【03-07】だから私は悪趣味なの

【ペーパーカンパニーを探そう】


 今日の仕事は珍しく、アサヒさんとシノノメさんのペアに着いて行くことになった。シノノメさんは見かけないことのほうが多いし、アサヒさんが内勤以外のことをするのは珍しい。

 血税局地下駐車場にて公用車の丸くかわいいコンパクトカーに乗り込む。運転はシノノメさんで、助手席のアサヒさんは手元の書類を睨んでいた。というかヴァンプロイドに運転任せていいんだ。

「このリスト、なんだかわかる?」

 アサヒさんは一枚私に差し出した。

「パラレルパーク、ハカランダ、シープタウン、ホームランド、パンタレイ、ルーカス、ヘッドルーム、シンギュラリティ……。何ですか? 隣の数字は金額?」

「東区の矢橋建設ってとこの取引記録の一部抜粋なんだけどね。税査察部からウチに回ってきたの。奇妙なことに全部同じ信金に口座を持っていて、不規則に現金で引き出されている。そのリストの会社について納税申告はないから、恐らく矢橋建設はそれらのペーパーカンパニーを使った架空取引で脱税してるだろうって案件ね」

「ペーパーカンパニー?」

「登記だけして実態のない会社だったり、随分前に廃業したんだけど名前だけ残っている会社。そういうとこに仕事を発注したフリをして口座に振り込むんだけど、そっくりそのまま自分たちのもとへ現金でキックバックさせる。別に金が増えるわけじゃないけど、帳簿の上では業務上使用した経費として書ける。つまり儲けを少なく見せて納税額も少なく済ませるっていう、脱税ではよくある手法よ。で、記録から消えた裏金はまた悪いことにでも使われるんだろうねえ」

「マルヴァに回ってきたってことは、『血腥ちなまぐさい』ってことですか?」

「ご明察~。この矢橋建設ってのは暴力団帰帆組のシノギの一つでね。あんまり嗅ぎまわると血税局職員個人にも嫌がらせしてくるから、厄介物件担当のウチがケツを拭けってわけね」

「帰帆組……。最近、秋月組のいなくなった南区のシマもかなり荒らしてるとかって」

「おー、こわ。まあ私たちの今日の仕事は、このリストの会社を見て回って本当に実在するかどうかを確認するだけ。矢橋や帰帆組へのガサ入れはエンジ・スオウたちに任せまーす」


 車は淡海府の中を東西南北、隈なく走り回った。リストの住所にある会社はあちこちに散らばる。しかしそのほとんどが外見と情報が一致しなかったり(レンタルオフィスでもなく)、もしくは存在しない住所であった。

 ペーパーカンパニー、そんな幽霊みたいな会社が世の中にはゴマンとあると言う。ばれない嘘は真実になると、よくまあ堂々と国を騙そうとするものだ。国も本気を出さないだけで、ここぞというときに狩りをするのだそうだ。みんなあまり真面目に仕事しないのだな。

 しかし車を利用しても、何件も移動するだけで時間があっという間に過ぎた。私もドライブは好きだが、この前の競艇潜入と言い血税局の仕事ってけっこう地味だな。ナデシコはとっくに飽きて、最近買い与えた中古の携帯レトロゲーム機をピコピコしていた。やがて渋滞にはまる。さらに時間がかかりそうだ。

「ねえ、実技試験対策ってのはうまくやってんの?」

 アサヒさんは助手席で煙草をふかしながら、リストに何か書き込んでいた。

「ひったすら走らされてますよ。自分の吐いたゲロを見てさらに吐くくらい」

「汚ったな! 今ここでは止めてよね」

「アサヒさんもアレやったんですか?」

「まっさかー。私は分析官枠だから、実技はナシにしてもらったの」

「え、ずるい。じゃあわたしも」

「ナデシコ従えてそりゃ許されないよ」

 やはりそうか。起動戦艦と呼ばれた少女のドナーが現場に出ずに事務作業なんて、使われないお金と一緒だ。

「でも、アサヒさんもこの前現場にいましたよね」

「ねー、ひどいよね? 人数不足だからってなんでもさせすぎなのよ、この職場は。それでもリスクの少ない後方支援に留めてもらってるわ」

「筆記試験は難しかったですか?」

「まあ、簡単ではないわな。今夜また対策をするけど、天才が努力するか努力の天才じゃないと受からないね。……まあ私はカンニングしたんだけど」

「ええ! 不正行為したんですか?」

「そもそも犯罪者更生プログラムにぶち込まれた人間がまともな手段を選ぶはずない、ってのは採用側も重々承知の結果主義ね。シノノメおじいちゃんの諜報能力で問題用紙と答案を事前入手。その策略を含めて血税局は私を受け入れたわ」

「ナデシコ、そういうことできる?」

「ボクに暴力で解決できないことはないよ! どかーん!」

 ……ダメっぽいな。猪みたいに正面突破しかできなさそう。

「まあまあ、一ヶ月でなんとかしろってのは上層部の嫌がらせ。誰もパスできるとは思ってないよ」

「それじゃ困るんですよ。血液公社のモルモットにされるか、グリゴリにさらわれちゃう」

「ナデシコでも暴れさせたら?」

「どかーん!」

 平和的解決はないのか。

「誰も期待してないからこそ、ちょっと意外なトコ見せ付けてやれば、案外うまくいくかもねー。せいぜい足掻いてみましょうや」

 正直、合格ラインってのがどんなものなのかはわからない。とことんやってみるしかないのだ。やってやろうじゃないか!

「ナデシコ、一緒に頑張ろうね」

「暴力なら任せて!」

 任せられないかな!

「でも、エンジさんは真面目にやって受かったんですよね? あの人にできてわたしにできないってのは、なんか悔しいな」

「誰に張り合おうと思ってんの。警保局の特殊部隊に所属してたってことは、めちゃくちゃな倍率から選抜されたほんの一握りにも満たない国内最強の兵隊の一人であるってこと。そんな前歴あればわざわざ試験受ける必要もないのに、自分から志願する超堅物ね。軍閥を率いていた歴史ある家柄、京洛大学に首席入学と卒業する成績、そしてサキモリでの実戦経験。あとは黙っていればキャリア官僚出世コース間違いなしって逸材に」

「じゃあ、どうして血税局に……?」

 アサヒさんは『あっ』という顔をした。煙草の灰を落とす。喋りすぎたらしい。

「本人たちは話したがらないから、私から聞いたって言わないでよね。私もこっそり書類を盗み見して知っただけだし。何より、まだ生きてる人間の人生をエンタメとして消費するのは褒められたもんじゃない」

 アサヒさんは新しい煙草に火を点ける。


「まずエンジとスオウ、あれ似てないけど双子だって気づいてる?」


「……え、ええええ!? 正反対すぎませんか」

「意外と兄弟ってのはコンプレックスの反動から無意識に区別化を進めるみたいね。偏見だけど」

「おねえちゃん知らなかったの? 髪型で誤魔化してるけど顔立ちがそっくり。あとこの前ラーメン食べてるとき、細かい所作が同じ人に教わったみたいに綺麗だった。無理矢理に別人を装ってるみたいだよ」

 嘘、ナデシコが冷静で論理的な観察をしているのにも驚いた。単純な攻撃馬鹿ではなかったのか。本能的に他人の特性を把握している。ナデシコがすごいのであって、わたしが鈍いのではない。うん、全然気づきませんでした。

「兄のエンジがエリートで、弟のスオウがグレたってところだろうね。でも二人とも根っこは同じ正義感が強いのか保安局へ。エンジが超難易度の特殊部隊に行くとなれば、張り合ったスオウはさらにやばいところへ」

「えーっと、マルボウとか?」

「まあ近いかも。潜入捜査官ね。今はもう壊滅したけど、『アノフェレス』って残虐な犯罪組織に身元を捨てて潜り込んだ。うまく成りすまして情報を警保局に流してたのは優秀ね。でも同時に二重スパイの容疑もかけられるように。上層部の判断はまとめて排除しましょうってことになったみたい。サキモリが作戦を請け負ってアジトへ突入。そのことはスオウに知らされず、エンジにも潜入捜査官のことは知らされなかった。――で、二人は運命の再会を果たす。サキモリは拘束なんて甘いことはしない。全員を射殺する。事実を知ったエンジがどんな気持ちだったかなんて私は知らない」

「……最悪な展開じゃないですか」

「審議会の結果、手違いとはいえ味方を、弟を殺したエンジも内的処分された。きっと上層部の中に和邇家の敵対一派でもいたんじゃないかな。犯罪者更生プログラムでの日陰暮らし、そこにヴァンプロイドになったスオウを連れた虎姫さんがエンジを血税局にスカウトしたとさ。めでたしめでたし」

「うわー! エモい! 主人公じゃん!」

「何の話をしてるのよ」

 うう、明日から二人を見る目が変わってしまう。哀しすぎる。でもエンジさんの鬼指導は嫌なのは変わらない。

「吸血衝動を持つチャラい弟と、罪悪感を抱えた真面目で硬派な兄。毎日、仕事もプライベートも一緒。しかも二人とも顔が良い。同じ部屋で、何も起きないはずがない! ……ふう、他人のクソデカ感情で私の細胞が潤う。お肌がツヤツヤになっちゃう。たまらんわあ」

 アサヒさんは瞳を恍惚とさせて口元を押さえて身を震わせていた。えっちなのはいけないと思います。

「他者をエンタメで消費するってのは良くないとか言ってませんでした?」

「そう、だから私は悪趣味なの。特に脱税した会計書類には金銭に目が眩んだ人間の欲望が浮かび上がっていて、小説や映画よりもスリリングで生々しいのよ。ゾクゾクする!」

 ご立派な変人だった。黙々と運転するシノノメさんは相変わらず何も反応しない。

「アサヒさんはヴァンプロイドの扱いに困らないんですか? 吸血衝動とかって」

「私ぃ? おじいちゃんは月一で血液パック与えとけば大人しいもんよ。低燃費で省エネ、アレと一緒でもう枯れてるのね。若いヴァンプロイドはお盛んで大変ねー」

 見透かしたようにアサヒさんはニヤリと笑った。たぶんわたしは赤面していて、アサヒさんはさらにニタニタと表情を崩す。なんだか悔しい。

「アサヒさんたちのエンタメも提供してください」

 仕返しとばかりに切り込んでみる。急にアサヒさんは不機嫌そうに顔を歪めた。

「……はあ、クソつまらん話よ。元税務局査察官の祖父が自宅で個人捜査してる書類を、盗み見してた幼少期で私の性癖は確定した。で、高校生くらいで小遣い稼ぎに領収書の偽装とか、知らない誰かの使ってない口座の売買を始めてみた。けっこう稼げて、脱税請負人なんて呼ばれ始めた。気づけば暴力団の資金洗浄までやらされることに。もう秘密を知りすぎて断れば殺されるし、逃げても殺される。そこでおじいちゃん登場! 私助かる。しかしおじいちゃん死ぬ! 私捕まる。後はエンジたちと同じくだりよ。めでたしめでたし」

 随分と端折っているが、こちらも中々ドラマチックだった。みんな訳ありだ。

「あんたの出自は何もデータが残ってなかったね。IISにはエラーさえ出てなかった。志賀ボタン、志賀ヒイロの二人とも、ここまで何もないのは不自然なくらいよ」

「じゃあ、せめてこれからの未来を明るくします」

「いいね、まずは最年少血税局職員だ」

 アサヒさんはすっかり短くなったフィリップモリスを灰皿に捻じ込んだ。


 昼間に西区の内湖の湖岸にて、景色を楽しみながらラーメンの美味しいパン屋さんで食事を済ませた。午後も引き続きペーパーカンパニー巡り。結局リストで正しかったのは猪狩設計と小西工業、坂井建材だけだった。実存する会社にも水増し経費を入金させて、余剰分は回収してそうだ。最後に疑惑の矢橋建設の本社に向かい、外観と出入りする人間を少し見張ってみる。

 少し離れた場所に駐車し、車内から様子を伺っていると、その矢橋建設からとある男が出てきた。

「あれ、帰帆組の金庫番だね」

「ヤクザなんですか? スーツは少し派手だけどバッジもつけてないし、ギラギラした感じはしないので堅気っぽいですけど」

「ナデシコはわかるよね?」

「襟と袖口から刺青が少しだけ見えた。雰囲気を無理に消してるけど、背後を確認するクセが堅気じゃないよ」

 こちらの駐車位置からは男の顔など米粒ほどくらいにしか見えないというのに、どんな視力をしているのだ。まるでわからなかった。男はそのまま会社前に停めていた黒塗りの高級車に乗り込む。

「ちょっと尾行しようか」

 目標をギリギリ見失わない距離を保ちながら後を追いかける。地元応援を売りにしている淡海信用金庫に着くと、男はペラペラのボストンバッグを持って中に消えた。

「脱税した金は記録に残したくないから、ここで現金引き落とし。タマリって言って金庫や隠し場所に保管したり、高級品なんかに買い替えて飾って誤魔化したりするの」

 アサヒさんの読みどおり、男が出てくるとボストンバッグがパンパンに膨れ上がっていた。

「なんでヤクザが銀行使えるんですか? 反社は利用できませんよね」

「銀行じゃなくて信金。まあどちらでも普通はダメだけど、ペーパーカンパニーの口座から降ろしたんでしょ。虚偽申告について信金は全く知らないか、賄賂をもらって知らないフリをしているか。いや、恐喝されてるほうがしっくりくるかな?」

「それにしたって、一度にあんな量はさすがに怪しすぎじゃないですか?」

「そうねえ。今までにないけっこうな額を降ろしたみたい。どうも様子が違う。もしかしたら、ただの脱税じゃなさそうね。帰帆組系列の闇金融の資金源のほうに回すのか。それとも近々、大きな血液取引でもやらかすんじゃない?」

 またその読みが当たることを、わたしたちは後日に知る。

 ――あの男をもう一度見かけることになるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る