【03-14】携行型超指向性共振音波収束射出装置

【最後の実技試験対策】


「そろそろ起きようか? ボタンちゃん」

 肩を揺らされてわたしは目を開けた。あ、虎姫さんだ。なんだか久しぶりに会えてうれしいなあとか相変わらず睫毛が長く美しいなあとかぼんやりしたことばかりが浮かんだ。

「起きてる? これ、出張のお土産ね。北海州銘菓の真っ白い恋人ジンギスカン味」

「うわあ、美味しそうですねえ」

 虎姫さんが物をくださるなんてわたしはなんて幸せなんだろう。夢かな?

「おい腑抜け。色んな意味で目を覚ませ」

 エンジさんの一声で、わたしはガツンと現実に叩き戻される。時刻はもう昼前、わたしは涎を拭って周囲を見渡すと他のメンバーは起きてもう仕事準備万端の姿勢だった。いや、スオウさんとナデシコは半分眠ってそうな表情だったけど。

「ご、ごめんなさい!」

「いいよ、徹夜で頑張ってくれたんだから。隙のない資料のおかげで想定されていた質問は全部受け答えできたよ。これまでの検討会で一番スムーズに進んだかも」

「じゃあ、決まりですか?」

 アサヒさんが緊張感を持って確認する。

「うん、明らかな脱税共謀と不正血液売買その他諸々による血税法違反容疑で帰帆組を制圧調査する法的根拠アリで満場一致。明日朝九時に行動を開始します。矢橋建設には税査察部、帰帆組周辺組織や取引企業には起動一課の各班に担当してもらう。組の事務所、本丸はウチが担当。マルヴァで鬼の首取って久しぶりに褒めてもらおうじゃないの」

 虎姫さんは快活そうだった。これまでの尾行や見張りなど地道な捜査が実を結ぶのだ。気合も入る。

「いくらヴァンプロイドがいるとはいえ、帰帆組の事務所を四人で制圧は厳しいですよ」

 エンジさんは苦言する。いくらエンジさんやスオウさんの腕が立つとは言っても、これまではまだ少数相手だったから可能だったのだろう。敵の本部なら数十人規模の構成員が居座っているはずだ。無理な作戦を強行すれば身を滅ぼす。

「四人? 全員で行くよ。ワタシも、ナデシコも、ボタンちゃんも」

「――ちょっと待ってください。虎姫さんとナデシコ参加はありがたいですが、志賀はまだ研修生です。敵は多数で実銃も使う、これまで同伴させてきた任務とはレベルが違いすぎます」

「ここで頑張ってもらわなきゃ、実技試験も合格できないよ。ボタンちゃん、使えるってこと証明できるよね?」

「え、あ……」

 うまく返答できなかった。今までの仕事でそれなりにサポートはしてきたつもりだし、ちょっと危険なことも回避できるくらいにはなった。でも、敵の本部を制圧する自分なんて想像できない。黙ったままでいると、虎姫さんの和やかだった表情がどんどん硬くなっていく。いやだ、失望されたくない。

「まだ、最後の訓練メニューが未修なんです。それで判断させてください」

 エンジさんが庇うように発言する。

「『タマナシ』のハウツーか、……むしろよく今まで持たせずにやってこれたね。エンジくんは少し過保護なんじゃない? まあ、いいや。ワタシもナデシコに渡したいものがあるし、そっちの特訓に向かいましょうか。明日の準備や手続きはアサヒちゃんで段取りつけといてね」

「げえ、……いや、はい、よろこんで~」

 アサヒさんは顔色悪くも無理やり笑顔を作った。なんだか全部押し付けているようで申し訳ない。

「エンジさん、最後の訓練って……?」

「悪いが『銃』を握ってもらうぞ。覚悟を決めてくれ。……一度撃てば、もう戻れない」

 なぜかエンジさんは辛そうだった。そこに踏み入れば、二度と引き返せないと警告されているように言葉には重みがあった。いつもみたいに軽々しく茶々を入れることもできず、ただ黙ってついていくことしかできなかった。


【address:WB:58N:21W:058P:L0】


 すっかり通い慣れた訓練センター。エンジさんは到着して早々、車から運び出したいくつかのアタッシュケースを開き説明を始める。机上に並べられたのは様々な武器だった。前々からよく見かける、人を気絶させる銃などが並ぶ。


「これらは無血制圧術の要だ。携行型超指向性共振音波収束射出装置【ナックルスピーカーシリーズ】、通称『タマナシ』とも呼ばれている。物理的に弾丸がない銃ってのと、殺す覚悟もない意気地ナシって意味も込めて暴力団の連中は嫌っている。

 ハヤマ社の音響部門と蓬莱ほうらい重工の防衛装備部門が共同開発した暴徒鎮圧用の音響装置で、正確には銃じゃない。パノプティコン条約以降は非致死性兵器が主流だから各国の警察機構でも標準装備だ。火薬式で実弾を使う銃は、国内だと今じゃ自衛軍と警保局特殊部隊サキモリ、紛争地帯を経由して密輸してるヤクザや犯罪組織くらいだ。奴らは対象を即死させたほうが都合が良いからな。

 仕組みとしてはデジタルカメラのフォーカスと同じように、オートモードでは銃口先のロックオンした目標を瞬時にアナライズし、制圧用に適切調整された音波を照射するが若干のタイムラグある。マニュアルモードでは数値を任意にカスタマイズできアナライズの待ちがなくなるが、対象に出力不足になったり逆にダメージ大にもなりかねるので原則として使用禁止だ。トリガーを引き続けてアナライズ用の音波を照射開始、ドットサイトの表示が赤から緑になればアナライズ完了でありトリガーを離すとスタンショック用の音波が照射される。遠距離狙撃ほどアナライズの時間がかかるし、衣服よりも固く分厚い物理的障壁があれば音波は遮られて効果は無効になりやすい。

 超音波及び超低周波を組み合わせることで人体臓器を共振、刺激を与えて気絶状態もしくは身体機能を低下させて制圧を補助する。殺傷性は低いため防犯用として一般にも一部製品が流通するが、臓器破壊や後遺症の恐れもあるため所持に条件アリ。流血沙汰にはならないからBPOから文句も言われない。使用履歴はレッドアイとリンクしていて不審な点があれば警保局に即通報だ。

 主目的は対人だが、マニュアルモードで共振周波数を使いガラスなどの物体破壊も可能だ。手間だから直接ガラスを打撃して割ったほうが早いけどな」


 エンジさんはまるでメーカーの営業さんのようにスラスラと流暢に喋った。

「なるほどね。……おねえちゃん、つまりどういうこと?」

 ナデシコはずっと神妙な顔で頷いていたのに何も理解していなかった。

「えーっと、『音』っていうのは『振動』を耳で感じたものね。で、このヤバいスピーカーはヤバい音で肉体を振動させてノックアウトするの。超音波で洗浄するとか、切開せずに体外からの衝撃波で尿結石を破壊するとか、声でグラスを割るパフォーマンスとか、あとこれは正確な話じゃないけどイルカやクジラは音の攻撃で獲物を気絶させるとか。たぶんそういう技術」

「お~、オレもよくわかってなかったけど、その説明が一番しっくり来たぜ!」

 なんだ、スオウさんも把握していなかったのか。まあ仕組みがわからんでも使いこなせるのなら問題ないのだろう。

「死なないとは言え、喰らったらそれなりのダメージだ。民間人や仲間への誤射は実銃と同じで要注意だぞ」

「ナデシコ的にはどんな感じだったの?」

「マジでぶん殴られてるみたいだった。重力百倍みたいで体動かなくなるし。あ、思い出したらムカムカしてきた!」

「オレも練習台でよく喰らったぜ~。脳みそをミキサーにかけられてるみたいに気持ち悪かったぜえ」

「志賀の走り込みで嘔吐するの、あれの百回分を一瞬で味わう体験だ」

 とにかく最悪だな。体が丈夫なヴァンプロイドでさえ苦々しい顔をする。下手に体が頑丈ですぐ再生するとなかなか気絶できないから、永遠に苦しいのが続くというわけなのだろう。――というかエンジさんも体験したような口ぶりだな。


「とりあえずコレを装備しろ。P226式拳銃型ナックルスコーカー、中近距離射撃用だ。一般的な拳銃サイズで携帯に適している。頭部に当てれば確実に気絶させられ、他部位でもある程度の行動力を奪える。人間の視認範囲であれば有効照射が可能であり、バランスが良く現場で一番使われるな。所持は許可された公的組織のみ、静脈認証による個人識別で登録者以外にはロックがかかるし、任務外では厳重保管される。これからの捜査では必需品だ」

 わたしの手には少し大きくズッシリと重みのあるソレを受け取る。すでにわたしの登録は済ませてあるらしく、セキュリティロックが解除されて小さな起動音が聞こえた。引き金以外にも人差し指や親指が届く範囲にはダイアルやボタンが細やかに配置されていて、それらが安全装置解除やマニュアルモードの数値設定で使うのだろう。

「虎姫さんはどうしてずっと旧型のM1911式を使ってるんですか?」

「ただの趣味、深い意味はないよ。車もそうだけど、ビンテージに愛着があるの」

「備品課がいずれ部品不足でメンテできなくなるって嘆いてましたよ。もう生産してないんだから」

「ギリギリまで使えるものは使うべきよ」

 虎姫さんも彼女専用のスコーカーを取り出したが、かなり使い込まれた印象だった。

「あと銃タイプではないが、コイツもだ。特殊警棒型ナックルツイーター、近接格闘用だ。伸縮式特殊警棒にナックルスピーカーの機能が追加されている。接触面から音波が射出されるため打力に頼らず相手を圧倒できるが、接触させることが照射条件のため、近距離まで対象に接近しなければならないというリスクは高くなる。スコーカーよりも出力は弱いので主に防御用だな。また、物理的な棒形状は制圧以外にも現場では様々な用途で活用できる。防犯製品として一般流通もしているから所持も安易、とりあえず日常でも身に着けておけ」

「あの、こっちの大きい銃は?」

「お前にはまだ早いが、一応説明だけしておこう。HK416式突撃銃型ナックルウーファー、中・遠距離用、つまりはアサルトライフルのようなものだ。スコーカーよりも出力が大きく、スコーカーのような単発照射SSモードの他に近距離散弾照射SGモードと長距離狙撃照射SRモードの切り分けが可能。大型で携帯性は悪く使用状況は限られるから、普段の捜査では車に一台置いておくくらいだ。制圧調査ではもちろんメインで使う。スコーカー同様に厳重管理。シノノメさんが使うDSR-1式狙撃銃型など特化タイプもある」

 見た目が厳つくて遥かに強そうだったが、とてもわたしの手には負えそうになかった。とりあずこのスコーカーから慣れていこう。

「ねえねえ、ボクの銃は?」

 そういえばナデシコの分がない。ステゴロでも強すぎるからか?

「ナデシコには戦闘データを活かした特別製をプレゼント」

 虎姫さんは別のアタッシュケースから二丁の拳銃を取り出した。ウーファーほどではないがスコーカーより一回り大きく銃身も長く、他よりもさらに武骨なデザインだ。

「MA-M21KF式拳銃型マンドレイカー、ナデシコ専用の試作型万能カスタムガン。二丁の大型スコーカーを直列連結させることでウーファーとしても使用でき、逆手に持てばトンファー型ツイーターにもなる。正直、出力反動と大型重量化で人間が片手で扱えるものじゃないからハヤマの人からかなり反対されたし、コスト面からウチの経理も認められないの一点張りだったけど」

「ふーん」

 ナデシコはそれを受け取るとクルクルと回転させ曲芸を披露したり、ギミックをいじりながら操作性を確かめたりしていた。あまりにも軽々と扱うものだから、どんなものかと思い試しに一つ持たせてもらうと、スコーカーよりも遥かに重く筋トレで使うダンベルのようだった。現場でこんなの片手で振り回すの?

「……よく開発してくれましたね」

「ナデシコには躰道とガン・フーが徹底的にインストールされてるからこの仕様が一番最適だって訴え続けて、公費を諦めて経費を個人負担するって言ったらなんとかしてくれたよ」

 とんでもない給料の使い方である。この姉、この妹に甘すぎる!


「銃の構え方だが、まずは敵に対して左肩を向けて側面で立ち会え。自分の被弾面積が少なくなる。銃は胸の前、両肩を結ぶラインと銃身が平行になるように。左手はグリップに添えるだけだ。ちなみにこれは敵がパーソナルスペースに入るような近接状況で銃を奪われないためにとる姿勢だ。それ以外の場合は精度をあげるため、今のポジションから銃ごとドットサイトを左目の前で持っていき、その姿勢のまま移動と射撃をする。手首は曲げずに肘は下げないこと。基本姿勢はこの二パターン、いいな?」

 エンジさんに言われるがままスコーカーを構えるも、本当にこれで敵に当たるのか実感がない。

「犬一匹のために復讐する最強の殺し屋の映画があるからそれを参考にするといいよ。それにタマナシなら実銃みたいなリコイルもないし照準補正もあるから、そう難しく考えないで」

 虎姫さんのアドバイスは確かに気を楽にしてくれた。エンジさんは何かと厳しすぎる物言いなのだ。

「敵は実弾だ。こちらが先に相手を制圧できなきゃ、次の瞬間発砲されて死ぬんだぞ。気を引き締めろ!」

 生死を賭けていることの重大さを、エンジさんは伝えていたのだ。わたしの肌がビリッとひりついた。銃を握ることは、命のやりとりをする覚悟があるかどうかが試される。わたし、本当にできるのだろうか。少しでも怯えてしまったことをエンジさんはすぐに見破った。

「……虎姫さん、やはり志賀にはまだ早すぎます。それに未成年だ。こんな世界はまだ知らなくていい」

「なにそれ」

 虎姫さんは冗談を聞かされたのかと思ったのか鼻で笑った。しかし目は笑っていない。闇のようにどこまでも吸い込まれそうな恐ろしい瞳だ。虎姫さんのことは好きだけど、同時に怖くなった。

「そう、訓練であれだけ厳しくてゲロを吐かせてたのはボタンちゃんに嫌になって辞めて欲しかった、エンジくんの優しさ故なんだね。でも、そういうの要らないかな。未成年だから何? ワタシは生まれたときから暴力の過剰摂取と有無を言わさない血液搾取で血反吐まみれ。ボタンちゃんもそれなりの地獄を経験してきた。ワタシたちはこの世に存在する全てのブラッドサッカーを叩き潰したいの。とにかく時間がない。甘い戯言は要らない。ワタシが欲しいのは実力と結果」

「志賀抜きでも制圧可能だと証明すればいいんですか?」

「そうね。エンジくんとスオウ、同時にワタシにかかってきて。勝てば好きにすればいい。負ければ命令を復唱してもらいます」

「……わかりました」

 エンジさんはウーファーなどの武器を身体に格納していく。

「ボタンちゃんとナデシコはしっかり見といてね。良いデモンストレーションだから。それに個々の戦闘能力はちゃんと把握しておきたかったんだ」

「オレも初めてちゃんと手合わせできるんで嬉しいっすよ。鉄血女王さん」

 スオウさんもまた戦闘準備を進めていた。メインになるウーファーを肩から下げて、サブにスコーカーとツイーターを腰元に収納してフル装備である。

 いったいどうしてこんな流れになってしまったのか。虎姫さんの実力はまだ未確認だが、あの武闘派のエンジさんとスオウさんを同時に相手するという余裕ぶり。怖いくらい虎姫さんは落ち着いていた。対する二人からは隠しきれない獣のような殺気が漂う。少しでも近づいたら静電気でも弾けそうな雰囲気だ。

「武器はアリ。無血制圧術の縛りはナシ、二人お得意のジークンドーでもシステマでもクラヴマガでも。戦闘範囲はこの体育館内。敗北宣言か行動不能かで勝敗を決定。一応殺しはナシ。オッケー? じゃあさっそく始めようか」

 虎姫さんは片手にスコーカーのみ、もう片方でいつものスキットルを呷った。

「おねえちゃん、ちょっとだけ思い出したことがあるの」

「何?」

「あの人、くそヤバいから。あの二人たぶん負ける」

「それって、どういう――?」

 珍しく、ナデシコの手が震えていた。そして戦闘が始まる。

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