第16話 冒険者試験 1
「えっ、リウ。それは」
「じゃないとコレットさんだって安心できないさ。何度も試験に落ちるようなキールがその後偶々試験に合格したとして、冒険者になったキールを安心して見守れると思うかい?」
たしかにリウの言うことにも一理ある。
だけど、それだと僕にとって冒険者になれないリスクの方が大きい。
なにせ僕に合った武器はないし、武器もまともに振ったこともない。冒険者の試験がどんなものかは分からないけれど、そんな素人が一回で合格できるとはさすがの僕でもそこまで軽く見ていない。
「……まあ、そうね。頭ごなしにだめだって言ってもキールも納得しないでしょうし。リウの言っていたように、試験に落ちたら潔く冒険者を諦めるって言うのなら、キールに一度だけチャンスをあげるわ」
母さんは渋々といった様子でリウの提案に乗ったけれど、僕にとっては試験を受けるチャンスが一回しかないというのは、かなりプレッシャーがかかる条件となってしまった。
「わかったよ……」
それでもここで駄々をこねてしまっては、せっかくリウの提案を一度だけ飲み込んでくれた母さんの心象を悪くしてしまうだけだ。この一回のチャンスも取り上げられてしまうかもしれない。
それに今思いついたけれど、別に試験をいつ受けるかは言っていないのだ。
だったらお小遣いを貯めて、ある程度装備を集めた万全の状態で試験を受ければいいだけなのだ。そうすれば合格する可能性も高くなる。
僕ってけっこう頭がいいのかもしれない。すぐにこんな閃きをするんだから。
「あと試験を受けられる期間は十日までね。いつまでも冒険者を諦められずに色んなことが疎かになってしまったらだめだから。キール、分かったわね?」
母さんはまるで僕の心の中を読んだのか、くぎを刺してきた。
「はい……」
どうしよう、どうしよう。
とりあえずリウに相談しないと……。
短い期間でどう試験の対策をしたらいいのか分からず、目の前の美味しい料理もその後は味に集中できなかった。
〇
翌日。
父さんは朝から仕事に出かけ、母さんは集落の集まりで家を出た。
僕はというと、試験までの期間で十日の猶予を手に入れたので目一杯この時間を活かそうと特訓することを決めた。
といっても何をすればいいのかも分からないので結局はリウに頼ることになるんだけど。
「リウ、協力してくれない?」
「しょうがないなキールは。いいよ、暇だったし」
ソファの上でリズとのんびりお喋りをしていたリウに僕の特訓への協力を頼んだ。
「お兄ちゃん、リウちゃんどこか行くの?」
リウに頭を撫でられていたリズがむくっと顔を上げて尋ねてくる。
「冒険者の試験に向けて、ちょっと身体を鍛えようかなって。リウと出かけてくるよ」
「リズも行く!」
「リズが来てもつまらないと思うよ?」
「それでも行く!」
うーん、と腕を組んで考えている僕にリウが「まあまあ」と間に入ってきた。
「別にいいじゃないか。リズだって一人で家にいるよりも楽しいだろうしさ、キールだって兄としての力強さを見せてあげたらどうだい?」
「兄として、力強さ! たしかに!」
「……キミが単純な性格で助かるよ」
リウが何か呟いたようだが、声が小さく僕の耳には届かなかった。
結局三人で出かけることにした僕たちは、集落から少し離れた広場まで歩いて行った。
「ここでいいんじゃないかい?」
僕たち以外にはいない広場の中心でリウが両手を大きく広げる。
どれだけ走り回っても、大きな声を出しても周りには迷惑がかからない最適な場所だと思う。
点々と雑草が生えているけれど、足元はしっかりと土で固められている。
「お兄ちゃん、ここでなにをするの? かけっこ?」
開けた広大な広場にリズが走りたそうにウズウズしていた。
「違うよリズ。僕はここで今から特訓をするんだよ。かけっこなんて遊んでいる暇はないからね」
「ぶぅ……」
僕が断るとリズは頬を膨れさせた。
「それでリウ、特訓っていっても何をすればいいのかな?」
「うん? 今のキールに必要なことだろう? さっきリズちゃんが言っていたじゃないか」
「えっ? ……まさか、かけっこ?」
リウは走るため、足や腕の筋肉を伸ばす準備運動をしながら頷いた。
「もちろんだよ、だってキミそもそも体力がないじゃないか。冒険者に何よりも必要なのは体力だろう? 体力がないのに身体の動かしようがないじゃないか」
リウは「ってわけで」とリズの頭をポンポンと軽く叩いて、
「リズちゃん、かけっこしようか。もちろんキールも一緒だよ! さあ、ボクから逃げるんだ、捕まったらくすぐりの刑だよー」
リウは両手の指を動かす仕草を見せて、リズへ不敵に微笑みかける。
「きゃー!」
笑顔で走り出すリズ。
それを「まてー」と追いかけだすリウ。
少ししてリウが僕に振り向き、
「キールの場合は捕まるごとに串焼き一本だからね。ボク、体力には自信があるんだ!」
と残して再び走り出した。
「ちょっと待ってよ! そんなの、僕のお小遣いがー!」
慌てて僕もリウから逃げるように広場を駆けまわった。
無尽蔵な体力を持っているリウはあっという間にリズを捕まえると、脇のあたりを指でくすぐっていく。
「きゃははは、ははは!」
リズが両目に涙を浮かべながら笑い転げる。
リウがひとしきりリズをくすぐった後、そっと地面にリズを座らせて「ふぅ……」と満足げにため息を一つこぼした。
「さて次はキミの番だよ、キール」
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