第9話 救出2

 リウが僕の肩を掴んでいる部分がとても痛い。それだけリウは真剣に、僕を信じて僕に向かい合ってくれている。


「それに忘れたのかい? キミはボクの朋友であるけれど、ボクの主でもあるんだ。リウではない、リウヴェールとしてボクは主の進む道を共に歩むつもりだ!」


 リウは続けた。


「英雄キールと、このリウヴェールがいるんだ。ボクたちにできないことなんてないよ! 立ち上がれよ、ボクの英雄!」


 リウの大きな瞳が真っすぐ僕を貫く。

 揺れる僕の瞳をただ真っすぐにひたむきに見つめる。


「リウ、僕に出来るかな?」


「出来るさ。どこぞの女神様なんかじゃなくて、ボクを信じてくれよ。万が一の時はキミを守ってあげるよ」


 リウの言葉が血流に乗って、僕の全身を熱く滾らせるような感じがした。

 目の前の朋友が僕を信じてそう言うんだ。悩むのはやめだ。


「リウ?」


 僕は立ち上がり、リウに尋ねる。


「なんだい、キール?」


「……また、リウの背中に乗ってもいいかい?」


 リウは小さく笑って立ち上がる。僕よりも少し大きな胸元を手でドンと叩き破顔する。


「もちろんさキール。ボクたちが今心配することは、リズを救えるかじゃない」


「なに?」


「リズを連れて帰ってきた後、オヴェルさんとコレットさん二人との留守番の約束を破った時の説教だけさ!」


 僕は思わず笑ってしまった。

 不安に曇っていた頭の中もすっきりと晴れた。


 僕はローブを手に取り、ドアを勢いよく開ける。

 その後ろをリウがついてくる。


 リウを救った時と同じ、星がよく見える夜空。

 辺りに誰もいないことを確認して、僕はローブを纏った。


「リウ——、いや、行こうリウヴェール! リズを救いに」


 リウは静かに頷くと、その全身が淡い光に包まれる。

 みるみるうちにリウの姿が、あの日見た巨大なリウヴェールの姿に変わっていった。


『主の仰せの通りに、キール』


 リウヴェールの下ろした翼の上を歩いて、大きな背中に乗って掴まる。

 大きく羽ばたいたリウヴェールは一気に上空へと飛翔する。


 見下ろした先には家々や街の明かりが小さく見える。全てを見下ろす絶対の強者、リウヴェール。

 そんな彼女の背中に乗った僕の心には一抹の不安もなかった。


 いつもよりも数多の星に近づいた僕は自然と手を星に向けて伸ばしてしまう。

 高速で飛ぶリウヴェールに僕は尋ねた。


「リウヴェール、リズの居場所は分かるの?」


『既に索敵し終わった。リズと一緒に下郎らの居場所も特定した』


「分かった。リウヴェールに任せるよ」


 リウヴェールは咆哮一つして、僕たちはリズが捕らえられている所へ向かった。





『キール、見えてきたよ。あそこの洞窟だ』


 街のはずれ、普段遊んでいた森よりもかなり鬱蒼とした中に一箇所開けたところがあり、そこに洞窟の入り口が見えた。


「あそこにリズがいるんだね?」


『間違いない』


 洞窟の入り口には明りを持った武装した兵士の多くが集まっていた。

 その中心には多くの兵士に囲まれた一際上質な鎧に袖を通している女性が指揮を執りながら立っていた。


 近くに立っている旗印からコリンズ領の領主だということが分かる。


「リウヴェール、どこに降りるつもり?」


『もちろん洞窟の正面さ』


「大丈夫? あの人たち踏みつぶさない?」


 下には多くの兵士が集まっている。リウヴェールの巨体では彼らを踏みつぶしてしまうかもしれない。


『注意はしよう。それにボクの姿を見たら自ずと避けるんじゃないかな?』


 僕はリウヴェールの大きな身体を見て、頷く。


「そうだね。今のリウヴェールの姿、怖いもんね」


『荘厳だと言ってほしいね。……キール、降りるよ』


 洞窟の入り口に向かって真っすぐ降下していくリウヴェール。

 リウヴェールの強烈な重圧を感じ取ってか、兵士たちが空を見上げ騒がしくなる。


「な、なんだあれは!?」


 兵士はリウヴェールを指さし、恐怖に声を震わせていた。


「ティファナ様、今すぐここから退避を!」


「どうした! 何があった!?」


 上質な鎧を身に纏った女領主が声を荒げて兵士に尋ねる。


「上空から何やら謎の巨体が急接近しています! このままでは我々が踏みつぶされてしまいます!」


 兵士の言葉に領主であるティファナ様が夜空を見上げる。

 真っ暗な空を、星々を隠す巨大な影。リウヴェールを確認したティファナ様が唾を飲み込んで大きく息を吸った。


「全員、退避!!」


 ティファナ様の切迫した声に、全ての兵士が速やかに散開していく。


「リウヴェール、開けたよ」


『これで踏みつぶす心配もなくなったね』


 大きな地響きを巻き起こしリウヴェールの巨体が洞窟の前に降り立つ。

 リウヴェールを避けるように散開した兵士の多くが、その姿に恐れ腰を抜かしていた。


 コリンズ領主と思われるティファナ様だけは剣を地面に突き立て仁王立ちで僕たちの様子を窺っている。


 とはいえ、彼女もリウヴェールの威圧感に圧倒されているのか表情は堅い。

 僕も彼女たちに構っていられるほど余裕がない状況なので、彼女たちの無事を確認してリウヴェールの翼を伝い、地面に降りた。


「リズはこの中なの?」


『そうだね』


「でもどうしようか、中には盗賊もいるんでしょ? 僕ひとりじゃどうしようもないんだけど……」


『キールは剣もまともに振れないからね。でも大丈夫さ』

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