【04-14】対吸血鬼捕縛術【禁獄磔刑衉式】

【撃滅】


 ……もう、誰が生き残っているのだろう。大量の屍と爆散した瓦礫が転がる道路。降り続ける雨がそれらに跳ねて踊る。降りやまない雨水でも流しきれない血だまりが、アスファルト一面を染め上げている。

 血を使い果たしたナデシコも、血を与えきったわたしも、動ける状態ではなかった。

 アルマロスは、まだ悶えながらも餌を探し続けて彷徨っていた。そして、何かを嗅ぎ取ったのか。さっきまでわたしたちが乗っていた車へと進んでいく。中にはまだ、生きている虎姫さんがいる――。

「……やめろ、やめろやめろやめろやめろ!」

 叫び声は呼び止めることができない。

「ナデシコ! 動いて!」

 彼女は俯せに倒れて沈黙したまま、応答がない。

「どうして、どうして身体が動かない……!」

 泥だらけの地面に這いつくばりながら、腕を伸ばす。

「奪うなあ! これ以上、わたしから、奪うなっ……」

 力が入らず、声が掠れた。

 雨が、頬を濡らし、流れ落ちる。


「人生、もうここで終わりだろう。そう思っても踏ん張ったやつだけが、土壇場でひっくり返すもんよ」


 雨が、止んだ……? 違う、誰かが傘をかけてくれた。見上げた先にいたのは、上司の上司。血税局局長補佐、野須平シュアンさん。

「車に、まだ、虎姫さんが……!」

「大丈夫だ。プロが来た」

 野須平さんはいつもの歯ブラシを咥えたまま、ニコリと笑った。

 暴走するアルマロスに、疾風の如く駆け寄る人影。

 手には散弾銃。

 発砲。

 ハンドグリップをスライドし、排莢。

 さらに発砲。

 装填の限り連射。

 吹き飛び、退き、地面に打ち付けられるアルマロス。

 弾切れのショットガンを放り捨てるのは、いつかの審議会で野須平さんの後ろ歩いていた少女。

 ――局長補佐補佐、唐崎グレン。


「……局長補佐。解析完了しました。対吸血鬼捕縛術【禁獄磔刑衉式きんごくたっけいかくしき】、使用許可を申請します」

「許可する。これで最終決戦だ」


 唐崎グレンは腰回りにぶら下げた武器を取り出した。アイスピックに近い形状をした、針のような刀身の短剣だ。見慣れないものを十本以上は装備している。

 吹き飛ばされたアルマロスは再度起き上がり、唐崎グレンへと襲い掛かる。

 ――あんなもので、勝ち目はあるのか?

「あのクナイは【角爪牙かくそうが】と呼ばれ、吸血鬼封印のための銀の杭を携帯化したものらしい。彼女の一族は何百年も前から吸血鬼退治の専門家として、その技術を継承し続けていた。つまり、彼女は世界最後の希望だ」

 唐崎グレンは冷静で的確だった。まず両手の二本の杭で膝関節を貫く。わたしと同じ考えなのか、神経を切断して機動力を強奪する。

 前のめりに倒れ込むアルマロス。すぐに新しい二本を構える。手首を射抜く。さらに装填、両肩を。攻撃力の剥奪。

 それからも速度を落とすことなく丁寧に、四肢の端部から胴体中心部の脊髄へと針治療のように杭を突いていく。首を、そして顔面の眼鼻耳全てから脳に向かって容赦なく角爪牙が刺し込まれた。超精密な作業を正確に処理する神業の如く。これで生命力の略奪。

 まるで、昆虫標本だった。虫ピンで固定された死骸。仰向けに大の字で寝転がったまま、アルマロスは今度こそ完全に沈黙した。

「……封印完了しました」

 唐崎グレンは息を乱さぬまま、淡々と報告した。

「起動三課、封印棺と車両を回せ。目標は消沈した。救護班も大至急だ――」

 野須平さんは耳元のC無線に指示を飛ばす。すぐに血税局の霊柩車がやってきて、特殊防護服の隊員によってアルマロスは棺の中へと回収されていった。悪魔が征伐されたのだ。

「あの男が、こんなにもあっさり捕まるだなんて……」

「衉式が特別なわけではありません。むしろ捕縛術であって戦闘術じゃない分、真正面から実行していれば私は簡単に殺されていました。サキモリとマルヴァが全力で時間を稼いでくれたおかげで、私は解析に集中できたんです。それでも、頭に刃が刺さった時点で出る幕がないものと思いましたが、あの男の悪運ときたら。しかし単純な行動パターンにまで思考力が下がっていて助かりました。私は戦闘の駆け引きなど苦手ですから。……志賀ボタン特別研修生、ご尽力に感謝します」

 彼女が小さな手を差し出すので、わたしは力の入らぬ右手で握り返した。

「志賀ボタン奪還作戦とアルマロス及びグリゴリへの襲撃作戦を終了する。虎姫発案の奇襲作戦だったが、ギリギリ間に合って良かった。君は、君たちは、これからの新しい被害を防ぐことが出来たんだよ。いつかの審議会で尋ねた君の覚悟、確かめさせてもらった。これからもよろしく」

 野須平さんが傘を閉じる。今度こそ本当に、雨が降り止んでいた。

 わたしは近場で倒れているナデシコに歩み寄り、冷たい手を握った。とりあえずだが、終わったのだ。……長く長く、息を吐く。車内の虎姫さんの容態も確認したかったが、ナデシコへの大量供血のせいで貧血の身体はもう動かなかった。わたしを助けるために、サキモリ含め多くの人が犠牲になった。わたしはそこまでして、生き延びる価値があるのだろうか。惨劇を前に、わたしは自問自答する。

「…………ボクは何があっても、おねえちゃんの味方だよ」

 うわ言のように小さな小さな言葉を零すナデシコを、わたしはぎゅっと抱きしめた。

 そんなわたしたちを、さらにおおうように抱きしめる温もり。彼女の柔らかな匂い。

「……帰ろうか」

「……はいっ!」

 綻ぶ心、緩む涙腺。わたしは虎姫さんの胸に顔を押し付けて、こみ上げる感情のまま咽び泣く。わたしの髪に、虎姫さんの掌が優しく触れる。この手に抱き留めている命の燈火。儚い熱が二つ、絶対に手離してたまるものか。わたしを生かしてくれた人たちを、この先も絶対に生かしてやる!


 消失した志賀医院を前にして、わたしは自分の居場所を見つけられた。

 過去と決別した日の出来事だった。

 わたしの人生は、もう少しだけ続く――。

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