第23話 ゴミ拾い


 ゴミ拾いを始めた僕たち初めての仕事は特筆するようなことも起きなかった。


 リウとくだらない雑談をしながらのんびり街を歩き、道に落ちているゴミを拾いベリーニさんからもらった袋に詰めて先を進む。


 中心街を歩きまわり、これまで通ったこともない道に出たときは新鮮に感じた。ゴミ袋がいっぱいになったところで、袋の口をきつく締めてギルドへ帰った。


 ベリーニさんのもとに膨らんだゴミ袋を持っていった頃には日は傾いていた。


「お疲れさまキールくん、リウちゃん。どうだった?」


「はい、まだ完全に道を覚えたわけじゃないですけど、それでもとても勉強になりました」


 カウンター越しで僕からゴミ袋を受け取り、その重さにうんうんと頷くベリーニさん。


「リウちゃんは? けっこう疲れたんじゃない?」


 リウからもゴミ袋を受け取ったベリーニさんが尋ねる。


「ボクはそんなに疲れなかったけど、キールはかなり足にきたみたいだね。途中何度かベンチに座って休んだからね」


「リウだって座っていたじゃないか!」


「ボクはキミに付き合っただけだよ」


 言い合っている僕らを見ながらクスクス笑ったベリーニさんが、僕とリウにそれぞれ報酬の硬貨を差し出した。


「はい、これが今日の報酬よ? と言っても、不満かもしれないけどね」


 ベリーニさんが苦笑いをしながら僕たちを見る。


「……うん。思ったよりも、少なかったかも」


 僕は正直に呟いてしまった。

 渡された袋いっぱいにゴミを拾うため街を歩き回り続けた。その労力に比べたら、この報酬は少ないような気がした。なにせ、僕とリウの分を合わせても串焼き一本も買えないくらいなのだから。


「まあこれは正式な依頼ではないからね。街の地理確認の研修みたいなものだから今日は我慢してね? 明日から階級に合った依頼が受けられるから」


 そう言われてしまえば返す言葉もない。

 僕もリウも静かに頷いて、硬貨をポケットにしまった。


「明日以降は、依頼を受けるために朝早くギルドに来たほうがいいの?」


 リウは張り紙が全てなくなった掲示板に目を向けながらベリーニさんに質問した。

 たしかにそうだった。僕たちが試験を受けにギルドに来た時にはすでに張り出されていた依頼書も少なくなっていた。


 早く来なければ依頼書が取られていってしまうのかもしれない。


「そうね、早い方がいいと思うけど二人はまだ急いでくる必要はないわね」


「それはどうして?」


 僕が尋ねる。


「『見習い』冒険者が受けられる依頼のほとんどは薬草採取だからね。それ以上の階級の冒険者となると魔獣の討伐依頼を受けるのよ、なにせ報酬も違うからね」


「ボクたち以外に、『見習い』冒険者以外の冒険者は好んで薬草採取をしないってことだね」


「そういうこと。だから開店から少し時間経った人の空いた頃に来てくれても問題ないわね」


 ベリーニさんが「朝のごった返しは巻き込まれただけで怪我をするわよ……」とトーンを落として言っていたのには怖くなった。


「そ、それじゃ僕たちはそろそろ帰りますね。ベリーニさん、これからもよろしくおねがいします!」


 僕はベリーニさんに頭を下げたが、リウは下げなかった。お腹を手で押さえているのを見たところ、空腹なのかもしれない。


 僕たちはベリーニさんに手を振られながらギルドを後にした。

 家までの道中、リウとの話は冒険者試験の話題になった。


「リウは試験でなにをしたの?」


「ボクは魔法を使ったよ。キールが剣士だったらボクが魔法士をやった方がバランスいいかなと思って」


 リウの姿で魔法を使っているところを見たことがなかったので、魔法を使ったことに驚いてしまった。

 冷静に考えれば竜種なんだから、なんでも出来て当たり前か。


「魔法を二つくらい見せたら合格がもらえたよ」


「そうなんだ」


 きっと手加減したのだろうけど、それでもあっさり合格してしまうんだ。リウの姿でもすごく強いんだろうな。


「リウって強いの?」


「めっちゃ強いぜ? ボクをなんだと思っているんだい。この姿でもそこらの魔獣なんか屁でもないよ」


 そう言ってニコッと笑うリウは夕日に照らされてすごくきれいだった。

 だけど。


 そこで僕は疑問が一つ浮かんだ。

 僕とリウが初めて会った時の事。


「そんなに強いリウが、どうしてあの時はひどい怪我をしていたの?」


「怪我? ……ああ、キミと会った時のことかい?」


「うん。魔法も使えて、しかもあの時はドラゴンの姿だったでしょ? リウが怪我をするほどって何があったんだろうって思ってさ」


 もしかして、ドラゴンどうしで喧嘩でもしたの? と尋ねたがリウは首を横に振った。


「ボクたちは基本的に相互不干渉なんだよね。まあ、何体か腐れ縁みたいなドラゴンもいたけどね……」


「それじゃあ、どんな相手だったの?」


 生態系の頂点でもあるドラゴンに重傷を負わせる相手とはいったいどんなものなんだろう。


「人間、だったよ。おそらくだけどね。……少なくとも、見た目は人の形をしていたよ」


「え、人間?」


 僕と同じ人間が、リウのドラゴンの姿リウヴェールに重傷を負わせられるなんて想像もできなかった。


「さっき言ったボクの腐れ縁、その一体がその人間にやられたんだよ」


「そんな……」


 ドラゴンが腐れ縁と言うからには、その共に過ごした時間は計り知れないほどの長さなんだろう。そんなドラゴンがやられてしまったら、リウは悲しみを覚えたんだろうか。


「別に悲しくはなかったね。弱肉強食、弱い者がやられて当然。あいつの顔を見なくなって清々したほどさ」


 どうやらドラゴンという種族はけっこうドライなようだ。

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