【04-12】ぶっ生き返す
【激突】
アルマロスとの衝突地点から、数十メートルは移動したはずだ。なのに、勢いが死んでいき、やがて静止した。ブレーキも踏まずアクセルも緩めていないのに、どうして車体が前進しなくなる? ……異音がする。前輪が、虚しく地面を掘るように空回りしていた。アルマロスは車のバンパーを片足で受け止めたまま、立ち続けていたのだ。歪むボンネット。捨て身のタックルですら、届かないというのか。この男、いよいよ出鱈目がすぎる。スピードに乗った車を正面から受け止めるなんて……!
「最高の気分だよ。力が無限に漲ってくるみたいだ。次は戦車か戦闘ヘリでも用意しとけ。……さあ、存分に殺しあおうぜ」
身を乗り出したアルマロスは、振りかぶった右手をフロントガラスに叩き込んだ。バキバキと亀裂が走る。もう一発。尖る透明な破片が車内に砕け散る。
「クソがあっ!」
わたしは反射的にバックギアを入れると、後ろも見ずに急発進で後退した。ある程度の距離をとったところで停止する。アルマロスはゆっくりと、焦らずこちらに向かってくる。
――駄目だ、悔しいけどやはり策もなしに勝てる相手ではない。何か考えるんだ。考えろ考えろ考えろ……!
冷静になって状況を整理するんだ。
まずは敵の目的はわたし、不完全ながらも魚籠多博士の計画情報を記憶してるからだ。それが政府へテロ行為するための切り札になるらしい。
それに対して血税局及びサキモリの目的はわたしの奪還とアルマロスとグリゴリの制圧だ。事情をどこまで把握しているかは知らないが、とにかく敵の立場を有利にさせず、さらなる被害を増やす前にここで阻止すること。
じゃあ、わたしはここから逃げてドンパチはサキモリ部隊に任せればいい。それが最適解だ。しかし現状はどうだ? 周囲を見渡す。グリゴリのヤク中連中はサキモリの隊員が三人一殺で、損害はあるものの優勢に事を進めているようだった。グリゴリの生き残りが半数以下だとすれば、サキモリはまだ三分の二以上が健在だ。問題は対アルマロス。とあるチームがあの男への攻撃を試みている。車両など障害物をうまく使って短機関銃による斉射を繰り返す。アルマロスはなんと、斬り払った比叡隊長の亡骸を盾にして防御と移動を始めた。残虐非道な行いだ。
「弾が貫通すればいいが、身体に残ると面倒だからな。……どうした? もっと近づいて上司の顔を拝めよ。口が裂けるほど笑ってるぜ」
これは精神的に逆上を誘う効果もあるのだろう。実際に隊員の一人が不用意に駆け出していた。アルマロスは比叡隊長の腰元から抜き奪った拳銃で首や関節部分を正確に射る。防弾のアーマープレートが仕込めないという弱点を熟知しているのだ。そしてアイツは射撃に関しても恐ろしく腕が良かった。陣形を崩されたチームはあっという間に狩られていく。それは全体にも影響を与えているようだ。ただでさえ隊長が殺されている状況である。最強部隊を脅かす存在というプレッシャーは、並みならぬ危機感を与える。まるで砂上の楼閣のような脆さだ。一人、また一人と、挑んだ隊員が倒れていく。
【血祭】
いくら暴力的な犯罪に特化したスペシャリストたちでも、ヴァンプロイドへの対策はまだまだのようだ。知識も経験もないに等しい。このまま彼らに任せてわたしはこの場を離れてもいいのか? たぶん、アルマロスとの戦闘経験から攻略を導けるのは現状わたしだけだ。しかし、またあの男に拉致される可能性も高まる。……一体、どうするべきなのだ?
とにかく、サキモリたちがアルマロスを引き付けている隙に、わたしは倒れている虎姫さんを車の後部座席へと回収した。かろうじて虎姫さんのスキットルの中にはまだ彼女の血液が残っていたので、それを口元へ垂らす。
「……本当に厄介な相手だね。ブラッドドライブを拒否するなんて。ずっとそうだった。殺したと思っても、何度でも蘇ってくる。悪夢のような悪魔だよ」
虎姫さんは眼を瞑ったまま、呻くようにか細い声を出した。
「お願い、もう少しだけ時間を稼いで。『奇襲』の準備が整うまで。今度こそ、終わりにさせる」
虎姫さんは手探りでわたしの手を掴むと、力強く握った。
「半年前、ナデシコへの無制限供血による一撃はアルマロスに届いた。あと一歩で殺しきれなかったのは、ワタシの覚悟が甘かったから。そして今回も。……ボタンちゃん、怖ければ逃げてもいい。でも、ナデシコの制限解除ができるのは、あなただけ。こんな風に言うのもなんだけど、その『命』をワタシにちょうだい」
……もう、迷うことも怯えることもなかった。虎姫さんに助けてもらったこの命を、ただこの人に返すだけだ。
「――はい、よろこんであげます」
わたしは虎姫さんの手を握り返すと、彼女は安心したように気を失った。
当事者になる覚悟はできていた。共犯関係のわたしたちは最強なんだから。奪う人より与える人になる。全てのブラッドサッカーを叩き潰す。この身体を動かすのは呪いなんかじゃない。好きな人たちの希望を叶えるために、この命を使ってやる――。
【これがわたしの信念だ!】
わたしは助手席のナデシコに向き直る。わたしに足りなかったものを、エンジさんもスオウさんも虎姫さんもナデシコも、みんな踏み越えていた。玉砕覚悟だ。
「……ナデシコ、わたしの全部を捧げるから。どうか、勝たせて」
顔を接近させて彼女へ接吻する。閉じている小ぶりで柔らかい唇を、わたしの舌で抉じ開ける。前歯から奥に向かって順番に舐めていく。尖る犬歯に辿り着くと、そこにわたしの舌先を押し当てた。鋭く痺れるような痛み。引き抜けばドクドクと血液が溢れる。そして今度はそれをナデシコの舌へと塗り付けけるように舐め回す。冷たい彼女はまだ反応しない。何度も何度も、出血させて唾液と共に流し込む。彼女の舌先が、ピクリと少しだけ動く。わたしは応えるように、もっと絡める。喘ぐような吐息が漏れる。やがて彼女も動きが増していく。身体は熱を取り戻していく。損失していた左手が再生されていく。乾いた喉を潤すように、わたしの肩を掴んで唇をさらに押し付けてきた。わたしの舌は甘噛みされて、その先端はさらに搾り取られる。頭の中が真っ白になるほど甘くて、心に棘が刺さるような痛みを伴う吸血行為に溺れていった。永い時間をかけて、彼女はわたしを味わい尽くす。身体中が火照るほど、夢中だった。
やがてナデシコが身体を離す。二人とも荒い呼吸を落ち着けようとしている。目が合う。恥ずかしいのに、目を逸らすことができない。見れば彼女の髪や肌はツヤツヤと照っていた。今までの怪我や疲労が全快したらしく、死ぬほど美しい吸血鬼が輝くように微笑んだ。
「ブラッドドライブの極印完了。――大好きだよ。おねえちゃん」
【再起動】
割れたフロントガラスから、ナデシコはボンネットの上へと移動した。腕を組んで仁王立ちする彼女が君臨すると、かなりの数のサキモリ隊員を殺傷したアルマロスが視線を向けてきた。
「……蘇ったのか」
悪魔的笑みを一蹴するように、彼女は威喝する。
「――ぶっ生き返す!」
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