第13話 思いつき 1

 翌日。


 僕たちの集落では、昨日の出来事がかなり大きな騒動となっていた。

 僕が助けた子どもたちの多くは洞窟から出たあとこれまでの恐怖や緊張が解けたこともあって泣き疲れてそのまま眠ってしまっていたのだが、一部の子どもはリウヴェールの姿を見ていたようだった。


 まあ、あれだけの巨体なのだから気づかないほうが不思議なくらいなんだけど。


 洞窟の中で怯えていた子どもたちの目の前でいきなり盗賊たちが意識を失って倒れていった様子と、リウヴェールの大きな咆哮(といっても子どもたちにはリウヴェールが張った結界があったため影響はなかったのだが)と、洞窟の外で静かに翼を休ませていた様子。


 これらのことから、白いドラゴンに助けられたと親に熱く訴えかけていた子どもがいたのだ。

 泣き疲れて眠ってしまった子どもたちを連れてきた兵士たちに経緯を尋ねるその子の親も彼らからまともな内容は聞けなかったようだ。


 おそらくティファナ様から箝口令のようなものが出されていたのだろう、まともに兵士たちも受け答えできず、親に子どもを引き渡し立ち去ったとのことだ。


「けっこう大事になっちゃったねー、キール?」


「誰のせいだよ」


「キミじゃないか。キミがリズを助けに行くと決意したからだろ? ボクのせいにしてもらっても困るね。主の命令に従っただけなんだからさ」


 僕は頭の後ろで腕を組みながら答えるリウの横を歩く。

 僕たちが向かっている先はというと、コリンズ領の中心街だ。


 昨日の、教会までの競争で負けた方が勝った方にごちそうするという勝負、その清算のためリウに連れられた僕は渋々彼女についてきているのだ。


「でもキールのこと、バレていないみたいだね」


「あんな安物のローブが役に立つなんてね」


 それは、以前に母さんが中心街の露店で値引きされていたところを見つけたものだった。


 安い割には長持ちもして、買い物上手の過去の母さんには感謝しかない。本音を言うならば新しいものを買ってほしいんだけど。


「まあ、キールの背丈が大きく変わらなかったからローブで隠せたんじゃないかな? キールの身体、コスパ良くてよかったね!」


「……ケンカ売っているの、リウ?」


 などとこうして普段のようにリウと軽口を叩けるのも正直なところ、昨日僕の背中を押して尚かつ僕の手助けをしてくれたリウのおかげなんだけど。


 中心街の賑わう声に近づく僕ら。


「それにしてもオヴェルさんたちと一緒に教会まで行かなくてよかったのかい?」


 今、僕たちの家には誰もいない。

 父さんと母さんはリズを連れて、僕たちよりも一足先に家を出ており教会に向かったのだ。なんでも、リズが救えたのはドラゴンを遣わせてくれたリーゼロッテ様のおかげだとか。


 ドラゴンなどというおとぎ話上の生き物と、女神様への祈りというどちらも神秘的な事象であれば結びつけたくもなるというものだろう。


「いいんだよ。これでまたリウに教会までの競争を持ちかけられたら、お小遣いが完全になくなってしまうからね」


「弱気だねー、ボクの英雄様は」


 あはは、と笑いながら先を進むリウの背中を僕はため息をつきながら追いかけた。



「どうしたんだろう?」


 露店が並ぶ中心街に来てみたけれど、どうも周りの様子がおかしい。

 あちらこちらでお酒を片手に盛大に盛り上がっている人が多く見受けられた。普段も賑わっているけれど、ここまでの賑わい方はしていない。


「リーゼロッテ様とその遣いのドラゴン様に乾杯だ!」


「今日くらいは朝から祝わなけりゃ、リーゼロッテ様の罰が当たるぜ!」


「てめえはただ飲みたいだけだろ」


 筋肉の盛り上がった男たちがほほを赤らめながら祝い事だと盛り上がっている。


「……あそこの集落の子が見たんだって。大きなドラゴンがこの地に降り立ったんだって」


「私も兵士をやっている主人から聞いたわよ。その場にいた主人の同僚がかなり大きな白いドラゴンとローブを着た男の子が盗賊を捕らえて子どもたちを助け出したのを見たらしいわよ」


「へぇー、本当に女神様のお遣いなのかもしれないわね」


 どこかの奥様方も奥様仲間たちと井戸端会議に花を咲かせているようだ。


「けっこう広まっているみたいだね」


「そりゃー、領主様がどれだけ箝口令を敷こうが多くの兵士たちが見ていたんだし、口止めも完全にはいかないよね」


 まるで他人事のように話すリウだったが、少し眉間にしわを寄せながら教会の方角に顔を向ける。


「とはいえ、ボクがどこぞの女神の遣いだなんて言われるのはちょっと不愉快なんだけど」


「それくらい、いいじゃないか」


「ふんっ。そりゃキールはキミが一目ぼれした女神様の遣いだって言われればさぞかし気分もいいだろうさ」


「だから、そうじゃないって」


「どうだか。英雄色を好むと言うけどさ、ボクはキミの将来が心配だよ。いやだぜ、ボクの背中にキミのたくさんの伴侶を乗せるだなんて」


 リウは俯きながら「それに、一生キミのとなりにいるのはボクだけで十分じゃないか」と呟いた。

 まあたしかに竜種であるリウにとって、僕に付き合う時間というものは一瞬のことで興が乗ったというところだろう。


「そんなこと、絶対にないよリウ」


「そうだといいけどね。……あっ、串焼き屋があるよキール!」


 無邪気な表情に戻ったリウが指さす先には食欲をそそる匂いを漂わせる串焼きの露店があった。

 風に乗って鼻腔をくすぐる香りに僕は自然と涎が溢れてきた。

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