【03-15】戦闘力で劣っても、結果的に勝てばいい

【戦闘では不利な状況は避けるべきだ】


 それが鉄則だとエンジさんに叩き込まれた。二対一ではエンジさんたちバディが有利だし、虎姫さんが所持してそうな武器は旧型のスコーカーが一丁のみ、フル装備してる男性陣のほうが火力でも上回る。それでもナデシコは二人が負けると予測した。不可解である。


 わたしの訓練のために障害物が大量に設営されたこの体育館で、模擬戦が開始された。

 エンジさんとスオウさんはまず素早く移動し高台や机などの陰に身を置く。

 そしてそこから弾丸のない射撃を開始した。

 しかし初撃は当たらず、虎姫さんは大きく移動もせずその場で涼しい顔をしている。

 対する二人はちょうど時計の針のように虎姫さんを中心軸にしてグルグルと弧を描きながら接近していく。

 物陰から物陰への移動、射撃、移動、射撃、攻撃と防御をバランスよく、そして徹底して隙を見せずに相手を追い詰めていくやり方だ。

 しかしその圧力のかけ方にも虎姫さんは動じない。

「……右足首、左側頭部、正面胸部、右大腿、右肩、首。うーん、狙いは確実だけど少し見えすぎかな」

 なんと、虎姫さんは銃口の向きと相手の目線を瞬間的に見切り攻撃箇所を予測、最小限の動きのみで回避していたのだ。

 傍から見れば数歩だけの足運びだったり、ウォーミングアップのように軽く体を捻ったりしてるような動作だけ。

 そんな奇跡のような小刻みなダンスで、ギリギリの銃撃戦を生き延びられるものなのか。

 次の展開を切り開いたのはスオウさんだった。

 椅子が一つ放り投げられる。

 攻撃するよなものではなく、陽動だろう。

 虎姫さんに当たることもなく逸れて落ちる。

 着地音が響くその瞬間、スオウさんは一人用の机を盾に駆け始めた。

 物理的障壁に音の弾丸は非力である。

 虎姫さんはエンジさんの急襲に警戒しながらも、迫るスオウさんの机を後ろ蹴りで粉砕した。

 ほんのちょっとした助走と体の捻りを加えただけで、こんなにも破壊力があるものなのか。

 まるで靴裏に爆弾でも貼り付けてたんじゃないかと思うくらいその盾代わりは一瞬で木っ端微塵と成り果てた。

 いくら木製とは言え、人間の体重くらい耐えられる頑丈さがあるはずだぞ。

 しかしスオウさんは怯むでもなく、むしろそれすら予想していたのか冷静にウーファーを構えていた。

「この近距離でSGモードじゃ躱せないでしょ」

「そうね。それは困る」

 次の瞬間、恐らくスオウさんの視界から虎姫さんが消えたように見えたはずだ。

 いつかナデシコも使っていた海老蹴りという技であり、上半身を一気に地面まで落とす勢いを回転力にし瞬発的に突き上がる蹴りが相手の眼下から襲い掛かる。

 見事にスオウさんの手首からウーファーが弾き飛ばさる。

「くそ!」

 虎姫さんはすぐに上体を持ち上げて左手のフィンガージャブでスオウさんの眼球を正確に突こうとした。

 スオウさんは新たに武器を構える余裕もなく素手で払う。

 同時に、遠距離からエンジさんの射撃は続いていた。

 虎姫さんは相変わらずの簡単そうなステップで回避しながらも、右手のスコーカーでエンジさんに反撃の照射を繰り返す。

 それは異次元の手捌きだった。

 なんと虎姫さんは左手でスオウさんと徒手格闘をし、右手でエンジさんと銃撃戦で対応するという離れ業をやってのけるのだ。

 視線だけじゃなく、五感全てで空間を認知しているようだ。

 そんな超越した能力はまるで第六感とも呼ばれそうな人間離れしたセンサーだった。

 落ち着き払っているが、なんとなくその無茶苦茶な戦闘スタイルはナデシコとも似通っていた。

 ナデシコが攻撃の天才なら、虎姫さんは防御の秀才なのだろうか。

「詠春拳っすか、それ?」

「まあ、昔見た映画の真似事だけどね」

 スオウさんの容赦ない拳の連打も、虎姫さんは全て掌で軽やかに受け流していく。

 その応酬速度はドンドン加速していき、まるで工場機械のように大量の手数を正確に素早く捌いていく。

「ねえ、ジークンドーってこんな感じかな?」

 瞬きをしていたら見逃していただろう。

 スオウさんの縦拳が虎姫さんの顔面に伸びていくと、虎姫さんはほんの少しだけ首を傾けてそれを躱した。

 その拳が勢いを殺して引き戻る手前に、虎姫さんは左手でそれを掴みグイッと自身に引き寄せた。

 スオウさんはわずかにバランスを崩して前のめりになる。

 そこに虎姫さんのスコーカーの銃口が、打突の威力でスオウさんのこめかみにめり込んだ。

 その勢いのまま発砲。ヌルポ

「――ガッ!」

 白目を剥いたスオウさんは確実に気絶させられただろう。

 しかし虎姫さんは容赦なく、首、胸、腹、両手首と両足首に正確に追撃すると、スオウさんは完全に倒れこんだ。

「いくらヴァンプロイドでもこれだけのダメージには再生時間が――」

 完全優位の虎姫さんだったが、あくまでこれは二対一だった。

 スオウさんを仕留めるための強襲は防御手段を疎かにしていたのだ。

 ほんの数秒もない間に、エンジさんは確実なる攻撃範囲へと足を踏み込んでいた。

 そしてウーファーは狙いの難しい虎姫さんの両足首と右手首を射抜き、共振効果によって彼女の身体の各機能は一時的に麻痺する。

 落ちるスコーカー、倒れかける虎姫さん。

 エンジさんはトドメの一撃のために、さらにもう一歩接近する。

「機動力と攻撃力をまず排除するのは正しい判断、でも頭を最後にするのはやはり甘いよ」

 ――なんと、虎姫さんは被弾しなかった左手のみで、地面に伏せることなく身体を支えていたのだ。

 まるでブレイクダンスの曲芸のように、アンバランスな逆立ちだったが隙のなさは健在だった。

 その驚きの光景がエンジさんの動揺を誘った。

 エンジさんが一番嫌いであろう想定外の事態なのだ。

 このまま進攻するのか、危険を冒さないために一時的に距離をとるよう後退すべきなのか、その一瞬の判断の迷いが彼の動きを止めてしまった。

 それが命取りだった。

 虎姫さんはわずかな左肘の屈伸のみで、筋肉のバネを最大限に使って大きく跳躍した。

 見上げるエンジさんの銃口は完全に目標を後追いする形になった。

 虎姫さんは空中で体を半回転捻ると、器用にその両足をエンジさんの首周りに絡める。

 後は重力にお任せと言わんばかりに、虎姫さんはそのままエンジさんを巻き込んで落下した。

 床面に叩きつけられた反動でさらに首を絞められたのか、エンジさんはオチたらしい。

 首四の字固めとはマニアックな技で、普通は倒れている相手にかけるものだ。

 こんなのフィクションの超人がやることだ。

 虎姫さんは一息つくように、左手でスキットルを開けてその中身を一口飲み込んだ。すると何事もなかったように立ち上がり、右手でスコーカーを拾うと腰のホルスターに収める。

「勝負アリかな?」

 これまでの任務で、その圧倒的な戦闘力で犯罪者たちを制圧していた二人を、こうも圧倒してしまうとはただただ恐れ慄くばかりだ。その余裕ぶりからまだまだ本気な様子もなく、計り知れない上司だった。機械のように冷血な動きと、獣のように熱血な意志すら感じさせた。

「――あれ?」

 わたしはふとした違和感から声を発してしまった。エンジさんが倒れていた位置から、だいぶ移動している気がする。すぐ近くには同じく倒れているスオウさん。エンジさんの指先、わずかに赤い血痕。それがスオウさんの口元に届く。虎姫さんが気付き振り返ったときには、すでに二人は立ち上がっていた。

「おっと」

 残された気力を振り絞るようだった。

 スオウさんが虎姫さんを背後から羽交い絞めにすると、エンジさんはスコーカーで彼女の眉間に照準を合わせた。

 実銃であれば味方をも巻き込む戦法。

 それでも作戦遂行のためにはソレを実行する覚悟が二人にはあるのだ。

 ギリギリでの逆転劇のために、肉を切ってでも骨を断つらしい。

 戦闘力で劣っても、結果的に勝てばいい。

 失敗しても、成功させる襲撃行動。

 ……そんな結果に、なれば良かった。


【衝動】【衝突】【衝撃】


 ――二人は気絶して倒れた。


 わたしの身体にも、なにかビリビリとした不快な振動が届いてきた。ナデシコも感じ取ったようで、具合いの悪い顔をしている。

 虎姫さんは武器も持たず、二人に触れた動きもなく、ただ手袋を外した両掌を胴体の前で交差するように二人に向けて構えているだけだった。

 何が起こったのか理解できないので描写のしようがない。隠し武器があったのか、奇術でも使ったのか。見慣れない手の甲には痣のような跡が見え、何か強烈な違和感を覚えた。

「サプライズするのは好きなんだけど、されるのは大嫌いなんだよね。評価としては上出来でした。ワタシに手袋を取らせるなんてさ。……ああ、聞こえてないか」

 虎姫さんは淡々と黒い手袋をはめ直している。今度こそエンジさんもスオウさんも完全にノックアウトされてしまったようだ。虎姫さんはただでさえ強いのに、まだ未知の強さを持つというのか。これがわたしたちの上司、完璧で究極で最強で無敵のマルヴァの課長統括官、鉄血女王、虎姫シンク。

「はい、次の人」

 虎姫さんはわたしたちを静かに見据える。あれだけの激しい戦闘直後だというのに息が全く乱れていない。

 ――冗談だろう。強さが別格すぎる。挑むだけ無駄じゃないか。だって、戦闘で不利な状況は避けるべきだって、教えられたんだから……。

「おねえちゃん」

 ナデシコは、そっとわたしの手を掴む。

「勝ったらご褒美はずんでくれる?」

「え?」

 そしてニンマリと笑う彼女は、姉への悪戯を思いついた妹みたいだった。

「二人なら、なんとかなるかもよ?」

 機動戦艦と呼ばれた少女は、二丁の拳銃を構えた。

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