第15話 思いつき 3

 丘の上の教会までそれなりに距離もあることから、往復を歩いたリズは疲れた様子で家に戻ってきた。

 全員がそろって夕食を食べ始める。


 料理をする母さんにリウが手伝いながら二人で手際よく何品も料理を作っていく。リウは前から色んなことができていた。本当に器用なやつで羨ましい。


 出来立ての料理を口にしながら父さんと母さんが教会に行ったときの出来事を話した。


「俺たち以外にもけっこうな人数、礼拝に来ていたなコレット?」


「そうね。街中が女神様の遣いが現れたって、大騒ぎで他方の人たちも来ていたわね」


「あのときリズと一緒に捕まってたお友だちも来てたよ」


 どうやらリズはお祈りというよりも、教会の庭で友だちと遊んでいたようだった。

 それでも父さんや母さんの口ぶりから、今回の一件で多くの人が教会に集まり熱心に祈りと感謝を伝えていたようだ。その中にはティファナ様とともに洞窟の前にいた兵士なんかもいたようだった。


「へえ。僕たちが行ったときはガラガラで、マリーさん寂しそうにしていたけどね」


「のんびりお手製のお菓子をボクたちに出してくれるほどにね」


「そうなの? 今日は忙しそうに目を回していたわね」


 おっとりとしていたマリーさんが多くのお客さんにてんてこ舞いになっている姿が容易に想像できる。

 父さんも母さんもその時のマリーさんの様子を思い出して笑っていた。

 僕はというと、いつ父さんと母さんに冒険者になる件を切り出そうかそのタイミングを窺っていた。


「……ほらキール、いつ言うんだい?」


 横に座るリウが小声で僕に話しかけてくる。

 そうは言うけれど、母さんに怒られるかもしれないと思っている手前、なかなか言い出す覚悟が持てないのだ。


「どうしたんだキール。なにかそわそわしているようだが」


 そんな僕の様子が気になったのか父さんが食べる手を止めて話しかけてきた。


「いや、その……」


「なんだ? なにか言いたいことがあるのか?」


 なかなか口から言葉が出ない僕の煮え切らない様子に、リズの面倒を見ていた母さんまでとうとう話に入ってきた。


「どうしたの? 具合でも悪いの?」


「いや、そうじゃないんだけど」


「それじゃあ、なに? 言ってくれないと分からないわ」


 二人が僕の顔をまじまじと見つめる中、リウが肘で軽く僕の横を小突いてきた。

 どうせ言うことになるんだったら、いつ言っても同じかと僕はどこか吹っ切れて話す覚悟を決めた。


「父さん、母さん。僕ね、冒険者になりたいんだ」


 それでも二人の顔が見ることができず、目を閉じながら言った。

 父さんと母さんがどんな表情をしているのか、見るのが怖い。

 しばらく沈黙が続いて、父さんが小さく笑いをこぼしたのが聞こえた。


「なんだ、そんなことか。良いに決まっているだろう、キールのやりたいことなんだろう?」


 まさかの優しい言葉に僕は思わず目を開け、父さんの目じりの下がった優しい顔を見つめる。


「父さん……」


 父さんの反応は素直に嬉しかった。

 だけど、母さんの方はそう思っていなかったようで案の定冒険者になることに反対してきた。


「あなた、なに言っているのよ。だめよそんなの。万が一のことが起きたらどうするのよ。怪我だってするかもしれないのよ?」


「キールだって男の子だろう? それくらいの覚悟は持っているだろう。それに今すぐに危険なことをするわけじゃないんだしさ」


 父さんはなんとか僕の側に立って母さんに意見してくれているけど、こういう時の母さんは相手が父さんだろうと一切引く気を見せない。


「キール。冒険者っていうけどね、キールは冒険者になってなにがしたいの? 碌に武器も扱えないし、第一この家にキールが扱えるようなものないわよ?」


「それは……」


 剣もそうだが、武器はそれなりに値が張ってしまう。

 父さんが時々護身用に使う剣もあるけれど、それは大人用の武器であって身体が小さい僕には合っておらず、まともに使えるとは思えない。


「お兄ちゃん、冒険者になるの? だったらリズもなる」


「リズ……。キールは冒険者にならないから、リズもだめよ?」


「えー」


 リズにもきっぱりと否定する母さん。

 これはかなり難しいかもしれない。


「キール、分かっている? 冒険者は危険な魔獣と戦うのよ? ベテランな冒険者の人も時々命を落としたり大怪我をすることもあるのよ? キールはそれも分かって言っているの?」


「コレット、そんなに言わなくてもキールだって——」


「あなたは黙っていて」


「はい……」


 父さんは母さんに圧倒されて何も言えなくなってしまっていた。

 母さんの横で父さんが僕に、力になれず申し訳なさそうな顔でただ見つめ返してきた。


「分かっているよ……」


「はぁ……。リウも何か言ってあげて? この子、どこでそんなことを思いついたのかしら。リウが説得してくれた方がキールも諦めがつくかもしれないわ」


 料理の手伝いもそうだけど、なんでも器用にできるリウは母さんの信頼を僕以上に勝ち取っている。


「コレットさん、安心して。キールを一人にはさせないよ、ボクもキールについていくからさ」


「リウまでなにを言い出すの」


 リウが母さんの味方になってくれると踏んでいたのか、リウの言葉に母さんは頭を抱えてため息をついた。


「ほ、ほらコレット。リウだってキールのそばにいるんだ。そこまで心配——」


「あなたは黙っていて」


「はい……」


 母さんはもう一つため息をこぼしてから頭を上げる。


「それに、冒険者になるには試験が必要なんだ。その試験にキールが合格しなかったら、どれだけなりたくても冒険者になれないだけの話だよ」


「それはそうだけどね……」


 誰でも冒険者になれるわけではない。

 母さんの言っていたように、冒険者の稼業とは常に危険と隣り合わせなのだ。だからこそ、易々と犠牲を生まないように、冒険者ギルドは試験を設けて篩にかけているのだ。


「キールも、試験に落ちたら冒険者になるのは諦めるっていうのはどうだい?」

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