第17話 冒険者試験 2

 僕の姿を捉えたリウが不敵に笑って屈伸運動をした。

 筋肉をほぐしたリウは一気に僕目掛けて駆けだす。


 リウとリズの様子を離れた所から見ていた僕と、両腕を振って走るリウとの間の距離はそれなりに開いていた。


 それでもリウの走りの速さを知っている僕。力を抜いて走ればあっという間に追いつかれてしまう。


「串焼きの何本かは、覚悟しないとだけど……!」


 僕は全力でリウから逃げた。

 真っすぐに走っても、僕よりも走りが早いリウ相手には力負けしてしまう。だから左右に動きを振りながら出来るだけ直線勝負を避けた。


 僕の動きを追って左右に走るリウはやはり幾ばくか減速していた。だがそのリウの顔はまったく疲れている様子ではない。


「本当に……、体力バカすぎるよ……」


 徐々に詰められる僕との距離。

 僕の足も段々と重りが付けられていくかのように、持ち上げて走るのも辛くなってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息を切らしながら走るけれど、後ろからリウの足音がはっきりと聞こえる。もうすぐそこまで近づいているようだ。


「はい、捕まえたー」


 ポンとリウに肩を叩かれる。

 その瞬間に、僕は疲れから地面に仰向けに倒れた。


 青い空を、白い雲が風に乗って流れていく。

 そんな汗がにじむ僕の顔をリウが覗き込んできた。


「とりあえず一本だね。リズちゃんをくすぐった後、すぐにキミを追いかけるから二本目覚悟しておいてね」


 そう言い残しリウは再びリズを追いかけていった。


「はぁ、はぁ……。嘘でしょ、全然休めないじゃないか……」


 リズは小さい身体ということもあり、僕よりも走りが遅い。加えて、お小遣いが賭けられている僕とは違い、リウと遊んでいるという認識のリズだ。楽しそうに笑いながら走るリウはあっという間にリウに捕まってしまう。


 遠くの方からリズの大きな笑い声が聞こえてくる。


「えっ、もうなの? ちょっとはお兄ちゃんのために頑張ってよリズ……」


 僕は服の袖で顔を拭って起き上がる。

 裏に根が張ったように重い足を上げてリウから距離を取る。

 リズの笑い声が止まるのが合図。リウが僕目掛けて追いかけてくる。


「これ、いつまでやるんだよー!」


 二回目ですでに足が限界だった僕は、走りながら後ろのリウに声を飛ばす。


「リズちゃんが飽きるまでかな? がんばってね、キールおにいちゃん?」


 体力も僕より少ないリズだとさすがにこの辺が限界だろうと、リウから逃げながらリズの様子を確認する。

 楽しそうに、気持ちが逸るように、ウズウズしながらその場で飛び跳ねていた。


「……あ、これ。長くなるかも」


 結局、串焼き五本分のお小遣いが消失し、足が棒になって肉体的にも限界を迎えたところでリズがリウの腕の中で眠って終わりを迎えた。


 終始楽しそうなリズと、涼しい顔のリウ。僕は一つも笑みがこぼれなかった。






 次の日も、また次の日も朝から夕暮れまでリウと走り続けた。

 疲れで動けない僕をリウが魔法で疲労回復を促進してくれたため、次の日に疲れを持ち越すことはなかった。


 ゆえにリウは僕を延々と走らせた。僕が汗まみれで地面にぶっ倒れるまで走らせる、まさに鬼教官だった……。


「どうかな、リウ? 僕も体力がついてきた気がするんだけど」


 まだ全然リウには敵わないのだが、それでも捕まる頻度は徐々に減ってきていた。


「うーん、まあ、体力とかは一朝一夕ではないけどね。それでもキールの言う通り、キミ少しは体力がついたみたいだね」


 リウの口ぶりからすると、まだまだ及第点とはいかないようだ。

 それでも冒険者の試験までの猶予は残り僅かしかない。いつまでも走っているだけでは試験には合格できない。


「そろそろ剣術に入らないとだめじゃないの?」


「でもキール、剣を持ってないじゃないか」


 うぐっ。そうなんだよな、結局父さんの剣を使えばなんとかなるかと考えたけど、いざ手に持ってみれば重すぎてまともに振り上げることもできなかった。


 大人が扱う剣は今の僕には持てないようだ。


「でも僕、魔法も使えないし、弓なんか触ったこともないよ。剣が一番身近にあったんだけどなぁ」


 自分の武器が一番なんだろうけど、きっと冒険者ギルドに行けば剣の一本くらい貸してくれるはずだ。

 問題はそれまでの間、振れる剣がない状況でどこまで鍛えられるかだ。


「うーん……、しょうがない。キール、少し待っていてくれよ」


 そう言ってリウは遠くの茂みの中へと入っていった。

 すぐに、大きな音とともに背の高い木が一本、横に傾き倒れていくのが見えた。

 倒れた木からは考えられないほど、細く短い棒を一本持ったリウが茂みから出てきた。


「ほら、キール。これを使いなよ」


 僕に向けて下から放り投げるリウ。

 ふわりと僕のもとに落ちてくる棒をなんとかキャッチする。よく見てみると、しっかり剣身と握りが作られていた。


 荒く削られたということもなく、丁寧に形を整えられたような仕上がり。


「これ、リウ。どうしたの?」


「作ってきたのさ。キミの身体に合う大きさにボクが調整してきたんだよ。ほらボク、器用だからこんなことも出来るんだぜ?」


 僕の背丈を考えた剣身の長さ。そして全体の重さ。

 父さんの真剣よりも随分と軽い木剣だが、今の僕にはこれで十分というわけらしい。

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