、小さなバイクのようになった。
「中身は電動スクーターだけど、旧時代の『モトコンポ』っていうバイクね。折りたためば車にも積めるし、小回りも利く。これでじゃんじゃん淡海府を走り回って仕事に励んでください」
「わ、ありがとうございます! 虎姫さんの車壊した身なのに……。仕事で挽回します。でも、わたし無免許なんですが」
「大丈夫、正式な血税局職員であれば特別業務許可として色々パスできるから。大型トラックやフォークリフト運転してもいいよ。ただ道路標識や交通ルールは守ってね」
「ナデシコとの二人乗りになりますけど、いいんですか?」
「ヴァンプロイドは人間じゃないから。荷物だから」
お、おう。滅茶苦茶な理論だが超法規的組織の成せる技なのだろう。
「ワタシも新しい車どうしようかな~。アサヒちゃんもいい加減自分で運転してね」
「うっ、自動運転世代にマニュアル操作はきついっすよ」
「逃亡犯は安全運転してくれません。さて、今日の報告会はこんなものでいいしょう。局長補佐組はお付き合いいただきありがとうございました。ワタシは帰帆組と志賀医院の事後処理の件で警保局に向かいます。永原組で早速、闇市商會へ接触できそうなルートを絞り込んでもらっていいかな? 志賀組は和邇組から溜まっている業務を引き継いで三週間分の遅れを取り戻してね。お見舞いと試運転を兼ねて」
「了解です」
背筋が伸びる思いだった。一難去ってまた一難。わたしたちの仕事に終わりはない。
「そうだ、傀儡技研の河瀬さんから。アルマロスが使っていた血液を蒸気化する煙草の現物を誰か回収していないか知りたいそうです」
しかしその場にいた全員が首を横に振った。あの戦闘のドタバタでそれどころじゃなかったのは確かだ。永原組に至ってはヤツが煙草を出す前にナデシコが吹き飛んできて、以降の状況を把握してないのでその存在すら知らなかった。あと知ってるのは和邇組だけか。
その場は解散となり、皆それぞれに動き出した。
【address:CB:06N:59W:303P:-1L】
「志賀ボタン起動官」
半分眠っているナデシコを引き摺りながら地下駐車場に辿り着くと、何故か唐崎グレンが物陰から呼びかけてきた。わたしより身長が低いのはナデシコくらいなので、小柄な生き物と会話するのはやや不慣れである。小動物のように可愛らしいのに、口調や雰囲気がマルヴァの誰よりも大人だった。
「あら、野須平さんと一緒じゃないなんて珍しい」
「あの人はすぐにどこかに消えてしまいます。競艇場にいることが多いですが、それ以外にも裏社会のディープポイントを巡回したり。敵を欺くにはなんとやらと言い訳しますが、サボり防止のために補佐補佐なんて仕事は効率が悪すぎます。今はむしろ都合が良いのですが。そこ、動かないでくださいね」
どうやら監視カメラの位置を気にしているようだった。わたしたちはちょうど死角にいるし、声のボリュームもマイクに拾われないくらい絞っている。
「アルマロスのこと、おかしいと思いませんか?」
「おかしすぎて、逆にその質問にビックリなんですが」
「マルヴァの帰帆組制圧調査、実施日時は直前に決定されるし内部の人間しか知り得ません。そうじゃなければ電撃作戦が成り立たないからです。なのにアルマロスは待ち構えていた」
「何日もずっと待ちぼうけしていた、ってのはアホすぎるか」
「可能性は極端に低いでしょう。もう一つの可能性と、私がこっそり話したい理由がわかりますか?」
一瞬眉をしかめたが、すぐに理解できた。
「まさか、血税局に内通者――?」
「ええ、本当は先ほどの場で進言したかったのですが、やはり慎重に進めることにしました。アルマロスと本気で戦闘したマルヴァは内通者ではない、と思いたいのですがまだ怪しいので断定はできません。少なくとも前の審議会に出席していた人物は全員疑うべきです。かなり深い情報まで筒抜けのようでしたから」
「でも、誰が裏切っていたのかなんて結局アイツへの尋問でわかるんじゃないの?」
と言いつつ、あの男が口を割るようには思えなかった。痛みや恐怖も無意味だろう。自分の快楽のみでしか動かない悪魔だ。
「私はその尋問すら正常に執り行われるか疑問視しています。横取りしようとしている警保局も不審です。誘導犯は不利になったふりをして、裏で何か進めているんじゃないかと。それに、敵は血盟団だけじゃありませんよ。御前会議のスパイにも気を付けてください」
確かにそうだ。政府の黒い連中が血税局に目を光らせていても不自然じゃない。理由をつけて捜査妨害だってされるかもしれない。わたしたちは厄介な敵を同時に二つも相手にしているのだ。
「……だけど、どうしてわたしにそのことを教えてくれたの? わたしがスパイかもしれないじゃない」
「あなた、アルマロスのことについて尋ねたら本気で嫌そうにしてましたよね。私も大嫌いな人間がいるので、あれは嘘じゃないとわかりました。合理的判断ではありませんが、共感と親近感は救いです。裏切っちゃヤですよ」
最後の一言だけ、年相応らしい甘えと生意気さを含んだ可愛いものだった。お前も妹にしてやろうか。
「あなた、何のために血税局にいるの……?」
「復讐ですよ」
冷たい目でそれだけ言うと、唐崎グレンは去っていった。見た目とは裏腹に、内心で燃えるものは虎姫さんと同類のようだった。
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