【03-03】死に物狂いで張り切っていきましょう
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マルヴァのオフィスと傀儡技研のラボは血税局地下にあるが、その存在は秘匿されているため館内表示のどこにも書かれていない。虎姫さんは隠しコマンドと言ってエレベーターの階数ボタンを不規則に連打すると、狭い箱は行き先を示さないまま奈落へと落ちていった。
「ヘラクレイオン協定以後に建てられた庁舎はどれも第四次万国大戦に備えて地下シェルターをこっそり作ってるって。空けっ放しも勿体無いという理由でワタシたちが使わせてもらっている。ま、いざというときはそのまま蓋をしたいんでしょうね」
「でも、地下シェルターってことは安全なんですよね」
「そう、ミサイルが飛んできて上階のお偉いさんが吹っ飛んでもワタシたちは生き残る。ボタンちゃん、ポジティブでいいね」
「……虎姫さん、防犯カメラと録音されてるの忘れないでくださいね」
河瀬さんが小声で注意する。
「おっと」
どのくらい降りたかわからないが、ようやくエレベーターが止まった。非常灯のみが点滅する薄暗い廊下を進む。淡海府の地盤であるメガフロート、その開発整備地下通路のほとんどは工事終了後に再活用されないまま空き空間となり、ホームレスなどの不法占拠によるスコッタースポットとなっている。しかし中央区や西区ではこうやって地下シェルターに改良したり、庁舎同士の緊急連絡通路に再整備を進めているという。地下の網目はかなり広範囲で血液公社やハヤマの淡海支社とも繋がっているらしく、本気で迷子になりそうだ。南区の地下生活も経路に慣れるまでが大変だったのを思い出した。
「虎姫さん。事前にお伝えしますが、やはり型式一番はドナーの上書きによって記憶障害が起こっています。コミュニケーションはとれますが、自分のことやこの仕事のことも把握していません。本人に気にしている様子はなく状態は良好です。ただ、あなたのことも、恐らくは……」
「まあ覚悟はしてたよ。むしろ姉妹ということは伏せてボタンちゃんとのパートナーシップ育成に集中してもらいましょう」
「よろしいのですか?」
「私情は挟みません。仕事ですから」
ピシャリと虎姫さんが言いつけると、河瀬さんも黙った。
「こちらになります」
不慣れな道順を全然把握できないまま、辿り着いてしまった。地下区画の大倉庫を改装したのが傀儡技研のラボである。河瀬さんがドアの電子ロックを解除する。白い照明と異様なほどにクリーンに施された内装。案内された一室にナデシコはいた。
「あー! おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねええちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんっおねえちゃんおねええちゃんんんん!」
わたしを見るなり、飼い犬のように駆け寄って抱きついてきた。会って二回目でこの距離感はおかしいでしょ!
「ちょっと待って! なんでいきなり抱きつくの? それにおねえちゃんって何?」
「えー? だって血をくれるのが『おねえちゃん』でしょ?」
わたしは虎姫さんを見るが、彼女は首を横に振った。記憶がチグハグとは聞いているが、わたしを前任者と混同しているようだ。
虎姫さんは子猫を扱うようにナデシコの首ねっこを軽くつまんで、わたしから引き離した。
「はじめまして、ナデシコ。ワタシは虎姫シンク。あなたの仕事の上司」
「ぎゃ! ……仕事って、何?」
「敵をやっつけるの。でもこの前みたいな殺しはナシ。制限アリのゲームのほうが燃えるでしょ?」
「ゲーム好き! ぶっころー」
やはり虎姫さんは付き合いが長いから扱いがうまかった。こうして見ていれば素直で甘えん坊なだけの美少女だ。
「お腹すいたよー」
「あれ? ボタンちゃんの保管血液もらってるでしょ」
「いーやー! パックの血って冷めてるし味気ないもん。ナマがいい」
ナデシコはわたしを美味しそうに眺める。ダメだ、このままじゃ搾り取られる。
「毎日はダメ! ありがたみないでしょ。ゲームにクリアしたら、特別にちょっとね」
「うす、ブラッドドライブが極印されました。約束ですよー?」
必死の抵抗を意外と受け入れてくれた。ナデシコはわたしを上目遣いで覗き込みながら指きりげんまんしてきた。あざといなあ。
「さあ、元気有り余るなら次はマルヴァのオフィスへ向かいましょう。その前にナデシコも制服着て」
虎姫さんはわたしと同じようにナデシコに衣服を渡した。しかし着用されたのは何故かスーツではなく女学生が着るようなセーラー服だった。その上から血税局のレイドジャケットを羽織っている。足元にはゴツめのハイカットブーツ。
「どうしてナデシコだけ違うんですか?」
「ワタシの趣味。かっこかわいいいでしょ」
仕事に私情を挟まないのではなかったのか! 確かにナデシコは嫉妬するくらい可愛かった。見た目的にナデシコの容姿なら街中ではセーラー服のほうが違和感ないのかもしれない。いや、わたしも似たような年齢と背格好だが? 別に悔しくないが?
ラボを出て、また地下通路を進む。マルヴァのオフィスは地下シェルターの作戦会議室のような場所に置かれていた。事務机が並べられ、雑多な書類が山になっている。壁一面には備品保管のロッカーやファイリングされた資料で埋め尽くされたスチール棚、ホワイトボードのスケジュール表には文字や資料が溢れている。地下ではあるが窓があり、正確にはリアルタイムに外の景色を映すモニターのおかげで閉塞感は少し解消されていた。
そして同じ制服の面々がこちらを睨んでくる。
「はーい、新人の紹介です。志賀ボタンちゃんと型式一番のナデシコです。と言っても一度制圧現場で顔は合わせてるから初対面な感じはないよね」
オフィスで紹介されたのは、あの夜わたしたちを拘束してきた人たちだった。全員警戒心剥き出しで腕を組んでいる。重々しい雰囲気はヤクザの事務所と変わりない。しかし虎姫さんはそんな空気を気にも留めず、明るいノリを崩さない。
「簡単に紹介するね。
なるほど。わたしも起動官と呼ばれているから突撃するほうなのだろう。ナデシコの破壊力が活かせるわけだ。
「これで合計七名、新生マルヴァ頑張っていきましょう」
「虎姫さん、その二人は使えるんですか? 俺たちに子供のお守りをしてる余裕はないですよ。自分の命だけでもギリギリな現場ばかりです」
エンジさんは眉間に皺を寄せたまま質問を投げかけてきた。
「審議会でもそこを突っ込まれてね。ナデシコは制御さえできれば大丈夫。むしろ単純な戦闘力で比較すれば、この中で一番強いからね。問題はボタンちゃん、一ヵ月後の血税局起動官採用試験に合格できるよう指導よろしく」
「一ヶ月? 専用施設で合計一年分の研修とさらに一年近く現場で実務を積んだ人間でも受かるかどうかわからないのに?」
アサヒさんは失笑していた。
「君たちもなんとかなったんだから大丈夫だよ。若さでカバーだ。実技試験対策はエンジくん、筆記試験対策はアサヒちゃんよろしく。とりあえずのマルヴァの目標は、ボタンちゃんを試験にパスさせること。それから魚籠多博士と関連のあるグリゴリ幹部アルマロスの情報について志賀医院の制圧調査、そしてマルヴァの有用性を上層部に証明します。――ちなみに、ワタシはしばらく上都府の血税局準備会に出張で不在にするから」
「ええ?」
唯一の優しそうな心の支えがいなくなるなんてショックだ。こんな柄の悪そうな連中とやっていけるのだろうか。
「始業は九時で終業は十八時、月曜から金曜まで勤務、というホワイト労働は幻想で案件によって出勤日時はバラバラになりがちだから。残業時間オーバーしすぎないように気をつけて調整してね。とりあえず日中は主に和邇ペアに同伴して血税局の仕事を覚えてもらって、終業後に試験勉強とトレーニング。ヴァンプロイドとの生活についても先輩たちに教えてもらってね。さあ、死に物狂いで張り切っていきましょう」
「ぶっころー!」
状況をよくわかっていないナデシコが同調した。
「み、みなさん、よろしくお願いしまっしゅ!」
緊張しながらわたしは頭を下げた。いくつものため息が聞こえた。
その日はそれでわたしたちは帰された。帰ると言っても寝床は同じく地下シェルター仮宿舎の一室だ。やはり秘匿存在の我々は地上で暮らせないらしい。結局また地下生活だ。
ヴァンプロイドは毎日傀儡技研でのメンテナンスチェックが必須だが、それ以外はドナーと二十四時間一緒に過ごすのが原則らしい。ドナーも採血義務のため通わなければならない。建物からの外出は研修期間中は先輩同伴でないと許可されないが、庁舎内の移動は認められているので共同食堂や簡易購買所で生活は事足りそうだ。与えられた1DKの個室には家具家電が一通り揃えられていた。
ナデシコはベッドに寝転がるとすぐに睡眠状態になった。人形も疲れると寝るのか。わたしは傀儡技研から渡された血液パックを冷蔵庫にしまう。これ、すぐに飲み干されるのではないだろうか。冷蔵庫にも鍵が必要か? 考えるのは疲れるのでやめた。大の字に手足を伸ばすナデシコを転がして、隣にわたしも寝転んだ。
なんとかなるでしょう。明日からがんばろう。疲れたときは、さっさと眠るに限るのだ。
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