【04-03】瞳の中の彼女は嬉しそうに笑った

【最悪】【最悪】【最悪】


 全く持って理解できない状況だったが、声の主は淡々と喋り続ける。

『今、お前らの上司の無線からかけている。志賀ボタン、お前を迎えに来た。屋上にいる。オレからの試練だ。ヤクザどもを殺して、上がってこい。他の奴らは来たら殺す。以上だ』

「待て! 虎姫さんに何をした?」

 わたしは反射的に、喰い気味で無線に向かって怒鳴った。

『確かめに来るんだな』

「待て! ……虎姫さん、返事してください!」

 それきりだ、アルマロスらしき声から応答はない。

『永原、状況は?』

 エンジさんは戦闘中だったが冷静に状況を把握しようとしている。

『確かに屋上には男が一人立っている。虎姫さんの姿は見えない。足元には空調設備があって良く見えない。ガサ入れ後に来訪者はいないから、アイツはずっと待ち伏せしてたと思う』

『永原組は狙撃位置にて待機だ。志賀組も下手に屋上へ出るな。俺たちでフロアを制圧しながら上へ向かう。グリゴリの虐殺イカレ野郎だ、罠かもしれない。……おい志賀、返事しろ』

 エンジさんの声がボリュームを絞るように小さく聞こえなくなっていった。頭の中では完全に別の思考が支配し始めていた。


 北区でわたしから無慈悲に採血していた悪魔。

 父と何か共謀関係のある悪魔。

 南区で異常殺人を犯した悪魔。

 虎姫さんの耳元からC無線を奪った悪魔。タダ奪っただけではないだろう。

 急に、耳元のイヤリングが冷たく重く感じられる。ツツジの遺品、彼女の最後はどうなった? 最悪だった情景がフラッシュバックする。


『――もし、ワタシが死にそうになることがあったら、助けてね』

 いつかの虎姫さんの声が蘇る。

 あのときの誓いを果たさなければ。

 わたしを救ってくれたあの人に報いなければ。

 もし、虎姫さんの身に何か危害を加えてるのだとしたら、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に。


 ――アルマロスを、許さない。

 ――奪われる前に、奪うしかない。

 ――恐怖を、殺せ。


「……おねえちゃん?」

 身体の震えはとっくに消えていた。ナデシコは、立ち上がったわたしを茫然と見つめている。

『志賀、聞こえてるのか!』

 頭の熱は冷めて、恐ろしいほど冷静な自分がいた。これまでの邪念はなんだったのだろうか。嘘みたいに迷いは消え失せていた。目的も手段も割り出せたら、後は実行するだけだ。

 鼻から吸って口から出す、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。

『……変なことは考えるなよ、相手の目的も状況もわからないんだ。準備不足に勝算はない』

 エンジさんの呼びかけは、わたしの胸中に届いてこなかった。

「エンジさん、わたしの初恋の話をしますね」

『はあ?』

「それなりに仲良かったんですけど、ちょっとケンカしたこともあって。久しぶりに会えて謝ろうと思ったら、彼女はヤクザにバラバラにされて、海外に臓器売買されてました。大失恋です」

 わたしはイヤリングに触れて、声を振り絞った。

「――だから、準備不足だろうとなんだろうと、後悔する前に動かなきゃダメなんですよ!」

 わたしは言うだけ言うと、C無線を耳から外した。同時に腰元からナックルスコーカーを取り出して、ナデシコに向けて構える。

「ナデシコ、ブラッドドライブ:屋上まで全力で進撃、邪魔者は全て排除して」

 彼女もまた、マンドレイカーの銃口をわたしに向けた。

「極印完了。置いてかれないようにね、おねえちゃん」

 わたしたちは互いに向き合って、瞳の奥を覗きあった。

 黒い焔が宿っていたのは彼女の眼か、わたしのほうか。

 共犯者を見つけたように、瞳の中の彼女は嬉しそうに笑った――。


【発砲】


 わたしの後ろで一人、ナデシコの後ろで一人、ヤクザが倒れた。

 わたしはこれまでの恐怖が幻想のように、いとも簡単に暴力を実行した。

 引き金を引けば照準の向こうの敵が倒れる、それだけの仕組みだ。

 ――こんなものか。

 後頭部に、撃鉄のような重いスイッチが切り替わる感触があった。

 今、行動に必要のない感情発火の神経が切断されていく。

 もう、撃つ前のわたしには戻れないだろう。

 ナデシコは左腕にめり込んだ弾丸をカサブタでも剥がすようにほじくり出すと、そのえぐれた肉は形を取り戻すように膨れていき、みるみる再生した。

 わたしは落ちていたマンドレイカーの片割れを拾って彼女に手渡す。

「行こうか」

「うん」

 ナデシコはクルリと半回転すると、そのまま走り出した。

 わたしも目線と銃口を揃えたまま駆け出す。ナデシコはわたしを完全に信頼しているのか、一切振り返らなかった。

 そう、それでいい。

 言葉を交わさずとも奇妙な一体感がわたしたちを突き動かした。

「何してんじゃゴルアッ!」

 威勢だけはいい怒号と共に、階段を駆け下りてくるヤクザたち。

 ナデシコはスピードを緩めることなく、数えるように敵を射抜いていく。

 その背中から彼女の弾道はよく読み取れた。

 その攻撃範囲の穴となる箇所を縫うように、わたしの射撃で埋めていく。

 まるで面のようなバリアが展開されているかのようだ。

 敵は一定距離以上近づけない。

 まるで、わたしたちは一つの弾丸になった気分だった。


 背後から迫るチンピラも、無駄にでかい足音と怒声で自分から警報を知らせてくれた。

 あとは撃たれる前に撃つだけだ。

 なんて簡単な射撃ゲームだろう。

 訓練で得た体力と基礎技術、和邇組や虎姫さんとの模擬戦闘を思えば低レベルなやりとりだった。

 三階、四階のフロア制圧は無視してひたすら階段を駆け抜ける。

 そもそも、もう残存戦力もないのだろう。

 敵の数はあっさりと減っていった。

 そして、怯え切った表情のチンピラが逃げようと屋上のドアへ手を伸ばすのを、背中から撃ち抜く。

 動かなくった仮死状態の肉体たちを踏みつけながら、わたしたちは屋上へ出た。


 ――絶望する光景だった。

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