第19話 冒険者試験 4

 抜けた先は陽が差す広い闘技場となっていた。

 広い闘技場で一人寂しく試験官が来るのを待っていた。


「広いなあ……。冒険者の人たちはみんなこの広さを目一杯使って動き回るのかな。すごいなあ」


 魔獣を相手にパーティーを組んで撃退するんだ。回り込んだり、フォーメーションを組んだりして立ちむかうにはそれなりの広さが必要。その練習も十分にできる広さがこの闘技場にあった。


「お前が試験を受けに来たガキの一人か。随分と小さいし、ひ弱そうなんだが本当に試験を受けるつもりか?」


「は、はい。お願いします!」


 体格の良い、短髪の大男が一人闘技場に姿を現した。


「まあ、試験に臨むやつを受けさせずに拒むことはしないがな。俺はデルゲル。普段は冒険者をしているが、今日はのんびり暇をしていたんだがな」


 冒険者ギルドから試験官の指名連絡が来てデルゲルさんが呼ばれたそうだ。


「なになに? 武器の貸し出し? いやー、ギルドのクソみたいな武器を借りるやつ、久しぶりに見たな。ほら、好きなやつを選びな」


 デルゲルさんに遅れてやってきたギルド職員が様々な長さや形をした剣を台車に何本も乗せて運んできた。


「ありがとうございます」


 デルゲルさんが見守る中、僕は並べられた剣を一本一本握って確認する。

 うっ、これも重い……。


 これもだ、持ち上げられない。

 並べられたそのどれもが僕のひ弱な力では持ち上げるのがやっとで、まともに振ることもできそうにないと感じた。


「あっ……、終わり」


「どうだ? 決まったか?」


 腕を組んで待っていたデルゲルさんが声をかけてきたが、自分に合った剣がないというまさかの状況に僕は混乱してしまっていた。


「あ、あの! この木剣でもいいですか?」


 僕は担いでいた木剣を手に取ってデルゲルさんに見せた。


「……はあ。まあ、お前がそれでいいんなら、いいけどよ。ほら、こっちだ、早く構えな」


 デルゲルさんは呆れてしまったように、肩の力が抜けてしまっていた。

 僕が剣を両手で握り構える中、デルゲルさんは大きな両手剣を構えながら「はあ、俺の休みがこんなので潰されてしまうのか……」と呟いていた。


 自分の惨めさに涙が出てきそうになったが、目に力をこめて必死に耐える。


「それじゃあ、いいぞ。かかってきな、試験開始だ」


「はい、お願いします!」


 始まった。

 僕の一度しかない冒険者になるためのチャンス。試験が。

 だが僕は一切前に出ない。じっとデルゲルさんを見つめる。


 ……いや、動けないだけなのだ。なにせこれまで木剣を上から下に振り下ろす動きしかしていないのだ。剣を構えて走ったこともなければ、走った態勢から剣を振ったこともない。


 直立した状態から目の前に真っすぐ上から下に振り下ろすことしか、今の僕にはできない。


「なるほど。俺からお前にかかっていけばいいんだな?」


 デルゲルさんは剣を持って、そんなに早くない速さで走って僕に近づいてくる。

 緊張からか、握る剣の間合いを読み取れず剣先がデルゲルさんに届くよりも前に剣を振り下ろしてしまった。


「っ! ……まさかお前、その動きしかできないのか?」


 空を切った僕の木剣をただただ見下ろすデルゲルさん。

 デルゲルさんは息を一つ吐いてから僕から距離を取った。


「ほら、次はお前からこい。じゃないと、試験を終了するぞ?」


 そう言われて、僕は剣を前に両手で持ったまま駆けだす。

 そしてデルゲルさんに剣が届く距離まで近づいて足を止める。


 僕の中では早い動きをしたつもりだった。

 走っていた足を止めて、剣を振り上げる。そしてこれまで振ってきたように剣を真っすぐに振り下ろした。


 デルゲルさんはそんな僕の動きを見て、ただ一歩下がった。それだけで僕の剣が躱されてしまった。


「……ほい、試験は終了だ。合否の結果は次のガキの試験が終わってから少しして出すはずだ。ちょっと待つことになるが……、お前はまあ、帰っていてもいいぞ?」


「えっ?」


 デルゲルさんの言葉と、まるで手ごたえがなかった試験の出来栄えに、僕は全身の力が抜けそうになった。


 合格できなかったかもしれないな……。

 僕は木剣を地面に引きずりながら闘技場を後にした。


 ギルドの窓口まで戻ってくると、そこには窓口のお姉さんと一緒にリウが僕を待っていた。


「キール、おつかれ。どうだったんだい?」


「いや、まあ、うん。できることはやったよ……」


 そんな僕の顔を少しの間じっと見たリウは、


「そうかい。それじゃボクも行ってくるよ。そこで待っていてくれよ、合格かどうかは結果が出て初めて決まるもんだから、ボクを残して先に帰っちゃいけないぜ」


 と言って試験場である闘技場へと向かっていった。


「キールくん、元気を出して?」


 二人になった僕とお姉さん。

 お姉さんが奥からジュースを持ってきてくれた。近くの椅子に案内された僕は、ジュースを片手に持ちながらリウの戻りを待つことにした。


 お姉さんの僕を気遣う気持ちは嬉しいけれど、今の僕にはこのジュースを飲むほどの気力もなかった。


「はあ……。これは、だめだったな……」


 リウを待つ間、ため息ばかりがこぼれる。

 これで、たった剣を二振りしただけで冒険者の道を諦めることになるのかと思うと目頭が熱くなっていく。


 熱くなった目頭に、視界がぼんやりとぼやけていく。

 溜まった涙がこぼれそうになった時、リウが戻ってきた。


「戻ったよキール。おっ、なんだいキミ。そのジュース、誰からもらったのさ」


「……リウ? 戻ってくるの早くない?」

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