【05-02】徹底的に秘匿されていました

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「ナデシコさんの容態については問題ないでしょう。ボタンさんは一応許容値ですが、顔色が少し良くないですね。必要なら薬を出しますが、できるだけ食生活などで改善してくださいね」

 傀儡技研で河瀬さんからの身体検査を終えて、わたしたちは就業再開の許可を得た。

「それと、再三の忠告になりますが直接供血は禁止ですからね。ヴァンプロイドの望むままに血を与えればドナーに出血性ショックを起こしかねません。虎姫さんのような後遺症が残るケースもあります。現場判断もわかりますが、後の審議によってはヴァンプロイドの運用停止の事態も覚悟してください。供血は預血分から。いいですね?」

「……承服しました」

 まさか昨日もご褒美にあげちゃったとは言えなかった。自制しなければならない。

「え、もうおねえちゃんとイチャイチャできないの?」

「イチャイチャじゃないでしょ。わたしは何も得してないんだから」

「……ふーん、あんな表情は他の誰にも見せないくせに」

「黙って」

 わたしはナデシコの口をつまむ。彼女は頬を膨らませて無言の抵抗を示した。無視する。

「河瀬さん、ミメーシス細胞ってのは本当の話ですか?」

 不意の質問に河瀬さんは書類を記入する手を止めた。眼鏡の位置を直す。

「……誰から聞いたんですか?」

「わたしの父、いや、魚籠多博士の代理人と名乗る人物からです」

 河瀬さんは少しばかり目を細めて、声を殺して溜息を吐く。

「やはり、あの攫われた医院で再会していたんですね。……そうです、吸血機関やヴァンプロイドはミメーシス細胞というものを技術応用した代物です。もちろんその名を知るのは開発の根幹に関わっている十数人程度。一番詳しいのが魚籠多博士ですが、我々と直接の面識はない。それを伝達しに来たのが代理人であるあなたのお父さん、志賀ヒイロさんです。二番目に詳しいと言っても過言ではないでしょう。技研が知らないようなことも、まだあるかもしれない。……しかし、あなたがあの人の娘さんだとは」

「父はどうして離反してしまったんですか?」

「単純に、上層部から人事異動だと聞いています。魚籠多博士は次の研究に集中するとのことでこの件からは手を引き、我々独自の研究機関となりました。志賀先輩も、代理人の役目を終えて本来の医業に復職したのでしょう」

「先輩?」

「実はですね、大学時代に同じ学部の先輩だったんですよ。頭が良くて正義感が強くて、医師免許取得の勉強と医療工学研究室への出入りと福祉系ボランティアサークルを主催して、分身して何人もいるんじゃないか説もありました。カリスマ的で多くの人から慕われていて、間違いなく医者か政治家になると期待されていました。自分も羨望していましたよ。自分はかつての献血事業団の研究部門からの出向でしたが、まさかこんな形で再会するとは。あの人が名前を変えて代理人という目立たぬ裏方をしていると知ったときはショックでした。けれど、何か事情があったのでしょう。周囲にも話すべきではないと思い、彼の過去については同業者には黙っていました。二人きりで話す機会も一度だってありませんでした」

 やはり、父は昔から根っからの善人だ。どこで曇り始めたんだ?

「父は、仕事熱心でしたか?」

「そりゃもう。淡々と伝令係を務めているようで、やはり吸血機関が多くの人を救うという熱意は隠せていませんでしたね。そこは学生時代のままでした。しかし、吸血機関が政府に承認されてヴァンプロイドに着手し始めた途端に人事異動です。悔しそうでしたよ。理由はわかりませんが、魚籠多博士はもっと大きな計画があったみたいです。不完全燃焼、だったのかもしれません」

「魚籠多博士と会ったことは?」

「ありませんよ。雲の上の存在でした。そんな人物は存在せず、志賀先輩の別人格だって噂もありました。とにかく彼女のパーソナルな部分については徹底的に秘匿されていましたからね」

 わたしの母親が魚籠多博士だった、それを証明できるのは博士と面識のある人だけだ。これは難航しそうである。

「すみません、質問ばかり。また気になることがあれば訊くと思います」

「構いませんよ。自分も志賀先輩が気がかりです。捜査には全面協力します」

 わたしは礼を言って立ち上がった。退出する寸前に、呼び止められる。

「すみません、そう言えばアルマロスが使っていたとか報告があった血液を蒸気にして吸う煙草。あれの現物が三課でも回収できなかったそうで、マルヴァで誰か拾っていたらこちらに届けてもえらえませんか? 解析すれば、吸血効率が上がるかもしれません」

 言われて思い出したが、そんなアイテムもあったな。戦闘中はドタバタしていて証拠品になりそうなものまで気が回らなかった。わたしは承諾する。何かが引っかかる感覚はあったものの、気にせずオフィスへと向かった。

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