【04-10】迎えに来たよ

【開戦】


 爆散する壁材だった瓦礫たち。ガラガラと崩れ落ちる壁面から飛び込んできたのはアルマロスだった。

 ――やはり現れたか! わたしはぐっと身構える。……だが、どうにも様子が違う。男はそのまま倒れ込んだのだ。みぞおちに何かが突き刺さっている。白く細長い、それは肩から指先までの、少女の華奢な片腕だった。

「……先生、すまないな。もう奴らが来た」

「随分早いな、妙だ……。いや、そういうことか。型式一番乙種」

 目線の先、壁の向こうから姿を見せたのは、わたしのヴァンプロイドことナデシコだった。

「おねえちゃんをぉ、返せぇ……っ!」

 彼女の左肩から先が失われていた。アルマロスにぶち込んだ後に、引き千切られたのか。服はボロボロに汚れて、露出する肌も赤黒い怪我が回復せぬままなのが痛々しい。息を切らしながら満身創痍で彼女は立っていた。もう再生能力を残していないのだろう。けれど、その目だけは赤く血走り生命力を漲らせている。怒り狂う鬼の形相だった。

「ナデシコ!」

 わたしは反射的に呼びかける。

「……おねえちゃんっ!」

 彼女は嬉しさと悲しさの混じった表情でこちらに駆け寄りながらも倒れ込む。ナデシコを必死に抱き留めると、今まで立っていたのが不思議なくらい、浅い呼吸をしながら弱々しく震えているのが感じ取れた。

「……ここから逃げて。アイツはボクが倒すから、その隙に」

「何言ってんの! ボロボロじゃん。一緒に行くよ!」

「うう……」

 眠るように彼女は気絶した。

 ――そうだ、とにかくここから逃げ出せば、敵の目的であるわたしがいなくなれば向こうが不利な状況になる。戦う必要はない。アルマロスはナデシコの一撃が効いているのかまだ回復していない。今がチャンスなのだ。わたしはナデシコの身体を支えて一歩を踏み出す。

「行くのか、ボタン」

 父は茫然とこちらを見つめていた。止める素振りを見せず、かと言ってにこやかにお見送りという雰囲気でもなかった。

「決別を告げるよ」

「…………そうか、そうだな、本当の血の繋がりには逆らえないか。このまま僕と一緒よりかは、しばらく血税局にいるほうが安全かもしれないな。それでも問題はないだろう。伝えるべきことは伝えたさ。……最後に、大事なことを一つ。魚籠多博士は生きているよ。彼女を助けるために、『淡海御所』でまた会おう」

 父は微笑んで、そして涙を一筋流していた。状況にそぐわない表情に驚愕しつつも、わたしはそれ以上言葉を紡げず駆け出していた。声に出すと、自分の気持ちが揺らいでしまう気がしたから。

 ――さようなら。


 壁の向こうは、身体を横向きにしてなんとか通れるくらい狭い狭い通路と階段だった。抜け切ると、部屋と部屋の間の壁に無理矢理こしらえたような出入口が、本棚などによって何重にもカモフラージュされていた。地下から地上へ。物は何も残っていないが、記憶通りの風景だった。ここは、わたしが術後に軟禁されていた志賀医院だった。

 壁には弾痕が生々しくめり込んでおり、室内には火薬の匂いが漂い、床には血まみれの見知らぬ男たちが転がっている。ナデシコとの戦闘で負傷したのだろう。

 わたしは屋外への出口に向かって必死に足を動かす。アルマロスを殺して家出した、あのときとまるで一緒のような体感だった。今度こそ本当に、自由になってやるのだ。無我夢中で通路を進む。外へと繋がる扉に手をかけて、押し開いた。光あれ――。


「迎えに来たよ」


 小雨が降る中、黒い傘をさして虎姫さんが立っていた。家出したあの日のように、白い宇宙に絶望することはもうない。わたしの希望そのものが、そこに在る。こみ上げてくる感情に胸がいっぱいになり、泣きそうだった。

「帰帆組事務所が爆破されてから丸二日。和邇組と永原組はまだ療養中だけど、ワタシとナデシコはなんとか動けた。技研にあった残り少ない予備の血液でナデシコは再起動、ヴァンプロイド独自の血液センサーでここを突き止めたよ。勢いのままカチコミに行くから、追い付くのに苦労したよ。……ナデシコはもう電池切れみたいだね。ボタンちゃん、無事で何より」

「まだ地下にアルマロスがいます。そして父も。早くここから離れないと……!」

「そうだね、帰ろうか。詳しい話はまたゆっくりと聞こう」

 虎姫さんに促されて、医院前の道路に駐車していたベレットに、ナデシコを抱えたまま助手席に乗り込む。座席に身体を預けると、急に緊張が和らいできた。わたしの肩に乗りかかるナデシコの頭をそっと撫でる。見つけてくれて、ありがとう。帰って目を覚ましたら、うんとご褒美をあげよう。

「……ボタンちゃん」

 虎姫さんはまだ運転席に乗り込まず、車外から声をかけてきた。視線の向こうには、復活したアルマロスが医院の前にて仁王立ちしていた。そしてその周りには、目や口元を覆う髑髏どくろ模様のマスクをした複数人の男たち、ざっと三十人程度の規模だ。手にはわかりやすい重火器。どこに潜んでいたというのか、危険な連中というのは一目でわかる。

「あれが武装カルト集団、堕天派悪魔崇拝結社グリゴリ。薬キメて随分と興奮してるね。オーバードーズってやつだ。ちょっと蹴散らしてくるから、ここで待っててね」

「蹴散らすって、あの人数ですよ? それにあのアルマロスだって……」

「雑魚はなんとでもなるよ。しかし、あの男は厄介だね。できるだけ血液を削ぎ落してみる。チャンスだと思ったら、何も考えずに轢き殺してみて」

 そして虎姫さんは滅多に外さない手袋を取ると、わたしに預けた。その右手の甲には、何故か見覚えのある刺青が刻まれている。思わず凝視するわたしに気付いた虎姫さんが、理由を話す。

「どうしてアルマロスと同じものが彫られているのか、でしょう? かつて、ワタシもアイツも天使教団鉄槌騎士団という暗殺部隊に身を置いていた。――今度こそ、ケジメをつけるよ」

 虎姫さんの瞳の中には冷たく燃ゆる焔が揺らいでいた。静かなる激情を胸の内に抑え込んでいるようだった。

 突如、耳をつんざくサイレンの音。鉄板で囲まれたような窓の少ない大型バスが三台、医院を包囲するようにすぐ近くで停車した。装甲車からは、黒いコンバットスーツに身を包み小型の短機関銃を手にした隊員が三十名ほど降車する。警保局特殊急襲部隊『サキモリ』――。指揮官が虎姫さんと並ぶ。

比叡ひえい隊長、応援に感謝します」

「……本来は、許可なく逃亡したあなたと型式一番を追ってきたんですが。野須平さんの頼みなので大目に見ましょう。それに、あのヴァンプロイドを仕留めるのが我々の急務ですからね」

「露払い、よろしくお願いしますね」

「あんまり舐めてるとまとめて殺しますよ?」

「じゃ、早い者勝ちってことで」

 虎姫さんも比叡隊長も銃を構えた。見据える先にはアルマロス。急に右手を高く掲げたと思うと、そこには何かが握られていた。小さいライターのようなもの。覚えがある。あれは、――起爆装置だ!

「ゲーム、スタートだ」

 悪魔が笑う。


【発破】


 志賀医院が、光り、轟き、火炎と煙を噴き出した。

 わたしの帰るべきだった場所は、あっという間に崩れ落ちた。

 一瞬の爆風が吹き抜ける。やがて降雨が激しさを増していく。

「――そんな! お父さんっ!」

 絶叫と疾風が車を揺らすも、すぐに喧騒にかき消されていく。

 怯むこともなく、サキモリとグリゴリの有象無象が動き出す。

 それが、戦闘開始の合図だった――。

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