概説

【00】吸血鬼の島国

【00】


【何故、この国は血で発電するようになったのか】

【何故、この都市はここまで発展を遂げたのか】

【何故、血税局が生まれたのか】


 世界地図でオセロゲームをする【第三次万国大戦】が終結し、冷戦や内部紛争は続くも万国連盟間では【パノプティコン条約】及び『国際的な軍隊のシェア』という監視と圧力により、各国の武力による領土拡大は抑制され表向きの平和が百年ほど続いた。しかしその内情も時代と共に変化する。


 かねてより、海面上昇による水没の傾向が著しい世界各国の臨海都市の問題が表面化し、地球温暖化対策として温室効果ガスの原因となる二酸化炭素の排出制限、主に化石燃料の使用と輸出入の大幅な制限を設ける世界協定【ヘラクレイオン協定】が締結される。


 新型核融合炉の技術と月面資源を独占し、世界的巨大企業群を数多く構える【北西大陸合衆国】。

 従来型原子力発電と様々な地理状況に応じた再生可能エネルギーによる発電と蓄電技術を駆使する【西欧州共同体超国家群】。

 大量の天然資源と世界最大の国土面積と人口を保有する【欧亜大陸赤旗主義国連合】。


 それら大国勢力が国際共助から反グローバル化路線に舵を切り替えブロック経済圏を強化、国力が弱いか自国資源の少ない小国の多くは再び併合を受け入れる。武力ではなく貿易交渉で追い詰め制圧する経済戦争、三色盤上遊戯の再開であった。


 さて、わたしたちの住む【極東列島諸国連邦】は欧亜大陸と近しいながら独立した島国であり、地理的に東亜地帯の海上玄関口として世界侵略の重要拠点の一つとして、極東を制する者が世界を塗り替えると言われるほどであった。

 国内は経済特区である七都(北都・上都・東都・中都・大都・西都・南都)と地方行政区画である十州(北海州・北山州・東山州・坂東州・東海州・近畿州・北陸州・西山州・南海州・西海州)に加えてその他特別府それぞれに分権がなされ、地域の特色と競争力を以って戦後も加工産業品の輸出業によって経済成長を果たしてきた。他国に比べて遥かに長い間、同一国家を維持してきた歴史の中で培われた技術と文化を誇り、高品質ブランドを世界中に輸出してモノづくり大国としてトップクラスに君臨したこともあった。しかし時代と共に大国との経済競争には遅れを取り始め、過去の栄華となったまま取り戻すことはできないまま生産力は停滞する。そして何より天然資源、特に火力発電の燃料である化石燃料の産出に乏しく国外輸入が頼みの綱であることが最大の弱点であり、虎視眈々と極東連邦の領土と人的資源を狙う海外勢力にソコをつけこまれた。

 かつて震災による暴走事故を起こした原子力発電は国民感情に寄り添わず未だに石棺に封印されたままであったし、制限が多く生産量の安定しない自然再生エネルギーでは国内の需要は満たせなかった。メタンハイドレードの採掘や海流発電も期待されたが、隣国の妨害工作により開発は進まずにいた。

 そして追い打ちをかけるように、大国間同士で口裏を合わせた世界協定によって火力発電の燃料輸入が禁止されたのである。要はめられたのだ。


 しかし極東連邦は輸入依存状態に踏ん切りをつけられないままにも関わらず、大国からの不利益不平等交渉を跳ね除けた。意外な反応に大国同士は互いに牽制しあい均衡状態へ、領海付近では条約機構軍の戦艦が巡回しながら、偵察衛星や諜報員による情報合戦もあり緊張感は高まるばかりであった。

 暫定的に自治権は守られつつも外交政策として失敗な面は大きく、備蓄燃料と国内からほんの僅かに産出される化石資源やバイオ燃料、自然再生エネルギーのみで自国の需要を賄う事態に陥いり、【ハンガーストライカーの餓死】と国民から非難される。世界三大勢力は極東が圧力に屈するのは時間の問題として、どの色の旗を掲げるかが世界中の注目となった。もしくはギリギリまで追い込めば痺れを切らし世界に向けて開戦宣言という絵図のほうが、大国勢力にとって侵略占領の口実が出来上がるのでありがたかった。

 不良の喧嘩も大国同士の戦争も、先に手を出したほうが不利である。


 極東連邦国内では臨海都市水没問題に加えて、圧倒的にエネルギー供給量が不足し経済恐慌による失業者と自殺者が増加。インフラ整備が滞ることにより寒冷地や猛暑、そして自然災害の影響で損害拡大は止められなかった。国外移住希望者の急増により空港がパニック状態になり、政府は多くの人材流出を止めるため緊急の渡航制限を設けるまでに至った。見せかけの平和が目に見えて影ったために【日蝕恐慌】と当時のことを人はそう呼んだ。世界が仕組んだ自殺教唆の影響は圧倒的だった。

 内閣支持率は最低記録を更新し続け、現状に打開策のないまま言い訳を繰り返す慎重派政治体制を覆す、横暴でも革新を要求する世論が湧き上がる。

 そんな渦中に、かつてより税制改革を中心に訴えてきた【血税党】が第一党になり政権を握ることになった。


 新政府は旧体制の維持やかつての価値観から変革するため、人間で言えば心肺停止寸前の身体を蘇生する国家延命計画【ベンチレータープロジェクト】を発表する。旧エネルギー体制から新技術エネルギー開発を進める次世代エネルギー推進事業、水没進行都市から内陸都市への移行を計る国内都市再生事業など、内閣府直属に省庁合同チームである準備調査本部が設置された。


 吉報がすぐ届いたのが幸いだった。開発途上であったバイオ燃料電池の難点を、京洛大学有機材料工学研究所の魚籠多びくた博士がブレイクスルーさせ、人間の血液をエネルギーに変換する吸血機関【ヴァンパイアエンジン】をハヤマテクノロジー株式会社と共同で実用化に成功したのだ。

 バイオ燃料電池は、生物が食物からエネルギーを取り出す仕組みを応用したものであり、炭素を含む有機物を分解する際の電子を取り出すことで発電するのである。他の燃料電池や発電方法と違い、レアメタルの不使用・安全性・自然環境への影響・低コストな点も優れていたため運用には期待されていた。しかし分解作用を担う微生物や酵素の短期劣化が課題となっており、研究はしばらく難航状態であった。魚籠多博士が独自の理論で開発した【※※※※※※※】で代用すると、劣化はほぼなく半永久的に使用可能であるとの結果が報告され実用化の決め手となった。人間の血液のみに化学反応するという条件はあったものの、従来技術とは比較にならないほど大量のエネルギー変換効率に反対意見を唱える者はいなかった。ちなみに酸化による炭素分解は最終的に二酸化炭素を排出するが、その量は生物の呼吸と同等であり化石燃料の燃焼より圧倒的に少なく、ヘラクレイオン協定で推し進めている海洋緑化システムと併せて大気の炭素還元内で済むという試算がなされた。

 単純に言い換えれば、つまり電力を必要とする人間からその燃料が調達できる、人間がいる限り燃料不足にはならないということだ。

 政府調査本部は審議の末、国策事業に認定し計画の中心軸に位置づけられ、早急な段取りで法整備や予算がスムーズに組まれた。というよりそのために事前に組織図の大胆な再編成や人事の総入れ替えが行われていたとの見方もある。国の生き残りを賭けていたため、超法規的措置として異例のスピードで事を運んでいった。


 政府と献血事業団が保存期間の過ぎた血液を廃棄せずエネルギー利用に使用可能を約した血液使用三原則

【一:国民個人から生成される血液は自身の健康的生命活動のために使われる】

【二:一に反しない限り血液は個人の意志を尊重して医療行為のための献血事業に使われる】

【三:一及び二に反しない限り余剰となった血液は指定事業者によって公益活動のために使われる】

が制定される。


 吸血機関の増産基盤と運用実験都市の開発候補地として、近畿州にある国内最大面積の湖【淡海】に人工島を建設する計画が承認される。湖上都市構想は仮称:淡海島と命名され、官民学の重要施設誘致を伴い関係者及び献血可能な10万人以上の定住を目標に希望者を募集開始。好条件なこともあり多くの国民、主に水没都市の元住民が新天地として移住してくる。

 根幹となる都市計画は政府主導の元に官民連携PPPとして、一大財閥である蓬莱ほうらいグループなど多くの企業や財団が集結した【企業連合】に委託される。大規模な公共事業は民間に多額の支出が出るため、低迷した経済活動を再加速させるきっかけになるのだ。懸念となるのは古くから不労所得の権化である仲介業者による資金中抜き問題であるが、血税党という新興政治はそれらと癒着せず、省庁官僚は企業連合と直接契約を取り付けた。適正な労働対価の見直しにより、ピンハネする老害は撲滅された。

 淡海島の開発については湖周県との協議が重ねられ、一部要所に埋め立てを認可するも島のほとんどにメガフロート浮体構造工法を採用、生態系と景観文化維持のために必要割合分の内湖を確保させる開発条例が取り決められる。

 日蝕恐慌を乗り切るため、底無しの暗闇から光を求めて、誰もが毎日を無我夢中に働き続けた。


 政府は供血推進のために供血量に応じて算出される供血証明書であり、納税に使用できる血液対価ポイントサービス【ドロップ】を発行する。重税に苦しんでいた国民は大いに賛同し採血は滞りなく進んだ。さらに、吸血機関で生産されたエネルギーの買取もドロップでの支払いを認可することにより、他企業も商品やサービスをドロップでの取引を開始し旧通貨との換金が加速する。

 そしてついに政府はドロップを国内の法定通貨として正式決定し、旧通貨の発行を停止する。血液の社会主義から資本主義へと転換することでその成長率は飛躍的に伸び続けた。


 経済の中心がドロップに置き換わると、中央銀行と献血事業団が統合され【血液専売公社】が発足、各地の血液センターを中央管理し血液の徴収業務と分配実務及びドロップの発行と回収により流通量を制御する。公社本部の前衛デザインのタワービル【血統閣】と敷地内交流広場【淡海御所】は淡海島中心部に建設される。血統閣地下には吸血機関の始祖である【吸血女王】が眠ると言われ、一部住民は神社仏閣に代わる聖地のように崇めて、新時代のシンボルになる。


 国民は供血の代わりにドロップを公社からもらい、公社は貯蓄した血液を医療機関や企業に分配する代わりにドロップを回収し、企業は吸血機関エネルギーやプロダクトを国民に売りドロップで支払いを得るという、文字通り『血が巡る』循環図が形成され、経済の地盤として定着した。

 政府は血液循環経済により不足したエネルギー問題は解決し経済回復したと実証した上で、対象国民の供血義務化とドロップでの納税義務化を施した【血税政策】及び血液使用三原則を継承した【血税法】を発布。ちなみに法人企業は供血ができないため利益であるドロップを指定分納税する。


 常軌を逸した発想の吸血機関の開発と異例の運用スピードによりどん底の日蝕恐慌から経済活動を回復、そして急成長させた極東連邦を世界が恐れた。むしろ不透明な新技術である吸血機関の情報開示をダシに外交戦略を展開、パノプティコン条約機構と交渉の末に各国は諜報部隊を撤退させる。

 【吸血鬼の島国】との異名が広まり、旅行に行けば路地裏に攫われて血を吸われるのではないか、サムライに会ったら土下座しないとハラキリさせられるとか、三色盤上遊戯に四色目として参戦しニンジャを送り込んでくるのではないかとふざけた憶測も飛び交う。

 しかし極東連邦国民は海外で流れる噂など気にせず、いかに血液検査に引っ掛からず多くの採血でドロップを得るかとか、健康志向で血液回復のしやすさを目指す生活文化を探求し楽しんでいた。


 しかし良い面ばかりではない。血税法には採血に対して年齢制限、体重制限、回数制限が厳しく決められており、さらに身体的事情があれば供血免除や減税措置も盛り込まれていた。だが宗教的な信仰理由や個々の健康価値観から供血を拒む者は納税のために供血者以上の労働を強いられてるとして差別抗議デモが頻発。反対勢力の影も顕在化してくる。

 国内でも血税法の運用率は各地域によって差が大きく生まれるようになった。

 

 それでも血液循環経済は勢いに乗り、血税法賛同者を優先的に受け入れる淡海島の移住人口が予想を大きく上回り、なんと50万人を超えたのだ。都市開発はさらに進められ、初期の淡海島領域であり現在の【湖中区】を中心としてメガフロートの拡大工事が更新される。

 政府は水没が進行中の国内主要臨海都市の人口だけでなく、その機能や産業も淡海島などの次期開発内陸都市に移行を開始する。更なる経済成長率に期待が高まり、多くの富裕層や投資家から多額の資金を集めた。

 具体的な計画内容として、淡海島は国内運輸などが非常事態的な状況になったとしても都市生活が自立できるよう湖周県と連携し各ブロックに特色を持たせた。

 一番に面積のある【湖北区】はメガフロートや吸血機関などのインフラ設備やプロダクトを製造する製造工業区域に指定。

 次に面積のある【湖東区】は農産畜産や内湖の水産、それら食品加工を含めた生産拠点を集結させた食糧産業区域に指定。

 大都と近しい【湖西区】は官公庁舎や金融街、企業のオフィスビルを集中させた政治経済区域に指定。

 面積は狭いながらも湖周県の発展区画と主要交通機関に隣接する【湖南区】は、多くの大学など次世代人材育成や研究及び文化の発信交流を深める学園文化区域に指定。

 そして四区域それぞれにベッドタウンである居住区と商業区を分散させ、かつて首府のあった東都二十三区と同面積規模の開発拡大が進行中である。淡海御所を軸に碁盤目状の幹線道路や陸橋型バイパス道路、地下の鉄道網や水路が立体交差的に敷かれる。昔から湖周県民の悩みであった交通経路が湖岸に沿って大回りしなくても済むようになったのだ。

 都市の開発が進むにつれてエネルギー需要量も増加。大型の吸血機関だけではなく小型の吸血機関が開発され、大型発電所だけではなく自治体や企業毎にエネルギー供給の分散モデルが進められ供給量のバランスが取られる。


 湖上のほとんどを占める勢いの巨大人工島都市が改めて【淡海府】と命名された。戦後三番目の特別府誕生で湖周県や近畿州から独立した自治区画となり、国から血液政策と血液経済を先駆開発する【血令指定特別都市】の拝命により国内でも独自のルールとシステムを併せ持つ行政区域となる。そして計画当初の倍以上である100万人以上の規模受け入れを可能とする企業連合主導の大型都市拡張へと乗り出した。

 吸血機関の恩恵に国民の期待値は高揚するばかりだった。

 しかし、光の先には影もある。前述した非供血者差別抗議以外にも社会問題が浮き上がる。


 血液価格高騰時、供血収入であるドロップのみで生計を立てようとする【ドロッパー】と呼ばれる非労働倹約人が増えて労働者不足が懸念されるようになった。血液公社による供血流通量調整介入によりすぐに価格は低下、多くのドロッパーが生計を保てなくなった。再就職するケースはまだ良かったが、やはり労働せず売血を選ぶ貧困層の多くはホームレスとなり、メガフロートの開発整備用地下区画に無断で住み着くようになる。こうしたスコッタースポットには地上で溢れた移住民も流れ込み、暗黒街として機能するように発展し始めた。

 そして地下エリアなど一般府民に認識されない【圏外領域】は貧困層や血液売買に関わるブローカー及び犯罪組織による闇市場【レッドマーケット】の巣窟として、天に手を伸ばすような煌びやかな湖上都市の発展と反比例するかのように赤黒く根を降ろしていく。


 この問題は吸血機関の導入前に準備調査本部で審議はされいたのである。血液が売買や換金の対象になることで、政府と血液公社はかつての【黄色い血】:貧困層などが資金稼ぎのために自身の血液を必要以上に供血して成分回復が追いつかないまま血液が黄色く見えるようになるという品質の低下問題、加えて未検査のまま感染症などを介した状態で輸血される保健衛生上の問題、何より供血者の健康を害する危険性を教訓にしていた。


 第一の対策として供血者の身分証明【ブラッドパス】と供血頻度を徹底管理する公社管轄の血液センターを必要十分に設置し、専売公社以外の民間血液銀行による血液売買を強く禁止し罰則も従来よりかなり重いものとした。

 それでも利己的な人間は不正に手を染めて血液を売りドロップを欲した。抵抗のない貧困層やドロッパーだけでなく非合法手段で一般人からも血液を吸い集め、富で懐を肥やす犯罪者たちは【ブラッドサッカー】と呼ばれるようになった。


 そんな状況に対処すべく、第二の対策として淡海府は独自に府庁直属となる血税法取締執行機関【血税局】を組織編成する。血税法の番人として強い権限を与え、任意調査や強制調査よりさらに超法規的な【制圧調査】が府知事より勅許されており、『国家の血流を悪くする者』に容赦なく、血液警察として猛威をふるう。

 集められたのは官民学問わず、実力主義のスペシャリストたち。警保局特殊部隊員からの引き抜きや軍人・民間傭兵会社出身者、税務局の査察部内偵のベテラン、金融調査のエキスパート、銃火器爆破物マニア、犯罪者更生プログラムとして元テロリストや脱税請負人、腕さえあれば戸籍も経歴もない地下出身者までも。

 さらに危険度の高い任務には、極秘開発されたヒト型汎用実務代行吸血機関自動人形【ヴァンプロイド】試作シリーズが配備される。


 淡海府血税局血液取締部機動二課吸血機関自動人形部隊:通称【マルヴァ】。


 吸血機関の開発と同じ年にわたしは産まれた。それから十五年。死にかけだった十五歳、わたしにとって人生最初で最後の就職先である。


【何故、わたしは血税局に所属することになったのか】

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