第25話 薬草採取 2

 中心街近郊が描かれた地図には数か所マークが付けられていた。ここがベリーニさんの言っていた採取エリアだそうだ。


 もちろん薬草も生物であるため気候変動や生態系の変化によって生息地が多少変わってしまっている場合もあるようだが、それでも生息地を探すことから始める必要がないというのは大変ありがたい。無駄な労力をかける必要がないのだから。


 ギルド職員が作った独自の地図ということもあり貸し出し不可となっていたため、冒険者は記憶するか自分でメモを取って向かうしかなかった。


「大丈夫だよキール。ボクが覚えた」


「助かるよリウ」


 リウが位置を覚えたみたいなので、ベリーニさんに向かう旨を伝えてギルドを出た。

 僕たちの集落は中心街から南の方に離れた位置にある。


 今からリウと向かう薬草採取場所は中心街から東に行ったところだ。

 話によれば北から東にかけて魔獣が生息するエリアのようで、薬草採取エリア」よりもさらに奥に進んだところは当たり前のように魔獣を見かけるとのことだった。


 魔獣討伐の依頼を受けた冒険者たちよりも随分と街に近いところで僕とリウは薬草を採取する。


「着いたね」


 地図に示されていたエリアに到着した。

 辺りは花や緑が広がっていて、とても気持ちが良いところだった。


 花も緑もどれも背が低く、足元膝よりも下の高さばかりで視界を遮るような背が高い木もなかった。

 吹き抜ける風は花の甘い香りを運び、僕たちは依頼ということも忘れて仰向けに緑のうえに転がった。


 青空を見上げながら、草花がそよ風に吹かれる心地よい音だけが支配する。


「気持ちいいね」


「リズちゃんが来たらすごく喜びそうな場所だね。ちょっと遠いかもしれないけどね」


 リウも随分気分が安らいでいるようで、声もかなり柔らかいものになっていた。

 それからしばらく、僕たちは青空の下無言で身体を預けていた。


 眠気が襲ってきてしまい、徐々に瞼が重くなってきたところで、ようやく僕は薬草採取のためにここまで来たことを思い出した。


「そうだった、リウ! こんなことしている暇はないよ!」


 勢いよく起き上がった僕は、隣で大の字になって寝息を立てているリウに声をかけてみるが、一向に起きる気配がない。


「リウ、起きてよ」


 肩を揺すりながら声をかけるが、それでもリウは穏やかに美しい寝顔を見せながら眠り続ける。


「仕方がないか。リウが起きるのを待っていたらいつになるか分からないし……」


 僕は麻袋を背中に背負って、片手に薬草の資料を広げる。

 足元に広がる緑、様々な植物を実際に手に取って資料に描かれた薬草の絵と見比べて区別していく。


 資料と照らし合わせて、薬草だと判断できた植物を抜いて背中の麻袋に入れていく。

 植物の背が低いこともあって、僕は常に中腰姿勢を取り続けなければならなかった。


「……けっこうこれ、辛いぞ」


 短いスパンで身体をほぐさないと、すぐに疲労が蓄積してしまう。

 加えて資料と見比べるのも時間がかかってしまうため、疲労の割に採取できる数が少ない。


「薬草が常に足りないって言われるのも分かるなあ」


 背筋を伸ばして辺りを見回すが、薬草採取をしているのは僕たちだけだった。……実際、リウは寝ているだけなので僕一人だけなのだが。


 手に取る植物の二十本に一本の割合で薬草があり、その後も黙々と薬草を採り続けていたが、太陽が天辺まで昇るころでも麻袋の三分の一ほどの量も集めることができなかった。


「そろそろお昼だし、ご飯でも食べようかな」


 気づけば寝転がっているリウの姿が遠く離れたところにあるのが見え、知らず知らずに移動していたことに気づいた。


 ゆっくり歩いてリウに近づくと、寝返りをしたのだろうか、髪や顔に花や小さな葉がついていた。


「ぷふっ」


 面白かったのが、リウの鼻の先についていた花弁。リウの寝息を受けて微かに揺れる。

 寝ていてもくすぐったいはずだろうが、リウは一切気に留めることなく花弁を揺らしていた。


 僕は花弁と一緒にリウの鼻先を指で弾く。

 一瞬で眉間にしわを寄せて弾かれた鼻先を手でこするリウ。


「おはようリウ。もうお昼になったんだけど、ご飯たべる?」


 寝起きが悪そうなリウは、不機嫌そうに上体を起こして「キミ、ボクの鼻を触ったりしたかい?」と尋ねてきたけれど「いや、知らないよ。虫でもとまっていたのかな?」と、とぼけてみせた。


「ほら、母さんが作ってくれたご飯だよ。リウ、お腹空いてる?」


「……あまり空いてないけど、食べるよ」


 リウはその白く高い鼻を触りながら、それでも僕の言葉に納得がいっていない様子で答えた。

 ポーチからリウの分と自分の分を取り出し、開ける。


 中には中央に切り込みが入れられたパンと乾燥肉のスライス数枚と木の実が数種類入っていた。

 これは僕たちが小さい頃から遊びに出かける際に持たされた軽食と同じもので、慣れた手つきでこれらをパンに挟んで頬張った。


 塩味の効いた乾燥肉に、酸味がある実や柔らかな甘みがある実など様々な味が広がり飽きることなく食べられる。


「気づけばこんなに太陽が昇っているじゃないか。キール、どれだけ採れたんだい?」


 リウはパンを食べながら、薬草を入れた麻袋を見て採取量を確認してきた。


「まだ三分の一も採れていないんだよ。選別にけっこう時間がかかってさ」


「そうかい? そんなに難しいものでもないだろうけどね」


 首をひねりながら足元の緑に目をやるリウ。

 すぐにその中の一本の植物を引き抜いて、


「ほらこれ、薬草でしょ?」


 と僕に差し出してきた。


「えっ、そんな簡単に? ……本当だ。こんな一瞬で区別できるなんて」


 リウから受け取った植物を資料と見比べてみると、間違いなく薬草だった。

 僕が選別にかけていた時間が無駄だったと言わんばかりじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る