【04-04】ヴァンプロイドは殺すことができるのか
【凍るような殺意と殺戮】
長身長髪の黒コート男、アルマロス。先月の現場と変わらない出で立ちで、その悪魔は存在していた。空調の室外機に腰をかけて、美味そうに電子煙草を吸っていた。奇妙な赤い煙を、口と鼻から吐き出している。
「五分ジャスト、合格でいいだろう」
顔も動かさないまま、男はこぼす。曇天特有の湿った風が吹く。強烈な血の匂いが
屋上には空調設備が置かれているのと、そこに繋がるパイプが這うだけの殺風景なものだった。外周には手すりもなく、雨ざらしになった廃品がいくつか転がっている。出入口は今わたしがいる屋内用階段と、裏手の非常階段のみ。
異質なのは二つの死体。
一つは初老男性、調査資料の帰帆組組長の顔写真と一致。仰向けに大の字に寝転がっている。刀傷なのか首から大きく裂けており、その大量出血が服も床も染め上げている。血液の赤黒い変色と乾き具合から、それなりに時間が経っているはずだ。
もう一つは見慣れたコートの女性の死体。組長のすぐ隣、俯せの状態で倒れている。背中からは、人間の肘から指先ほどの長さであろう黒い刀剣が突き刺さっている。胸まで貫通しているようで、いつも首から下げているトレードマークのスキットルが割れて転がっていた。こちらからは後頭部しか見えないが、我らが上司、虎姫シンクで間違いない。こちらの身体からも血液が広がっているが、まだ鮮やかに赤い。ついさきほどのコトのようだ。訂正、彼女に関しては、まだ死体と断定できない。
状況から推測するに、虎姫さんは非常階段で屋上へ上がると、まず放置されている組長の死体を見つけた。詳細を確認するために近づいたところ、物陰に隠れていたアルマロスが近づき一突きした、というところだろう。
思案するわたしを眺めて、気味の悪い無表情な男が口角を少しだけ上げた。
「お前の考えている通りだ。この鉄血女王とまともにやりあっても疲れるからな。奇襲した」
「……どうして、お前がここにいる?」
歯の奥を噛み締めるようにして、激情を抑えて言葉を吐き出す。
「この女も息絶えながら同じことを口にした。答えは前回と同様だ。志賀ボタン、オレはお前を父親に会わせるために迎えに来た。ただ、血税局に監視されているお前を堂々と呼び出すわけには行かない。潰した秋月組の空きを埋めるよう帰帆組の若頭にけしかけて、わざと尻尾を残すように派手に動かした。案の定、マルヴァにガサ入れを起こさせる良い餌になった。お前は見事に釣れられたわけだ」
――つまりだ、この惨劇は全部わたしのせいである。
以上の思考はわたしの脳におけるひどく冷徹な部位によるスパークルが起こしたものだ。
以下、腹の底から沸き立つ憤怒の熱気がこの肉体を覆い尽くす。理性崩壊、制御不可能、感情開放。
――否、この惨劇は全てお前の罪だ、アルマロス!
【討伐】
「……ぶっ殺してやる!」
ナデシコではなく、わたしのセリフだった。
嘔吐するような憎悪の怒声が、そのままブラッドドライブとなる。
階段を駆け上ったときと同じように、ナデシコを先頭にわたしがその後ろを歩幅と呼吸を完全同一化させて猪突猛進した。
超短期決戦を仕掛けるしかなかった。
さて、ぶっ殺すと叫んだものの、ヴァンプロイドのアルマロスはどうしたら殺せるのか。
南区の圏外領域での遭遇時はナックルスコーカーで頭を飛ばしても車で跳ね飛ばしてもすぐに再生復活した。さらにその後の戦闘でも虎姫さんは仕留めきれずに逃亡されてしまう。そして今回は不意打ちではあるが虎姫さんを一撃で負傷させているわけだ。ヤクザの事務所一つを一夜で壊滅させるイカれた戦闘狂の悪魔である。
ナデシコは駆け込みながら発砲を繰り返す。
芯のブレない正確な射撃であるものの、アルマロスはその弾道を読み切り、余裕そうに回避する。
「殺してみろよ、吸血鬼ども」
この男、両手を高く掲げて楽しそうにはしゃいでいた。
ふざけてやがる。
虎姫さんに刺さる刀剣も抜かず、他の武器を構える仕草も見せない。
ナデシコはマンドレイカーをトンファー状態に持ち帰ると、勢いそのまま二つの拳をアルマロスの側頭部両側に叩き込んだ。
鈍い衝突音。
鉄塊はアルマロスの両掌で受け止められてしまった。
それでもマンドレイカーの共振音波はその両腕の筋肉と神経を麻痺させる。
ガードのない顔面、真正面を目掛けてナデシコはマンドレイカーを手放してノーモーションから前蹴りを繰り出した。
しかし、それよりも速くアルマロスの右足が突き出された。
ナデシコの腹部を強烈な衝撃が射抜く。
吹き飛ばされた彼女はわたしの左後ろに叩きつけられて何度もバウンドする。
「ナデシコ!」
「ぶち折ってやったぜ!」
振り返ればアルマロスの右膝より下に新しい関節が増えていた。
ブラリとだらしなく垂れ下がる。
なんとナデシコは攻撃を受けた瞬間に、相手の骨を砕いて反撃していたのだ。
タダではやられない執念である。
アルマロスを立たせているのは最早左足のみだった。
わたしは走り込みながら一気に姿勢を落とす。
見様見真似だが、ナデシコが得意としている足絡みを仕掛けた。
わたしの両足で男の左足脹脛をホールドすると、思いっきり半身を回転させて一気に捻り上げる。
アルマロスはバランスを崩して背面から地面に叩きつけられる。
――千載一遇のチャンス到来だ!
これを逃したらもう勝ち目はない。
そして、ここからが最大の問題だった。
再度問う。どうしたらアルマロス、ヴァンプロイドは殺すことができるのか。
コンマ1秒以内に行動を決定しなければならない。
ヴァンプロイド部隊にいながらも、いや、だからこそ、わたしたちは対ヴァンプロイドとの有効な戦闘方法を知らない。しかし、その特性は把握しているつもりだ。冷静に整理していく――。
ヒト型汎用実務代行吸血機関自動人形【ヴァンプロイド】について。
まずはエネルギー源はドナーとなる人間からの血液供給だ。身体能力や頑丈さは人間以上である。
そして驚異的な再生能力の速度。とはいえ肉体構造としては人間と同じである。
つまり殺すことは不可能にしても、機能停止の状態まで追い込むことはできるはずだ。
第一案:血液切れを起こさせる。これは前にエンジさんたちがナデシコに連続射撃していたような方法だ。しかしヴァンプロイドの燃費は個体差が大きく、ナデシコのように大食いもあればシノノメさんのように超省エネタイプもいる。アルマロスに血液を消費させ続けるにはどのくらい時間がかかるのか、それまでこちらの攻撃手段が持つのかも不確定である。封印棺のように急速に血液を抜き切る装置も今はない。却下だ。
第二案:拘束や冷凍させる。前回の戦闘で手持ちの拘束具はアルマロスの怪力の前では玩具同然だったし、それ以上の装備も今はない。凍らせる設備もないし、今の気温はどちらかというと生暖かい。却下だ。
第三案:眠らせる。ヴァンプロイドも寝ることは確認している。一見必要なさそうだが、やはり人間と一緒で他の機能をオフにして肉体負荷の回復を促進させるためだろう。しかし今は麻酔銃や催涙ガスなど薬品の手持ちもないし、催眠術の心得もない。却下だ。
第四案:脳を破壊する、もしくは脳から四肢への神経を遮断する。ヴァンプロイドとは言えベースは人間、頭脳の指令によって身体が機能しているはずだ。四肢の筋を順繰りに破壊しても、追いかけるように回復していく。しかし脳を直接撃破できれば肉体は指示待ちとなり、ただ横たわるだけになる。ナックルスコーカーで頭部を撃ち抜き音波で脳にダメージを与え続けるか、だが血液切れの問題と一緒で銃のエネルギーが先に切れる可能性もある。どちらかと言えばナックルツイーターのように物理的な棒で
――タイムリミットを切った。
コンマ1秒の思考は終わりだ。
結論はすでにわたしの身体を動かしていた。
仰向けに倒れるアルマロスに跨り、右手に逆手持ちしたナックルツイーターを頭上高く構える。
柄頭に左手を添えて全体重を乗せた。
息を止める。
上体を倒しこむように、棒先を悪魔の喉元へと叩き込んだ。
【打突】
両の掌が吹き飛んでしまったかと思うくらいの衝撃だったが、なんとか耐えた。
肩が外れそうだった。
ツイーターも折れておらず、その先はアルマロスの喉仏あたりに綺麗にめり込んでいた。
皮膚を破き、首周りの筋肉を押しのけて、骨と骨の隙間を引き剝がしている。
棒先は、屋上の乾いたコンクリートの地面まで到達していたのだった。
――捉えたのだ!
しかし、まだ油断ならない。
見るとアルマロスの表情は動いている。
目を大きく見開きギョロギョロと蠢かし、唇は横に裂けたように開いて笑っていた。
ヒューヒューと空気が抜ける音だけがする。
グロテスクな首元に反して、痛くも苦しくもなさそうな素振りはゾンビのように気味が悪かった。
わたしは祈るようにツイーターを握る手に力を込める。
身体は動かないでくれ!
……一分以上待つ。
宣告を待つかのように長い時間だ。
だが、反撃される気配はない。
わたしはゆっくりと、身体から息を吐いた。
頬を伝った汗が顎から落ちる。
まだ力は抜けないが、勝ったのだ。
「ナデシコ! 虎姫さんを処置したら、こいつの四肢を分断。切断箇所になんでもいいから硬いモノをぶち込んで」
「あいあいさー!」
ナデシコはダメージを引きずることなく立ち上がると、虎姫さんに刺さっていた刀剣を引き抜いていた。
【殺気】
急に背筋をなぞるような悪寒がして、アルマロスのほうに視線を戻す。
先ほどと変わった様子はないはずだ。
目からビームでも口から火を噴くでもしない限り、もう攻撃はできない。
……本当に?
昔から嫌な予感だけは的中した。
男の閉じた口腔の中で、何かが動いていた。
思わず顔を寄せたとき、それは飛び出す。
ピンク色の塊で滑り気のあるソレは、わたしの左目に直撃した。
反射的に手で払いのける。
ダメージを与えるには柔らかすぎた。攻撃と呼ぶには悪足掻きで、行動としては精神異常だ。
――アルマロスは嚙み切った舌を吐き出したのだ。
それを認識したとき、まず脳が知覚したのは嫌悪感だった。
そして一瞬遅れて、全身から冷や汗がどっと吹きだした。
わたしは重大なミスを犯したのだ。
『反射的に手で払いのける』
わたしは手元を確認する。
左手は左目を拭った後に宙を彷徨い、ナックルツイーターを握っているのは右手だけだった。
力を緩めてしまった証拠に、棒先に地面の感触がなかった。
ほんのちょっとした隙間から、肉と骨は繋がろうとボコボコと復元作業を始めている。
伸びる神経と神経、その両端が触れ合ってしまった――。
【火花が散る】
復活したアルマロスはすぐに上体を起こした。
その勢いのまま、左手でわたしの首を掴む。
揺さぶられる頭部、わたしの視界には白い光が強烈に点滅した。
「……がはっ!」
アルマロスは立ち上がり、そのままわたしを持ち上げた。
わたしのつま先が空中を虚しく蹴り、首から下は宙づり状態となる。
わたしの体重が、わたしの首を締め付ける。
首筋に絡みつく男の指を解こうと、必死に爪を立てるも効果はない。
鉄でできた首輪のように、その手首は解かれる気配がなかった。
……呼吸が苦しい。
……酸素が足りない。
精神がパニック寸前なのがわかる。
「おねえちゃん!」
駆け付けるナデシコは、すぐにアルマロスの左手をへし折ろうとしていた。
それを待っていたかのように、悪魔の右貫手が素早く迫る。
「避けてっ――!」
その軌道は、わたしにも読めるくらいわかりやすいものだった。
しかし、ナデシコは避けなかった。
いや、だからこそと言うべきか。
躱せばわたしに突き刺さる攻撃だったからだ。
ヴァンプロイドはドナーの命令よりドナーの命を最優先してしまう。
彼女はわたしを庇った。
「どんな剛速球を投げられても、コースがわかればホームランだ」
容赦ない刺突が、ナデシコのみぞおちを貫通した。
「ナデシコ!」
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