【02-04】噂通りの妙な女
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湖南区の図書館で、わたしは辞書を開いていた。
【苛斂誅求】かれんちゅうきゅう:(税金などを)むごくきびしくとりたてること、だそうだ。血税局以外に使い道があるのだろうか、この言葉。
競艇場はいつでもレースがあるわけではない。そういう日は図書館に通うか、街中を歩き回って金になりそうなものが落ちていないか探すものだった。
学校には行けなかったものの、文字の読み書きは入院中にある程度学習したので識字に不便はない。なんなら、他にやることがなかったので大学入試までの勉強内容まで反復してやりこんでいたので、同学年の子たちよりもできる自信があった。
図書館では朝の開館から閉館まで、とにかく本を読み続ける。足を運ばずとも、世界中の全てを知り尽くせる気がした。フィクション、ノンフィクション、ジャンルはこだわらず興味あるものは連鎖的に増えていき、知識欲は増大するばかりだった。
しかし平日の日中から、学校に行くはずの子供が薄汚い格好で図書館にいるのはどうしても目立ってしまう。職員たちもチラチラと視線を向けてくる。わたしはもうそれに慣れて、気にせず読書と続ける。本の貸し出しを頼まなければ身分証を提示する義務もない。もし警保局や児童相談所に通報されたら逃げるだけだ。他にも府立中央図書館やオープンな大学図書館などいくらでもある。そもそも図書館は知識の格差をなくすために設立されたことを宣言している。わたしの権利を侵害しないで放っといてほしいものだ。
その日も閉館ギリギリまで粘っていたが、いつもの職員に追い出された。エントランスから外に出れば、そこには【妙な女】が立っていた。
「――こんにちは、浮浪少女。勉強熱心なんだね」
不思議な、透き通った声だった。まるで低い音と高い音が重なったような、いつまでも耳に残る囁き。
外見を観察すると、気温的には寒くもないのに厳つく丈の長いミリタリーコート。黒い手袋。首からは紐でぶら下げた大きめのスキットル、競艇場にいる人間も同じものをよく口にしているので中身は酒で間違いないだろう。身長はわたしよりも高かったが大人の中では平均的なのだろう。作り物みたいな微笑んだ表情はどこか妖艶で、若く余裕そうだが隙のない風格が漂っていた。
根拠はないが警戒心が高まる。無視して素通りしようか。
「未成年賭博、違法売血、地下区画の不法滞在、他にもあるのかな?」
わたしの思考を読んだのか、弱みを容赦なく掴まれた。――あの殺人のことも知っているのだろうか。
「……逮捕でもするんですか?」
「そう怖がらないでよ。任意聴取にご協力を、ちょっとドライブしない?」
妙な女は近くに停めている車を指差した。黒いセダンタイプ、しかし後部座席からトランクまで体積を拡張されたボディだった。ステーションワゴン、と言うより洋型霊柩車そのものだった。たまに街中でも見かける、あの遺体の入った棺を運ぶやつ。親指を隠さなきゃいけないとかなんとか。あと死体を運ぶのに一番違和感がない車、……とそれ以上深く考えるのをやめた。
「葬儀社かなんかですか?」
「まさか。こういう者です」
差し出されたのは小さな文字が印刷された小さな紙片、名刺というやつだろう。
『淡海府血税局血液取締部起動二課 課長統括官 虎姫シンク』
苛斂誅求の吸血鬼、噂どおりの妙な女は霊柩車を運転するらしい。怪しすぎるが、わたしに断る理由はなかった。
日が落ちていく。彼女の足元から伸びる長い長い影が、わたしにゆっくりと近づいてきた――。
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