亡霊編
【05-01】服脱ぐ意味ある?
【05】
二つの爆破事件から約三週間が過ぎようとしていた。
わたしはほぼ全裸だった。いや、下着は履いてるし、自室でのこと。安心してください。
向かい合うナデシコも同じような恰好だった。わざわざ薄暗くした照明で、わたしたちは一体何をやっているのだろうか。
「……意味がわからないんだけど」
「頑張ったからご褒美くれるって約束だったじゃない? お望みの直接吸血を」
「アルマロスとの戦闘中にしたじゃん」
「何を?」
「何をって……、その……、業務上過失キスを……ゴニョゴニョ」
「んんー? よく覚えてないからノーカンです! 今からが本番! ヤるぞ!」
「だ、だからって服脱ぐ意味ある?」
「せっかくだから普段吸えないところからチュウチュウしたーい」
「なんでナデシコも脱いでるの!」
「フェアじゃないかなって。それに雰囲気出るじゃん」
別に普段から同室で着替えたり、二人で入浴することも珍しくない。同性同士だから、恥ずかしがることはない。しかし、改めて意識してしまうと、なんかアレだな。
ナデシコの身体つきは、姉の虎姫さんのような大人な女性のソレと比べると全然未発達で、肉も薄くて極端な凹凸もない。けれど、骨ばった華奢な体型と白い肌に少し混じる桃色が、また違った種類の色気があった。……って、妹(仮)を扇情的な目線で見るのはいかがなものか。えっちなのはいけないと思います。
「おねえちゃんさ、けっこう下半身の筋肉ついてきたね。ちょっとマニア向きかもしれないけど、エロいわ~」
あ、ナデシコはわたしのことガッツリいやらしい目で見てきた。そりゃ訓練で死ぬほど走り込みをしてきたからこうなる。しかしマニア向きとはなんだ! 支給されたスラックスが少しきつくなったの気にしてるんだぞ!
「決めた! 内太もものココ、かなりぶっとい血管が流れてるんだよ~」
ナデシコはそう言うとわたしの前に座り込んだ。そのまま、わたしの内股に顔を埋める。普段他人に触れられることのない領域だ。ぞわぞわする。股関節に近いかなり際どい位置に、ふにふにとした唇の柔い感触、さらにかぷりと甘噛みされた。尖らせた舌先で舐められると、くすぐったいような変な気持ちになる。ナデシコはわたしの臀部へと手を回して、逃げ道をなくす。撫でまわすようにケツを揉むんじゃない! そして、ナデシコの固い犬歯がプツッと挿入された。
「うあっ……! ちょっと、立ったままは無理だって」
わたしの言葉など無視して、彼女はドクドクと溢れる血液を飲み込んでいく。自分の呼吸が無意識に荒くなっていくのに抵抗できない。ナデシコの後頭部を掴んで必死に立ち続けるも、だんだん足に力が入ってこなくなる。痺れるような痛覚と、腰から下が浮くような快感。こんな吸血行為は初めてだった。ナデシコは唇を離さず、舌を器用に動かしてわたしの赤い体液を吸い上げていく。止まる気配がない。刺激が強すぎる。わたしの意識も、朦朧としていく。
「もう、ダメだって……!」
わたしの両足がガクガクと痙攣し始めて、それ以上は立っていられなかった。視界が白くチカチカする。わたしは後ろのベッドに倒れ込んだ。ポタポタと、内太ももから流れる血が、床やシーツに垂れて汚してしまった。ナデシコは惜しむように口を離すと、わたしの爪先から脛、膝、太ももと軽く吸うようなキスをしながら登ってきた。脇腹、ヘソ、胸、鎖骨、首、そしてほっぺとおでこ。わたしの指と彼女の指が絡み、身体を密着させて抱き合って寝転ぶ。わたしを覗き込む表情は、恍惚とした天使だった。
「おやすみ……」
ナデシコは腹が膨れた赤子のようにスヤスヤと寝始めた。……って寝るんかい! なんか、一方的に満足してませんか? 溜息が漏れる。別にこれはただの吸血行為でありバディ同士の健全なスキンシップであり、やましいことなど何一つない。虎姫さんに対する欲情をナデシコで代替わりして解消したいとかそんな気持ちもこれっぽっちもない(本当だよ?)。しかし、興奮が不完全燃焼で冷めていくのにはモヤモヤとした心境になってしまう。謹慎が明けたら、久しぶりに好きなことを思いっきりしてやろう。
わたしは止血していることを確認して、脱力しきった身体を起こす気にもなれず、一緒に入眠することにした。ナデシコの頭皮にわたしの鼻を軽く押し当てる。吸血鬼のくせに、陽だまりのような良い匂いだ。虎姫さんと一緒。たぶんだけど、わたしの脳内ではオキシトシンとセロトニンとドパミンが分泌されている。つまり幸福というやつだ。
寝息と共に上下する彼女の薄い胸を眺めながら、この眠り姫について考える。あのときの父の説明を信じるのなら、ナデシコは人間でもロボットでもなく、死体を模倣するミメーシス細胞というものが構成している別種の生き物だ。でも、吸血衝動とめちゃくちゃな身体能力以外ではわたしたちと変わりなく、感情があってコミュニケーションがとれる。面倒くさいと思うこともあるけど、彼女には愛情を感じている。これからも大事にしたいと思う。心理的に他の人間と差異はない。
魚籠多博士や父はこういう存在を世の中に増やそうとして、お偉いさんたちに拒否されたらしい。率直に、何がいけないのだろうと思う。死ぬはずだった人間が、少し変わった状態で延命しただけだろう。日常生活に変わりはないはずだ。もちろん血液が過剰に搾取される問題はあるけれど、対策さえ完備すればそれ以上に得られるものがあるだろう。
しかしこういう考え方は、わたしが生前のナデシコを知らないからだ。虎姫さんは肯定的だけど、エンジさんやアサヒさんは亡くなった親族が急に蘇ってどういう気持ちだったのだろう。人間の頃と同じように扱っているのか、もはや別のものだと割り切っているのか。『魂』とは実在するのか。プライベートに踏み込んだ話なので気軽に聞ける話題ではないが、また時間をかけて話せたらと思う。
ヴァンプロイドの技術は素晴らしいものだが、それを扱う人間の気持ちが追い付かないのなら、まだまだ協議が必要なのだ。少しずつ、受け入れてもらうか対策を考えていくしかない。自分の意見が通らないからって、暴力行為で無理矢理認めさせるのは、やはりわたしは賛同できなかった。できれば、父ともう一度会ってちゃんと話がしたかった。大きな野望を企てていた当人は爆発に巻き込まれて消息不明、協力者でありながら爆破や虐殺をしたアルマロスは拘留中。元凶は絶ったようだが、妙な不安がある。
これから、自分の為すべきことを確かめる。
――さあ、明日から職場復帰、仕事再開だ。
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