第18話 冒険者試験 3

「これを振っていればいいよ」


「ありがとう、リウ。……でもどうやって振ればいいの? 僕、剣術の知識とかないんだけど」


「さあ? ボクがそんな人間の細々とした動きを教えられるわけないじゃないか。とりあえず、上から下に真っすぐ振り下ろす動きをしていればいいんじゃないかい?」


 そうだった。リウは絶対的強者のドラゴンだ。人間の剣術などこれまで興味がなかったはずだ。


「上から下に?」

「それが基本の動きだろう? それくらいボクも分かる。重心を安定させて身体がブレずに振り下ろす。今のキミはここから始めるべきだね」


「分かった」


 それから、座って眺めるリウの前で僕はただ上に剣を振り上げて下に振り下ろす動きだけを続けた。途中リウが、背筋が曲がっているだとか剣が真っすぐ振り下ろせていないだとか指摘をしてきた。


 リウの指摘を聞きながら剣を振るうが、けっこう窮屈なものだった。

 それからは猶予の最終日までリウとともに走ったあとは剣を振る特訓を続けて、冒険者の試験に臨むことになった。


 試験に臨む朝。


「それじゃあ母さん、行ってきます」


「コレットさん、行ってきまーす」


 リウが作ってくれた木剣を紐で括って背中に担ぐ。剣も持たないリウとともに玄関ドアを開ける。


「分かっているわね、キール。今日の試験で冒険者になれなかったら絶対に諦めるのよ? リウちゃん、怪我だけはしないようにね?」


「ありがとうございます、コレットさん」


 僕は母さんの言葉に無言で頷いて家を出た。

 僕たちが向かうのは中心街の一角にある冒険者ギルド。


 すでに日も出ていることもあり、道中で依頼を受けたであろう冒険者の人たちをいくつも見かけた。

 中心街の賑わう人たちを避けながら、冒険者ギルドまで辿り着いた。


 木造の建物には大きな二枚扉がついており、開けるだけなのにかなり緊張してしまう。


「ほらキール、ドアを開けないと中には入れないぜ?」


「リウが開けてくれない?」


 譲るようにリウの後ろに下がろうとする僕だったが、その僕の肩をリウが手で押さえた。


「ボクは別に冒険者にならなくていいんだぜ。なりたいのはキールだろう? こんなんじゃ、キミが求める男らしさは当分手に入らないんじゃないかな」


 リウにそう言われ、再びドアの前に戻される。

 実際、この程度でビビっていたら試験にだって受かりはしない。

 僕は覚悟してドアを開け放った。もちろん、恐る恐るゆっくりと。


「……失礼しまーす……」


 ギルドの中を覗き込みながらゆっくりと中に入っていく。そんな僕の後ろを静かにリウがついてくる。

 緊張していたが、幸いなことに中に冒険者はほとんど見られなかった。多くがすでに出払っているようだ。


 真っすぐ目の前には横に伸びるカウンターテーブル。そこには数人のお姉さんが真っすぐ立って並んでいた。


 横に目を向けると、一面に大きな掲示板が設けられており、数枚依頼書が張り出されていた。きっと、もう少し早い時間ならば多くの依頼書が所狭しと張り出されていたのかもしれない。


 僕たちは女性窓口のカウンターの、その中でも一番優しそうなお姉さんの前まで歩み寄った。


「こんにちは。きみたち、どうかしたの? なにか困りごとでもあったのかな?」


 僕に優しく微笑みかけながら声をかけてくる窓口のお姉さん。


「いえ、そうじゃなくて」


「依頼じゃないのね? それじゃあ、どうしたのかな?」


 僕は一度唾を飲み込んで口を開く。


「冒険者に、なりたいんですけど……」


「えっ? きみたち、二人とも?」


「は、はい。誰でも冒険者になれるって聞いたんで来たんですけど」


「それはそうなんだけど……。冒険者になるには試験に合格しないとだめなのは知っているわよね? きみたちの歳だと、少し大変かもしれないわ。もちろん、中にはきみたちくらいで試験に合格した子たちもいるんだけどね」


 冒険者になれば、大人の冒険者たちと肩を並べて依頼を受けるのだ。身体的に不利が大きい子どもでは、そんな大人も受ける試験を合格するのはかなり至難というわけだ。


「はい、分かっています。ぜひ試験を受けさせてください」


「それを分かっているなら、いいわよ。この用紙の書けるところを記入してね」


 お姉さんから手渡された紙に目を通す。

 渡されたペンで名前と武器と職種を書く。魔法が一つも使えない僕は剣士一択だ。性別のチェック爛もあったが、男性の爛に力強くチェックを入れた。


「これで、お願いします」


「えっと、キール、くん? 男の子だったのね……。剣士を希望っと。剣は……、もしかしてその背中に担いでいる木剣、なのかしら?」


 お姉さんはまさかといった感じで僕の背中の木剣に目を向ける。


「実は真剣を持っていなくて。貸してくれたりとか……」


「もちろん、あるにはあるんだけどね。けっこう質が悪いんだけど、大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です!」


 やっぱり貸してくれるみたいだ。

 質が悪いもなにも、そもそも僕は真剣を持っていない。そんな僕には、質が悪かろうが貸してくれるだけでありがたい。


「試験はひとりずつ順番に実技試験だから、まずはキールくんからね」


「はい」


「初めてはかなり辛いものになるかもしれないけど、何度も受けられるから、今の全力を出してがんばってね」


「……はい、ありがとうございます」


 お姉さんは僕に激励を飛ばして送り出してくれたけど、僕には次のチャンスはない。

 今回で合格しなければいけないのだ。


 お姉さんの案内に従って試験場まで歩いていくなか、後ろでさっきのお姉さんが驚きの声を上げていたのだが、緊張している僕の耳には入ってこなかった。

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