第12話 ティファナ視点
私の目の前で、何が起こっているのだろう。
「夢、ではないのだろうな」
自分でも幼稚なことをしているな、と思ったけれども頬を強くつねらざるを得ない。
そして、
「痛い」
目の前のことが現実であることを知らされる。
私の周りにいる多くの兵士が腰を抜かし、地べたに弱弱しく尻餅をついている。
とは言っても、私も彼らとそう変わりはない。
今もこうして剣を地面に突き立て、支えにしなければ満足に立っていることもできないだろうから。
「あのドラゴンは……。そして、あのローブを身に纏った小さな少年——いや少女か? あの子は、一体何者なんだ?」
ドラゴンが洞窟に向かって大きな咆哮を上げたあと、ローブの子が縄を腕いっぱいに持って洞窟の中へと入っていってしまった。
止まるよう声をかけようとしたけれども、ドラゴンの巨体や咆哮の激しさに圧倒されてまともに声が出なかった。
静かな森に伝説の存在、ドラゴンと私。
そんな飲み込みがたい光景を夢と疑っても仕方がないだろう。
ドラゴンは静かに洞窟に目を向けるばかり。
「……あのドラゴン、ローブの子と言葉を交わしていた」
離れていたため、彼らが何を話し合っていたのか聞き取ることができなかったけれど、間違いなく二人はコミュニケーションを取っていた。
ドラゴンは知性が高いと聞いている、いや、そういうものだと物語で読んだ気がする。
しかし加えて、そのドラゴンという高位種族ということもありあまり人間と関わらないとも。
だとするならローブの子は?
そして彼らはどうしてここに?
「ティファナ様……」
「うむ」
兵士の一人が不安そうに私に声をかけてきた。
当然だろう、ドラゴンを目の前に私たちがこれからどのように行動を取るべきだろうか。
コリンズ領の領主として、ここは覚悟する必要があるだろう。
私は意を決して一歩、ドラゴンに歩み寄って声をかけてみた。
「貴方様は栄えある誉れ高き種族、ドラゴンとお見受けする。なぜ貴方様のような方がこんな辺鄙な森にやってこられたのだろうか?」
声は震えていただろう。それでも私の中で出来る限りの平静さを持ち、声を張ったつもりではある。
『……』
ドラゴンの方は、まったくこちらに見向きもしない。
「し、失礼。まず名乗るが礼儀でございました。私はカーネル帝国コリンズ領の領主をしていますティファナ=コリンズと申します。いかようにもお呼び下さい」
もう一歩踏み出してあたしが名乗ると、ドラゴンはゆっくりと顔をこちらへ向けてきた。
その大きく、貫き殺さんとばかりの眼力を備えた瞳。どんなものでも食い殺せる大きな口に強靭な顎。口には私が持つ剣以上の鋭さを持つ歯がいくつも見える。
二歩ほど歩み寄ったが、その姿に私は前に出た以上に後退ってしまった。
『なんだ、ボクに話していたのか、人間』
「……勝手に声をかけてしまい、大変失礼いたしました」
『それで人間、ボクにどうして話しかけてきた? それは、ボクに尋ねるほど重要な問いかい?』
蛇に睨まれた蛙とは今の私のような状況をいうのだろうか。
まるで私の問いがドラゴンにとって無価値と判断されたならば今すぐに食い殺す、と目で訴えているようだ。
「……私たちは、盗賊によって洞窟の中に捕らえられてしまった子どもたちの救出のため、ここまでやってきました。そこで偶然にも光栄なことに、ここで貴方様にお会いすることができまして。何用でここまで来られたのですか?」
こんな状況、取り繕った嘘を並べても意味がないだろう。失礼をはたらかないことだけを注意して、あとは素直に全てを話そう。
『ボクの主がここに来ることを望んだからだ』
「主様というと、先ほど洞窟に入られていったローブを着ておられたお方のことでしょうか?」
『そうさ。ボクの主にしてボクの英雄。加えてボクと日々を共にする朋友でもある彼の命によってここまできた』
彼、あの子は男の子か。
「貴方様の主様はどうしてこちらに来られたのでしょうか。ここは盗賊どもの住処でございまして、危険なところでございまして……」
少年に、盗賊が屯するこの洞窟は物騒すぎる。
ドラゴンがいたとしても、それでもあの子一人で洞窟の中に入るのは危険が過ぎるだろう。
そう思って言葉を発した私だったが、目の前のドラゴンは一気に私に向けて溢れんばかりの殺気をぶつけてきた。
『ボクの主がここに来た、これに理由が必要か? 僕の英雄がここに捕らえられている人の子を救うのに理由が必要なのかい? 貴様はあの子を馬鹿にしているのか?』
「し、失礼、いいたしました!!」
あまりの殺気に意識が飛びかけた。
あ、後ろの連中の何人かは気を失ったな。
「貴方様方が子どもたちを救ってくださるのであればこれ以上心強いことはありません。領主として何かお礼をしたく」
『必要ない。あの子は礼がほしくてやっているわけではない』
「では、英雄様のお名前だけでもお聞かせ願えるでしょうか?」
『主の名前をボクが教えることはない。名前を聞きたいのであれば直接あの子に聞くがいい』
本当にこのドラゴンは少年に忠誠を誓っているようだ。単純な慣れ合いのようなものではないことがここまでのやり取りで感じ取られた。
「でしたら貴方様のお名前をお聞かせ願えるでしょうか。これまでの人生で貴方様の種族にお会いしたことがございませんでしたので」
ドラゴンは一瞬悩んだように黙した。
『ボクの名前をそこらの人間に気安く教えるのも癪だけど、いいだろう。あの子の邪魔をせずに待機してもらっている礼だ、教えよう』
待機しているのではなく、足が竦んで動けないだけなんだが。
『ボクは誇り高き竜種、リウヴェールという。今はただ一人の主に仕える身であるがゆえ、あの子だけがボクの背中に跨ることができる』
「リウヴェール様。そのお名前、たしかに拝聴いたしました」
名前を聞けたけれども、少年が洞窟に入ってからそれなりに時間も経っているだろう。
一向に少年の姿が見えない。
『安心するといい。盗賊を縄で縛るのに少し手こずっているんだろう。すぐに子どもたちを連れて現れるさ。その後のことはお前たちに任せるよ』
リウヴェールはそうして再び顔を洞窟の方に向けたあと、こちらに一切の興味をなくしただただ主の帰りを静かに待っていた。
それからしばらくしてローブを纏った少年が洞窟から戻ってきた。
その傍らには盗賊らに捕まっていたであろう涙で目を腫らせた少女らが数人。
少女らは私たちの姿を確認して、一気に緊張の糸が解けたようで涙を溢れさせて兵士らのもとへ駆け寄ってきた。
多くの兵士が駆け寄ってきた少女らを慰めている中、私はローブの少年の様子が気になって仕方がない。
眠る小さな少女を抱きかかえた少年は、近くの木に背をもたれさせるように座らせ少しの間じっと様子を確認してからリウヴェールのもとへ行く。
二人の会話は聞こえなかったが何度か言葉を交わした後、少年はリウヴェールの翼を伝い、その背中に乗った。
もう帰ってしまうのだろうか。
リウヴェールが大きな翼をはためかせると、その巨体から吹き荒れる強風に私はわずかに目を閉じてしまった。
「少し待ってくれないか!」
私が少年に呼びかけるが、強風のせいなのかそれとも少年が私の言葉を無視しているためなのか分からいが、少年がこちらを向く様子はない。
「せめて! 名前を教えてくれないか! 私は君に感謝の意を伝えたいんだ!」
必死に声を張って少年に呼びかけるが、少年とリウヴェールはそのまま浮き上がる。
魔法も届かない程の高さまで上った二人は、リウヴェールの巨体からは想像もできないほどの速さで飛んでいってしまった。
「行ってしまった……」
こちらが盗賊の住処を前に手をこまねいている状況に現れた二人。私たちだけでは、この子らに被害が及んでいたかもしれない。
私は兵士の胸の中で泣く少女らに目を向けながら、この子らが無事だったのはひとえに二人のおかげだったと感謝につきた。
どうにかして二人を探さなければ。そしてこの気持ちを必ず伝えなければ。
「リウヴェール……」
ドラゴンの方の名前は聞いた。これを手がかりに少年を探すしかない。
「余っている者たちは洞窟の中の盗賊を連行するんだ!」
私の指示に武器を手に持った十数人の兵士たちが洞窟の中へと入っていった。
リウヴェールの言葉通りなら、少女たちの様子を見る限り、洞窟の中もすでに解決しているのだろう。
「人を寄せ付けないドラゴンに、自身の英雄だと言わしめる少年……。一体何者なんだ」
幼い少女たちを救うために舞い降りた誇り高き小さな英雄。小さな騎士。
「竜騎士……」
私は再び小さな竜騎士に会えることを強く願った。
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