【04-11】邪道
【雨は土砂降りに変わる】
建物の火災は豪雨のおかげか被害を広めず、ただ白い煙が蔓延していた。それにしても、父がまだあの中に残っている状態でアルマロスは爆破したのだ。何故? 裏切りか? ヤツの思考回路がわからない。わかるのは、狂乱と破壊をこの上なく楽しんでいるのだということ。
興奮状態が最高潮に達したグリゴリの連中は、ついに火が点いたように暴れ回り始めた。奇声を発しながら銃を乱射する。対するサキモリは至って冷静であり、三人一組で敵一人を相手にする。陣形を崩さず確実に狩っていくスタイルは職人技のようだ。しかしグリゴリは痛覚と恐怖がぶっ飛んだ猛獣である。イレギュラーな行動を前に、負傷する隊員たち。優勢劣勢が容易にわからぬまま、道路上は血と弾丸が飛び交う。これが戦争だと、わたしは車内にてナデシコを抱きしめながら観察していた。さっきから身震いが止まらない。
雑踏の中、虎姫さんとアルマロスは睨みあったまま歩み寄り始めた。その視線が結ばれる直線状の空間に立ち入る者は、アルマロスの蕨手刀に斬り伏せられ、虎姫さんのナックルスコーカーによって撃ち倒されていく。そこに比叡隊長が銃口を向けながら、慎重にアルマロスに近づいていく。
「今、降伏すれば仲間たちも拘束で済ませてや――」
比叡隊長の口が閉じられることはなかった。そこには黒い刃が割り込んでいたからだ。後頭部まで、あっさりと貫通していた。
「邪魔だ」
アルマロスはそのまま真横に刀を引いた。比叡隊長の口元は耳の後ろまで大きく裂けて、大量出血と共に地面に転がる屍と成り果てた。国内最強部隊と呼ばれる組織の長は、いとも簡単に悪魔に殺された。
虎姫さんは表情を変えることなく歩行を続ける。アルマロスも、急がず焦らず自分の歩幅で彼女へと向かっていく。やがて、二人それぞれの間合いが重なる瞬間――。
金属音が鳴る。
虎姫さんの黒い傘が舞い上がる。
蕨手刀の切っ先を、ナックルスコーカーが受け止めていた。あの驚異的な切れ味の刃も、鋼鉄までは一撃で切断できないらしい。二人は動かぬまま、言葉を交わす。
「お前に殺しのイロハを教えたのは、誰か覚えているか?」
「思い出せないし、思い出したくもない」
「それでも、今もお前の手には烙印が残っている」
「これは戒めよ。全てを終わらせるまで、自分を罰するために」
「良い覚悟だ。しかしお前にオレは殺せない。半年前と一緒だ」
「
互いのエモノが弾け跳び、宙に舞うと地面へと落下した。二人はそれ以上に武器を所持していないようだった。アルマロスはむしろその状況を楽しむようだった。やはりアイツは目的や結果よりも手段を優先している。本人にとっては
虎姫さんが放つ爆ぜるような右手の掌底打ちが、アルマロスの胸部を圧迫した。
アルマロスは避けもせず、耐えきれると思ってあえて受けたのだろう。
ドクンと脈打つ。
だが、文字通り打撃力とは別の、内側から爆発するような衝撃に面食らった。
内臓が揺さぶられる。
気を抜けば一瞬で気絶したであろう。
吐血だけで済んだのが不思議なくらいだ。
応戦する。
絶妙な距離を取りながらの左ジャブ。
その拳が虎姫さんの頬に届く前に、彼女の左手に受け止められる。
そして、また、謎のインパクトが襲う。
ドクンと脈打つ。
アルマロスの左手は細かく痙攣し、痺れたまま、筋肉が制御できなくなった。
本能的な警戒心から、その場を退く。
その感覚には嫌というほど身に覚えがあっただろう。血税局の扱うナックルスピーカーを喰らったソレだった。神経のみを鈍らせる芸当。
「……テメエは奇術師か。どこに隠していやがる」
「驚いた? 【義手型マンドレイカー】。両掌に埋め込んだナックルウーファーと指先全部に仕込まれたナックルスコーカーがワタシの覚悟だ」
そう、エンジさんとスオウさんとの模擬戦闘の最後で見せた謎の技の正体はコレだったのだ。見た目こそ普通の人間と変わらぬ両手首の中には、わたしたちが使うタマナシの銃と同等のモノが内蔵されているらしい。
「化け物めが……っ!」
「お前こそな……っ!」
アルマロスはまだ生きている右手で懐から煙草を取り出し咥える。例の血液を煙にして吸入するやつだ。赤い副流煙をたっぷりと吐き出すと、確かめるように左手を動かし骨を鳴らす。
「それで再生力を底上げしたつもり?」
虎姫さんもまた、スキットルを口に含み中身を体内へ流し込む。
「リベンジマッチだろ? 長く楽しませてやるよ」
「さっさと終わらせて帰りたいの。可愛い妹たちが待っているんだから」
――戦闘が再開された。傍から見れば虎姫さんが有利であった。あの指先と掌を向けられれば共振音波の弾丸が撃ち込まれてくる。距離をとっていれば逃げるしかなくなる。詰めたところで、彼女のマンドレイカーを意識すれば攻撃範囲が狭まり、なかなか攻め込む一手を放てない。アルマロスの失敗は蕨手刀を手放したことだった。虎姫さんの発砲を兼ねた殴打は止まらない。アルマロスはそれらを捌くために余裕がなくなり、ギリギリで避けるか、手足で受け止めて瞬間的に再生するしかなかった。しかし、あの煙草も彼自身の血液貯蔵も無限ではないのだ。時間の問題だ。このまま、いずれ決着がつく。そうなるはずだった――。
アルマロスは煙草を吐き捨てると、真っ赤な副流煙を大量に撒き散らした。視界が一気に煙で覆われる。しかしこの雨だ、長くは持たない。煙幕が消えきる前に、アルマロスの左の拳が飛び込んできた。
「
虎姫さんは冷静に見切っており、その攻撃を左手で受け止めると同時に右手の掌底打ちをアルマロスの本体へと叩き込んだ。決まれば即ノックアウトのトドメの一撃だ。――しかし、それは届かなかった。掴んでいたアルマロスの左手は、肩から先がなかった。今まさに、素手で無理矢理引き千切ったかのような荒々しい断面から血飛沫が止まらない。アイツは自分の舌だって嚙み切って飛ばすような男だ。自身の手をデコイにするために切り離すなど躊躇しない。ヴァンプロイドという武器の特性を誰よりも理解していた。悪魔のような発想だった。愕然として、血まみれの左腕を落とした。
――どこだ?
煙が立ち消える。
虎姫さんの背後、眼光鋭いアルマロスが立ち塞がる。
殺気を察知し反転、虎姫さんは両掌を照射体勢へと構える。
――が、それよりも速く、再生した悪魔の両腕が虎姫さんの手首を締め上げた。
ゴキン。
骨のようなものが砕ける音。連続して、同じく鈍い音。
アルマロスの口が裂けるように開く。
禍々しい牙が唾液に濡れて妖しく光る。
虎姫さんの白い首筋に、それが喰らい込んだ。
【刺咬】
溢れる血液が、アルマロスの口元から零れる。
虎姫さんの顔色が見る見る青ざめていく。
なのに、彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。
「…………かかったな」
嘲笑が混じるような声色は不気味だった。アルマロスも警戒し、吸血行為を停止して彼女から離れる。虎姫さんは出血する首元を押さえてフラつきながらも、燈火の消えない瞳で男を睨んだ。
「マスターブラッドは、全ての血液型への輸血が可能。よって、全てのヴァンプロイドへのブラッドドライブが可能ということ。今、お前に侵入した」
「……何をする気だ?」
「女王支配【マスタードライブ】:死ね。愚劣の極みが」
――途端、アルマロスは膝から崩れ落ちた。虎姫さんの策略が効いたのだ。男は自分の喉元を搔きむしりながら、過呼吸のような症状を見せる。顔中の穴という穴から血が噴き出して、身震いが止まらない。アルマロスが苦しむ姿など初めて目にする光景だった。数十秒後、男は沈黙した。絶叫は聞こえなくなり、打ち付けるような雨音だけが響き続ける。しばらくの、間。
……ノイズが聞こえてくる。
「おいおい、魚籠多博士に教わらなかったか? ブラッドドライブが果たされるまで、ドナーの上書きはできない」
さっきまでの
「お前の呪詛は強烈だったよ。だがな、オレをヴァンプロイドに貶めた原初の調伏が勝っちまった。つまり、お前にオレは殺せない。最早、運命だな」
『――あれはイレギュラーすぎてブラッドドライブもダミードライブでも制御不可能だよ』
父の言葉が思い起こされる。外道であるヴァンプロイドの理からも、さらに外れた邪道である。血の気が引く。一切の勝機が失せた。
【落雷】
稲光が鋭く煌めく。
景色が影になった瞬間、世界は再び惨劇に変わる。
悪魔はまた、虎姫さんの首元に喰らい付いていた。
男の手つきは彼女の肉体を弄ぶ。
凌辱されるも、彼女は抵抗する力さえも血と共に吸い取られていた。
荒れ狂う天候。空の怒りのような轟音が、遅れて空気を震わせる。
「美味だ。花は散る時こそ美しい。お前は屍になってこそ、だ」
アルマロスから解放された虎姫さんは、地面に伏せたまま動かなくなった。悪魔は食事を終えたかのように満足気だった。
【激発】
気づけばわたしは助手席から運転席へと飛び移っていた。
感情が追い付く前に、身体が勝手に動き出していた。
視界には火花が散ったようなフラッシュが点滅している。
雷鳴のようなエンジン音が唸る。
記憶にある虎姫さんの運転を無我夢中でトレースする。
アクセルはベタ踏みで無理矢理にクラッチを繋げると、車体は弾かれるように地面を蹴った。
負荷を一切気にせずギアを数段飛ばしてオーバードライブまで持っていく。
暴れ馬の如く、わたしとベレットは一直線にアルマロスへと突っ込んだ。
――轢き殺してやる!
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