【03-04】今をエンジョイするしかないじゃん!

【朝、甘美な瞳がこちらを覗きこんでいた】


 やわらかい感触と温もりに目を覚ますと、ベッドの中でナデシコがわたしの衣服をめくり肌を撫でていた。

「血管が一本、血管が二本、血管が三本……。これくらいの太さなら血い抜いてもバレないかな? あ、ここなら噛み跡見えないかも」

「……なにしてんのさ」

「ぎゃあ!」

 わたしはナデシコを払いのけると、彼女はそのままベッドから転落した。

「夜這い禁止!」

「うぅ、ブラッドドライブが極印されました……。かなしみ……」

 タイマー式の擬似太陽光照明が地下室内を照らしていた。少し寝すぎたが、徒歩数分で出勤できるので時間に余裕はあった。

「昨日はバタバタしてあんまり話せなかったけどさ。ナデシコ、バディなんだから信頼関係が大切。わたしを大事にしてよ」

「めちゃくちゃ大事にしますよー」

 ナデシコはまたわたしに抱きついてきた。頬を摺り寄せてくる。

「おねえちゃん温かいし、なんか懐かしい匂い」

「くすぐったい」

 恥ずかしげもなく甘えてくる。なんて甘え上手なかわいいかわいい人形なのだ。しかし甘やかして血を絞り取られるわけにはいない。ふにゃふにゃになりそうな脳を律して彼女を引き離す。

「髪、三つ編みやって」

「昨日の感じ? ぶきっちょだけどがんばりまーす」

 ナデシコは慣れない手つきでわたしの髪を結い始めた。

「ナデシコはさ、自分の記憶もないのにいきなり仕事させられるとか、嫌じゃないの?」

「うーん、なんか色々説明されたけど難しくてよくわかんなかった。ボクたちヴァンプロイドって一度死んだから過去もないし、これから死なないなら未来もない。じゃあ今をエンジョイするしかないじゃん!」

「エンジョイって?」

「お仕事がんばって、ご褒美におねえちゃんの血をいただきます。かぷ」

 ナデシコは背後から手を回してわたしを抱きしめた。耳を甘噛みし、やわらかい唇に挟まれる。

「ちょっと、いちゃいちゃ禁止!」

「ぎゃあ、照れないでよー。ほどほどにしますぅ」

 三つ編みはボコボコで形があまり良くなかったが、人にやってもらっているので文句は言えない。

「おねえちゃんはどうしてお仕事するの? ご褒美、もらえるの?」

 そういえば、どうしてだろう? 成り行きで虎姫さんに誘われて血税局に転がり込んだが、わたしのやりたいことってなんだろう。労働よりかは競艇をしたい、本を読みたい。しかし自身の血液が悪い奴らに狙われている以上、安全な場所にいるべきだ。それに父のこともある。やりたいことよりやるべきことが優先される人生だ。

 しかし、虎姫さんにご褒美をお願いできるとしたら、何を頼もうかな。ぐふふ。

「……おねえちゃん、涎垂らしながら笑っているよ。気持ち悪いよ」

 妹(仮)がドン引きしていた。妄想モード終わり、すぐに顔面の筋肉を整えなおす。

「そろそろ出るから着替えよう。そういえばヴァンプロイドって普通のご飯も食べるの?」

「食べることはできるけど、消化しないから、噛んだぐちゃぐちゃそのまま出るー」

 わたしは血液パックの一つを手渡す。ナデシコはそれを吸い始めた。やはり栄養源は血液だけなのか。食事の心配がないのは少し楽だ。これから生活に必要なものも揃えていかなきゃ。

 身支度を整えて、だらけ続けるナデシコを引っ張り出勤した。

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