第14話 思いつき 2

「おっ、嬢ちゃん。串焼きどうだい?」


 露店に駆け寄ったリウは店主が団扇で扇いでいる焼いた串肉に目が釘付けになっていた。


「おじさん、串焼き三つ!」


「はいよ!」


 店主はこんがり焼けた串肉を三本リウに渡す。

 肉の表面は内側から溢れ出てきた脂で光っている。


「ほらキール、お代をおじさんに渡して」


「はいはい」


 僕は持っていた小袋から硬貨を取り出し店主に渡す。


「嬢ちゃんの妹さんかい? 嬢ちゃんもかわいいけど、妹ちゃんの方もこれまた別嬪だね」


「どうも」


 軽くなった小袋にため息をつく僕は、普段なら間違いを訂正する店主の言葉も受け流す。

 横では意地悪な表情を浮かべるリウが既に串肉の一本を頬張っていたけれど、それにも何も言わない。

 露店から離れた僕たちはそのまま時計台の近くにあったベンチに座った。


「ほらこれ、キールの分だよ」


 そう言って僕に串焼きの一本を差し出すリウ。

 湯気が立っている串焼きはたしかにおいしそうなんだけど、なんだか素直に喜べない。


「だめだよ、この二本はボクのものなんだから」


「なにも言ってないでしょ」


 だけど既に串焼きを買ってしまっている。

 それならば冷めて美味しくなくなる前に食べてしまわないと勿体ない。


 僕も口いっぱいに肉をつめ込んだリウの隣で、街の様子を見ながら食べることにした。

 食べ始めればその美味しさに食べるのが止まらない。


 僕とリウは並んでベンチに座っているけれど、お互い無言で食べ終わるまで串焼きを頬張り続けた。


「ふぅ……。ごちそうさま。おいしかったね?」


「うん。たしかにおいしかったね」


 リウは串焼きが二本だったのに、食べ終わるのは僕と同じくらいの速さだった。

 人の姿をしたリウは華奢に見えて、けっこう食べる。


「ああ、もう、キール。口の周りが汚れてるよ」


「えっ、ほんとう?」


 リウに指摘されて僕は慌てて服の袖で口を拭おうかとしたけど、それをリウが制した。


「だめだめ、服が汚れるじゃないか。もう本当に仕方がないなキールは」


 リウがハンカチを取り出し、僕の口をそれで拭こうとする。


「いいよ、自分でやるよ」


「動かない。じっとして」


 リウは両頬を挟むようにして手で押さえ、僕の口の周りをハンカチで拭った。

 これじゃ本当にリウの妹じゃないか。いや、妹じゃないけど。


「はい、取れた!」


「ありがとう」


 恥ずかしさにリウから顔を背けてしまう僕にリウは「あはは」と小さく笑った。

 膨らみが小さくなった僕の小袋を見つめたリウが口を開く。


「でもそうだねー。この様子だとキールのお小遣いを全部ボクが串肉に変えてしまいそうだね」


「お小遣いにも限界があるんだからな」


「キールがボクに勝てばいいだけなんだけどね」


「それを言わないでよ、分かっていて言っているでしょ。……でもどうしようか」


 リウの勝負に乗る僕が悪い。あわよくば、今日こそは、リウに勝てるんじゃないかと思って勝負に乗ってしまう。


 そんな僕たちの目の前を、武器を装備した男性や女性が通り過ぎていった。

 恰好を見れば、彼らが冒険者であることが分かる。


 コリンズ領の中心街から少し離れると、定期的に魔獣が姿を見せる。

 彼ら冒険者はそんな魔獣を日々狩っていくことで魔獣の大量発生を防ぎ、村や街に被害が及ばないようにしているのだ。


 そして魔獣の素材は武器の素材や、装備、一般服にも用いられることもあり冒険者が加入している冒険者ギルドで買い取ってくれるのだ。


「冒険者か……」


 僕の視線の先に冒険者がいることに気づいたリウ。


「たしかに冒険者だったら、がんばればお金には困らなさそうだね」


 僕の目は、男性冒険者にくぎ付けになる。

 これまで数多くの魔獣を狩るために走ったのだろう、剣を振ってきたのだろう、全身の筋肉が隆々として、まさに僕が目指す男らしさそのものだった。


 ふと、腕を曲げて、二の腕に力こぶを作ってみる。


「たいして僕は……」


 どれだけ力もうとも二の腕に一切こぶが生まれない。白く瑞々しく柔らかい肌。

 まるで男らしくなかった。


 もしかしたら冒険者の先に僕の目指す、男らしさがあるのかもしれない。

 となれば冒険者にならなければ!


「神妙な顔をして、キールどうしたんだい?」


 僕の顔を覗き見るリウに対して僕は力強く言った。


「リウ、僕冒険者になるよ!」


 最初、リウは僕の言葉に突然どうしたのかと首を傾げていたが、男性冒険者の姿を観察して「……ああ、なるほど」と得心いったようだった。


「安直だね、キミは。でも大丈夫なのかい? 冒険者になるのには大変だと思うけど」


「試験があるはずだよ。それに受かればなれるはずさ! 僕もこう剣で魔獣をバッサリと!」


 剣を振るう素振りをリウに見せる。

 僕の頭の中では、僕の身体よりも大きな魔獣が一振りで両断している画が映っている。


「うーん、それもそうなんだろうけどさ。オヴェルさんと特にコレットさんが、キールが冒険者になることを許すかな?」


「うぅ……、たしかに」


 父さんは問題ないとしても、母さんが大反対するかもしれない。母さんはすこし過保護が過ぎている節がある。


 僕だって男なのに。もう少し僕に色々任せてくれてもいいと思うんだけど。

 普段なら母さんの言葉に負けてしまう僕だけど、ここは母さんに臆していたらだめだ。僕が目指す男らしさのために、ここは踏ん張りどころだ!


「家に帰ったら相談してみようと思うよ。リウはどうなの? 僕が冒険者になることに反対?」


「キミのしたいようにしたらいいさ。ボクはキールを応援するぜ?」


「いつまでも女の子に負けてられない。冒険者になって鍛えてリウに勝負するよ。いつかはリウのお小遣いから串焼きをごちそうしてもらわないと」


「女の子って……。まあ、そうだね。いいんじゃないかい?」


 そう言うリウの顔は母さんと同じような表情をしていた。

 その日の夕方。

 僕たちより少し遅れて父さんたち三人が帰ってきた。

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