【03-08】天才の努力、努力の天才

【筆記試験対策】


 外回りを終えるとマルヴァのオフィスへと戻ってきた。アサヒさんは自分のデスクに着くと、わたしも隣に座るように促す。机上には仕事で分析中の書類が身長ほどに積み重なり乱雑に置かれていたが、それらを強引に掻き分けてスペースを作った。このぐちゃぐちゃ具合にエンジさんはいつも文句をつけている。

 血液取締部の業務は捜査のために足を運び動き回るのが半分、こうして調査資料に目を通したり検察や他部署への報告書類の作成が半分という具合だった。戦闘能力だけではなく、地道な事務処理能力も不可欠だった。

「実技試験はヴァンプロイドとの協調性を試されるけど、筆記はドナー単体の学習能力を見極めるからね。ちなみに最終学歴は?」

「いやあ、学校には一度も通っておりませぬ」

「いやあ、笑えないねえ」

「でも、大学入試くらいならなんとかなると思いますよ。入院中、暇すぎて赤本解きまくってた時期があって」

「……まあ、嘘かどうかはやってみればわかるでしょ」

 ああ、やはり疑われてるな。大人たちにとっては勉強ができることより、学校に行ったかどうかが大事なのだ。

「採用筆記試験は基礎科目と専門科目。基礎科目に判断推理、数的推理、資料解釈、英文、現代文、法律、政治、経済、時事、社会、地理、国内史、世界史、思想、生物、科学、物理。専門科目に税法、民法、商法、会計学、基礎医学、血液学、犯罪学、刑事政策、犯罪心理学、血税法。全部択一方式ね。とりあえずこの抜粋した過去問、3時間でやってみて」

 分厚い紙の束を渡される。問題に対して正しい選択肢を書き込むだけなのだが、思ったより時間が少ない。いや、それどころか一問に数秒のレベルだ。わたしは急いで取り掛かった。一瞬で解けないものはすぐ飛ばす。机に座って手を動かすだけなのに、いつものトレーニング並みに汗が止まらなかった。アサヒさんは優雅に珈琲を淹れて煙草を嗜む。


 3時間、死に物狂いで取り組んだ結果、ギリギリ最後の項目まで埋められた。鼻血が出そうなくらい脳が疲れ切っていた。頭蓋骨の内側から何か焼けきる音がするし焦げた匂いもする。たぶん耳と鼻から煙が昇っているはずだ。

「はーい、じゃあ自分で採点してみて」

 あ、自分でやるのね。答案を見ながらチェックをつけていき採点する。

「……こんな感じになりました」

「どれどれ~。あー、マジか」

 アサヒさんの反応が怖かった。頑張ったのだが、やはり合格基準には届かなかっただろうか。

「基礎科目は言うことナシだね。こりゃ普通に京洛大学とか受かるんじゃない? 専門のほうはもうちょい徹底しとこうか」

「……いけそうでしょうか?」

「頑張り次第ね~。でも意外、もっと全然ダメだと思ってたから。とりあえずこの専門書の中身、丸暗記ね」

 鈍器のような厚みの書籍を十冊ほど与えられた。腕が千切れそうなくらい重い。

「試験までにですか?」

「来週までだよ。毎週さらに追加してくから」

 日中は仕事して、夜はトレーニングをして、残りの時間でなんとかしろというのか。酷である!

「天才の努力というか、努力の天才っているものね」

「え?」

「ちなみに筆記試験、本来は3日間以上かけるものだからね。なんで3時間で解いちゃうのさ」

「まずかったでしょうか?」

「褒めてんの! エンジと張り合いなさいな」

 そうしてアサヒさんはわたしの頭をワシワシと撫でた。もしかして、なんとかなりそうですか?

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