【05-04】ロリコンでクレイジーサイコレズなマッドサイエンティスト
【あくまで噂話、ってくらいで聞いてくれい】
「さて、この国の政治と経済は自由で公平公正を目指すようで、それは建前だ。ある程度整えられた筋書きの中で、国民たちは自分たちが選択したと実感させることにより反発を抑制させている。一党独裁一社独占、そんな実情を曖昧にさせているのが【御前会議】だ。そんなイカれたメンバーを紹介するぜい。
【血液公社】、【自衛軍】、そして議会に内閣など政府中枢は【血税党】議員で占められている。言わずもがな、日蝕恐慌になんの対策もできなかった旧政権から交代した現在の第一党だ。吸血機関や血税政策導入によりその実績は誰もが認めざるを得ないだろう。しかし、そのやり方は強引なものもあった。秘密会談や賄賂など、根回しには相当な裏金を工面し流出したらしい。ワシも税務局時代、特別捜査でその迷宮に深く入り込んだ。が、とある議員秘書の不自然な自殺で打ち切り、ワシも命の危機を感じた時には遅く、孫を裏社会へと誘いこみ人質にされた。人生もうここで終わりだと覚悟したというのに、何がどうして生き返っちまったのか。とにかく、ただの政治団体ではない真っ黒な血税党の鼻を明かしてやりたいのよ。
そして、この血税党の支持母体が【天使教団】だ。今こそ宗教法人であるものの、元々はボランティア団体や互助グループから成り立つ全国的な福祉事業団だった。病院や介護施設に孤児院などの運営を手広く展開し、そこに自己啓発セミナーとしてグノーシス的な思想を持ち込み始めた。そこらへんは専門じゃないから詳しくないが、この世界に悪が蔓延るのは偽物の神によるものだとか、物質世界も悪であれば肉体も悪であるとか、魂はプレーローマとやらで天使の伴侶になれるだとか。とにかく生まれてきた環境だけはどうしようもないけど自分の精神は自分でご機嫌とりなさいってことらしい。あまり難しい話でもないし、信者に多額の献金や制約を強いるものでもない。特に日蝕時代ではノウハウを生かして自治体よりも素早く貧困層を救済していった。その結果、新興宗教には冷めた態度をとる人間が多いこの国でも天使教団だけは受け入れられ、賛同者を増やした。そして政界にも進出して大成功というわけだ。ここまでは別に結社の自由の範囲で問題はない。だが血税党と同様に、組織の巨大化に伴い暗躍する人間も増えた。さっきの話にも出てきた鉄槌騎士団やあだばな園なんかがそういう例だな。明らかな悪行は全てが明るみになる前に切り捨てたみたいだが、まだまだ隠し事は多いだろう。オルガノイド総研の噂とか、な。
血税党と天使教団に対して多額の寄付をしている企業がある。それが蓬莱グループ、【企業連合】の要だ。そもそも企業連合自体、蓬莱グループとその取引先、そして独占禁止法に抵触しないために用意された会社でしか構成されていない。予定調和の自由経済競争だ。筆頭である蓬莱重工は戦時中には軍需産業で大儲けし、戦後は復興事業で街一つ造り出せる巨大なコンツェルンとなった。現にこの淡海府だって蓬莱がほとんど全て用意したようなもんだ。どうしてこんなにも成長したのかってのは、まあ政府と仲良しだってことに尽きる。軍閥だった和邇家だって蓬莱一族と政略結婚してたらしいな。今は吸血機関の生産ラインを一任されてウハウハだろう。
ここまでは政治と宗教と企業っていうよくある癒着かもしれない。ヤバいのが【闇市商會】だ。名前の通り、戦後の闇市を取り仕切る総会が始まりだった。あらゆる人脈や物流を掌握して、金さえ用意すれば非合法も厭わず何でも手に入る仕組みだ。当然、荒事も多い。多くのヤクザたちとの抗争や、逆にヤクザを用心棒として雇い、暴力恐怖によってその支配力を高めていった。蓬莱ともいがみ合う関係だったが、外資企業の国内参入に対しては協力してそれを阻止、以降は互いの領分に不干渉ということで落ち着いてるらしい。この国一番の暴力団だ。国内外の犯罪組織に対して睨みが効いてるし、政府としても壊滅より利用することで存続を黙許している。役人たちもたんまりと小遣いをもらってるらしいしな。さっきの血液不足の話もそうだが、裏工作用の兵隊としても活用してるんだろう。金さえ払えばなんでもする反面、金によって簡単に裏切るから信頼度はイマイチだとさ。そういう意味で最も重要な任務は天使教団鉄槌騎士団のほうが請け負っていたんだろう。なあ、虎姫さんよ。
――と、四大勢力が渦巻く裏社会だ。何かのきっかけでパワーバランスが大きく崩れることも大いにありえる。それを回避するために動いたのが【調停人】と呼ばれるエージェントだ。ほぼ噂レベルの人物だが、枢密院の実行役としてそれぞれの組織に潜り続けていたらしい。脱税、裏金、不正不祥事の揉み消しの証拠を淡々と集め続けた。この【パンドラ案件】に対して全ての事実が綴られた【エルピス文章】を盾に、混沌とした状況をまとめあげた。エルピス文章には枢密院発行の詔書に各代表の血判が極印され、ブラッドスキャンがあるこの時代では偽造不可能な機密書類だ。まさに密約と勢力図を決定づける証明書。それが世に出れば確実に御前会議なる陣営は崩壊する。恐怖政治をさらに恐怖で支配しているようなもんだ。文章については今も調停人が保管しているらしい。この自爆スイッチを手にした者こそ、まさに王様と等しい存在なのかもしれんな。
……以上が、ワシが死んでも調べ上げた情報だ。さあ、お嬢ちゃん。質問はあるかい?」
真実半分、嘘半分といった印象だった。
「そこまでわかっているなら、すぐにでも告発すべきなんじゃないですか?」
「それができりゃあ苦労しない話だ。まず第一に、決定的な証拠がない。一切の痕跡を残さないのは流石の隠蔽能力としか言いようがない。エルピス文章だって存在の怪しい都市伝説のような扱いだ。関係者は白を切るだけでいい。誰も証明することができない。第二に、この体制崩壊を望まぬ人間が多い。御前会議の連中だけじゃないのさ。さっきの話になるが、血税党や蓬莱グループの代わりとなれるほどの実力者が今この国には存在しない。仮にパンドラ案件が暴かれたところで、穴を埋めることができないまま三色盤上遊戯の餌食になり侵略か万国大戦再来もあり得る。黙殺はベストではないが、ベターではあるんだ。知らないほうがいいという圧力が生まれ、近づいて行った者は消される。それがこの国の現状維持を望む『空気』だ」
この状況に対して、内心怒っているのはわたしだけのようだった。ナデシコは寝ているし、唐崎グレンの無表情からは意思を読み取れないが、それ以外の大人たちは仕方ないと受け入れているような雰囲気だった。わたしも成長すれば理解できるのだろうか。いや、わかりたくなかった。
「父が御前会議を憎むのがよくわかります。この不平等な仕組みは、弱者がずっと搾取され続けて既得権益者がずっと得をする。地下街のような犯罪の巣窟の上で、地上の人間は平和な日常を謳歌している……」
わたしは無意識に耳元のイヤリングを触っていた。地下街で出会ったツツジ。生まれた時から搾取されることが決まっていて、足掻いても足掻いてもそこから抜け出すことができなかった結末。そして、次はわたしがそうなる番だった。今も似たようなことがどこかで起きているだろう。社会が生んだ地獄のような呪縛。……これ以上、暴力と恐怖による被害を増やしたくない!
「この世界は間違っている。こんな世界は、……否定してやる」
息を吐くように、思っていたことが口の隙間から零れた。
「――君は志賀ヒイロの味方か?」
野須平さんが、鋭い目つきでこちらを睨んでいた。隣の唐崎グレンも懐に手を忍ばせている。しまった、わたしはまだ疑われている身分だったのだ。返答によっては、拘束される――。
「個人的感情には同意しますが、人を傷つけたり迷惑をかけるやり方には賛同できません」
「ふう、なら安心だ」
野須平さんは表情を和らげた。唐崎グレンは懐から何かを取り出したが、それはまた新しい書類だった。
「今の話を聞いて志賀ヒイロの目的と色々繋がってきました。彼はエルピス文章を手に入れようとしているんじゃないですか?」
「……というと?」
「はい、まずはアルマロス率いるグリゴリによって各地のヤクザを壊滅させています。ただ商売したいだけなら喧嘩を売るより商談をまとめて仲良くしたほうがいい。そうしないのは闇市商會の椅子に取って代わり、御前会議の調停人に近づくためでは? ガイア群体統一機構を煽って企業連合に妨害デモや脅迫の揺さぶりをかけているのも、恐喝によってエルピス文章の存在を引き出すためかもしれません。そしてこれらはまだ本番ではなく予行演習。【廻天血戦】と呼ばれるクーデターの詳細は未知ですが、エルピス文章を奪取した後に御前会議と交渉の場を設け、博士のディオダティ断章計画なるものを完遂させるのではないでしょうか。……あくまで推測ですが」
「ホサホサちゃん、冴えてるね~。さすが天才小学生。確かにこれまでの経緯を踏まえればそういうシナリオが一番違和感がない。しかし、だ。それが叶うことはなかった」
「どういうことですか? 父は生き延びて逃走中の可能性もあるのに」
「まずアルマロスは捕まりグリゴリは瓦解した。ガイア群体についても【企業連続襲撃事件】の元凶たる強行思想の指示役幹部や残りの実行犯もまとめてこの間逮捕した。過激派は消えて大人く昔のようにオーガニックな農業に励むだろうよ。彼が言う血盟団という組織規模はわからないが、この二つを失ってまだ戦力があるとは思えない。なにより、計画の全貌を記憶してるという志賀ボタンはこちらにいる。仮にエルピス文章を手に入れたところで最終目標となる『鍵』が手元になければ意味がないだろう。彼の作戦に必要なものがまるで揃わない。情報もかなり出てきた。あとは公安合同特捜部の追跡で直に捕まるだろう。顔がわかるのが娘だけというのが惜しい、レッドアイさえ使えれば一網打尽なんだがな」
「ガイアを裏で操っていたという誘導犯『比良ギショウ』はまだ捕まってませんよ?」
「あら、ホサホサちゃん気づいてない? じゃあ天才中学生の志賀ボタンなら、その正体わかるよね」
突然のクイズ。いや、ガイアについては血液強盗事件のときデモと大渋滞に出くわしただけで何も知らないし……。そもそも比良ギショウって誰だよ、比良ギショウひらぎしょうhiragisho……。shigahiro……?
「あ、もしかして志賀ヒイロのアナグラムですか?」
「ご名答!」
「それこそ推測で証拠には成り得ませんよ?」
「でもただの偶然にしちゃ出来すぎでしょ。裏付けにはちょうどいい。それに志賀ヒイロはこれだけじゃなく、いくつもの名前を使い分けて行動している。ねえ、ホサホサちゃん」
「魚籠多博士の代理人『
そんな彼女がなぜまた血税局で野須平さんの秘書官をしているのか。さらに謎が深まる。わたしより年下なんでしょ?
「でもさー、やっぱり魚籠多博士の存在が怪しすぎない? 代理人の志賀ヒイロ以外会ったことないんでしょ? 実は志賀ヒイロこそが魚籠多博士の正体とか、架空の人物をみんなで崇めているとか、集団心理操作ってやつかも? ボタンを悲劇の娘役にして自分の計画を正当化してない?」
アサヒさんの指摘はもっともである。河瀬さんも感じていたらしいが、誰も会ったことない人物の証明など不可能だ。わたしが見た写真の女性もフェイクかもしれない。これも何か裏があるのか?
「――それはないね」
意外にも、否定したのは虎姫さんだった。
「ワタシ、ちょっとだけど、魚籠多博士と会ったことあるもの」
「え、そうなんですか!」
これには驚きを隠せない。
「ナデシコのことで色々とね……」
「わたし、お母さんとそっくりですか?」
「うん、最初は偶然だと思ってたけど、こんなことあるもんだね」
「母は、どんな人だったんですか?」
「うーん、天才なんだけどその頭の使い方が馬鹿げているというか。ロリコンでクレイジーサイコレズなマッドサイエンティストだったね。子供とか絶対に有り得ないと思ってたけど、あの性格だと興味本位で産んでもおかしくはないか」
何一つ褒められていない気がする。その断片的な情報だけだと普通にヤバい人じゃないか。
「たしかに、ボタンが不自然なくらい頭良いの、博士の遺伝っていうなら嫌でも納得しちゃうね。本人の努力もあるだろうけど、素質もある程度大事よね」
「あ、ありがとうございます」
「今のは皮肉で妬みだから」
「うう……」
アサヒさんも容赦なかった。狂人な両親をもつわたしですが、わたし自身は血液型以外ごく普通の一般常識人ですからね?
「さて、マルヴァの今後の捜査方針について話しましょうか」
虎姫さんが話題を切り替える。野須平さんが身を乗り出した。
「志賀ヒイロもとい比良ギショウもとい、呼称統一として【誘導犯】について早急に捜査を進めたい、……と言いたいところなんだが不可能なんだな」
「どうしてですか?」
「俺たちはあくまで血税局だからだよ。血液犯罪のグリゴリについては最早事後処理業務をこなすだけだし、税金の関わる範疇でもない。もちろん誘導犯にはテロ準備疑惑の件があるが、それは引き続き公安合同特捜部の捜査権限だ。偉そうに『捜査にご協力感謝します』だと。上からも手を引けと忠告されたよ」
「そんな……」
父を止められるのは、わたししかいないという勝手な自信があった。しかし、そこへ近づくチャンスが失われるなんて。マルヴァに対してもここまで混乱を巻き起こした張本人を、自分たちで調査できない歯がゆさもある。
「御前会議についても、一旦は忘れてくれ。君らにはまだまだ活躍してもらいたい。身を滅ぼすのは俺みたいなのだけでいい」
「――ちょっと待ってください。『血液』と『税』が絡んでいればウチにも捜査権限があるんですよね?」
野須平さんの結論に、虎姫さんが口を挟んできた。
「……何を考えている?」
「闇市商會からエルピス文章を手に入れます」
大胆不敵な発言だった。皆驚きつつも、その真意に納得した。
「確かに、闇市商會ならヤクザの総締め、血液犯罪の取引リストや商品がありますもんね。あそこを制圧調査するのは血液取締部の最終目標でもあります。それに御前会議の柱の一つであるなら、エルピス文章を狙う誘導犯と接触の可能性も高まる。エルピス文章には政治家や企業の脱税、寄付金をプールしてる証拠も押さえてるでしょう。しかし、これまでの捜査とはリスクと難易度が段違いです。必勝法がありますか?」
唐崎グレンの言うとおりだった。シノノメさんが命を張っても近づけなかった箱の中身。
「闇市商會は金さえ積めばなんでも買える。だったら堂々と買いに行けばいい」
これには全員が絶句した。まさか犯罪行為に加担しろと? そして本当にそんなことが可能なのか?
「潜入捜査や囮捜査は今までも承認してるし結果も出してる。そのやり方には俺だって口出しはしないさ。だが、国家解体の可能性のあるエルピス文章が買えるとして、いったいいくらだ? 天文学的な数字を要求されるに決まってる。誰がどうやって用意するんだ? 予算が下りるわけがない。まさか徴税した分を使うとは言いださないだろうな?」
野須平さんは苦言を呈する。いくら血税局が超法規的措置が勅許されているとはいえ、国民の税金を悪の組織に流すなんて許されない。しかし暴力的に奪いに行くのも危険で無謀である。
「さすがにそこまで馬鹿なことはしませんよ。でも交渉がカネである必要がないなら、今のマルヴァには匹敵するくらい価値のあるものがあるじゃないですか」
そこで虎姫さんはわたしとナデシコの肩に手を置いた。……え?
「マスターブラッドとヴァンプロイドを売ります」
わたしは状況をすぐに理解できなかった。わたしたちを、売る?
「消去法で考えればそうなりますね。突飛ですが合理的な発想です」
唐崎グレンは否定してくれなかった。ええ?
「あんたたちのことは忘れないよ」
「元気でな」
アサヒさんとシノノメさんも手を振っていた。えー?
「……鉄血女王め。上層部にはそれとなく根回しはしとくから、くれぐれも派手に動きすぎるなよ」
そう言って野須平さんはお馴染みの歯ブラシを咥えた。まさか、承認、されちゃったの?
「ボタンちゃん言ったもんね? ワタシに命をくれるって」
いやいや、あのときはそんなつもりじゃ。……この人、わたしのこと作戦上いい餌としか思ってないのでは? にっこりを笑う虎姫さんを見てると、何も言えなくなってしまった。そういうとこ、ずるいなあ。
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