第10話 救出3

 リウヴェールの言葉に首を傾げると、僕は薄い結界のような膜に囲われた。


「これは?」


『まあ、簡単な防御結界みたいなものさ。キールだけじゃなくて、中のリズたち捕まっている子たちにも同じものを施した』


 リウヴェールは洞窟の中の様子も細かく確認できているようで、盗賊の位置とリズたちの位置も捉え、リズたちだけを防御結界で覆ったようだ。


「それでこれからどうするつもり?」


『ボクが洞窟に向かって吼えるだけさ。それだけであんなやつらイチコロだよ』


 まあそうか。

 リウヴェールのような巨大なドラゴンが咆えれば、咆哮一つで意識も失うか。

 ということは、ちょっと待ってよ。


「……後ろの人たちも危なくない?」


『死にはしないよ』


「いや、守ってあげてよ」


 ティファナ様もリズたちを救出するためにここまで来てくれたんだ。それを無碍にするようなことはできない。


 リウヴェールは面倒くさそうにため息をもらす。

 すぐに僕たちの後ろにいる兵士たちからどよめきが生まれた。


 後ろを振り向くと、ティファナ様や他の兵士たちも僕と同じようにリウヴェールが施した防御結界に包まれたのが見えた。


「これで全員守れたの?」


『たぶんね。離れたところで野しょんしていたら分からないけど』


「女の子が汚い言葉を使うもんじゃないよリウヴェール……」


 呆れる僕にリウヴェールは嘲るように小さく笑った。


「まあそんな冗談が言えるんだから全員守れているんだよね。だったらリウヴェール、お願い」


 僕は自分の身体の数十倍も大きさがある翼をポンと叩くと、リウヴェールは洞窟の穴に鋭く尖った歯が密集する大きな口を近づける。


 リウヴェールは大きく息を吸うと、彼女以外の種族ではどうにも太刀打ちできない爆発に似た咆哮が上げた。


 防御結界に守られている僕には、その爆音がかなり弱められて耳に届く。

 だが、防御結界の外はまるで爆発に巻き込まれたように、木々は激しく揺さぶられ倒木するものもみられた。


 洞窟の岩肌もビリビリとそのダメージを受け、石や岩が零れ落ちる。

 立っている地面も大きく揺れ、地面に小さな割れが生じた。


 リウヴェールの咆哮は短いものだったが、見ただけでその威力がどれほどのものだったのか簡単に理解することができた。


 リウヴェールが口を閉じると、張られていた防御結界が解除される。

 後ろの兵士たちに張られていた結界も解除されたが、彼らの中にはあまりの光景に意識を失った者や腰が抜けた者、涙を浮かべている者もいた。


『これでもう大丈夫だ。中の盗賊はみんなぐっすり眠っているさ』


「ありがとうリウヴェール」


『主の命令に従ったまでだよ。あとはキール、キミに任せたよ?』


「うん。行ってくる!」


 僕は両手いっぱいの縄と灯りを持ち、洞窟の中に入る。

 薄暗い洞窟の中、点々と盗賊の男が地面に伏せていた。


 リウヴェールが言っていたけど、それでも怖い。彼らがいきなり飛び起きるんじゃないかと心配で、僕は恐る恐る横たわる盗賊に近づく。


 盗賊の口元に軽く手を当て、息があるか確かめる。


「息は……、しているみたいだ」


 僕は灯りを地面に置き、ロープで盗賊をきつく縛る。

 どうせリズたちを逃がした後、ティファナ様たちにこの場を任せるつもりだ。彼女らがここにくるまでの間、逃げられないようにするだけでいい。


 それに子どもの僕の力じゃ、たかが知れている。

 その後も僕はゆっくり歩きながら洞窟の中を進む。


 途中に見つけた盗賊たちも先ほどと同じようにロープで縛りあげてその場に放置した。


「思った以上に長い洞窟だな。でも、それもそっか。あれだけ盗賊の人たちがいるんだもんな」


 ここまでの間、かなりの数の盗賊をロープで縛ってきた。

 それだけ大所帯でこの洞窟を住処にしているのだ、それなりの広さがなければ窮屈だろう。


 奥へと進んでいくと急に天井が高くなり、横にも開けた広間に出た。

 広間の奥には、岩肌がむき出しの洞窟には似合わない豪勢な椅子やテーブルがあり、そこに大男が気を失って椅子にもたれかかっていた。


 ここが洞窟の最深部のようで、途中で見かけた盗賊たちよりも強面の男たちが数人グラスを片手に倒れている。


「うわっ。この人、泡吹いている」


 おそらくこの盗賊の長なのだろう、豪勢な椅子に座った大男を縄で縛りあげようと近づくと白目を剥きながら口から泡を吹いていた。


 椅子の足と男の足を縛り、肘掛けに腕を、背もたれと上半身を解けないよう縛った。


「ふぅ……。これで全員かな?」


 思った以上に結構な運動量で、僕の額には汗が浮き出ていた。

 それを袖で拭い、広間の中を見渡すと、端の方に横たわっているリズを見つけた。


「リズ!」


 目を閉じ横たわった姿のリズに、僕は慌てて駆け寄る。

 呼びかけても返事がない。


 もしかして……。


 気が動転しそうになりながら僕は膝をつき、リズの頭を持ち上げる。

 力も入っていない腕はだらりと地面に垂れる。


「リズ……。リズ……」


 リズの顔に耳を近づける。


「…………スー。……スー」


 小さな寝息が聞こえた。


「なんだ……。寝ているだけか……」


 よかった。本当によかった。

 リズの寝息は落ち着いているようで、顔色を見ても弱っているようには見えなかった。


 リズの周りには怯えるように僕を見つめる子たちがいた。

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