【01-03】マスターブラッド
【13歳】
父が営む志賀医院は、営利よりも慈善事業を優先していた。とにかく父は与える人であり、その信条を反映していた。
行政の福祉対象外になってしまい、まともな医療を受けられない地下暮らしの貧困層や、虐待や教育放置された子どもたち、パートナーからの暴力から逃げてきた女性たちを保護していた。
金銭を払う余裕などない人を相手にしていればこちらの生活も苦しくなる。資金援助をしてくれる地元の非営利活動法人が現れその問題は解決されたように思われた。しかし、その組織実態は指定暴力団湖北会傘下暮雪組の隠れ蓑であり、医院には警保局に通報されたくない患者が通うようになってきた。
それでも父は差別することなく、目の前の治療に専念していた。
――究極の善人のような父だが、その陰りも見せ始めた。
まず、わたしを学校に通わせなかった。
父曰く、私の血液型が原因だと言う。
わたしは造血幹細胞の移植手術でドナーの血液型にそっくり入れ替わってしまった。それは抗原無型、もしくは万能血液【マスターブラッド】と呼ばれる、全てのABO式血液型及びRh因子に拒絶反応を起こさず輸血可能な黄金の血であり、しかし万能血液の持ち主は万能血液以外は受け付けられないという諸刃の剣でもあった。国際血液銀行でもマスターブラッドの登録者は数十人、国内では見つかってすらいない。
もしわたしが事故で大量出血でもしたら、すぐに輸血はできるのか? 血液の流通は十年以上前よりかなり安定している。しかし父にとってあの日蝕時代はトラウマなのだ。恐れる理由としては十分すぎた。
結局、わたしは父の医院から出ることを許されなかった。吸血鬼じゃなくなって健康体になっても、病院に閉じ込められていた頃と変わらない。医院には危険人物も出入りしていたので、部屋からもろくに出られなかった。
毎日採血はされていた。預血と言って、何かあったときはこれを使うという。何か、とは何か? 父は答えなかった。
瘦せ衰えていく父は、何かに怯えているようだった。わたしとの会話も減り、就業時間以外は自室にずっと籠っていた。聞こえてくる独り言も服用している精神安定剤の量も日に日に増えていった。環境のせいかとも思い引っ越すことを提案したが、それが原因ではないと否定された。もっと大きな何かが父を追い詰めている。いつか、父は消えてしまうんじゃないかと心配になった。
そして父は本当に消えてしまった――。
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