第8話 救出1

 間違いなく怒られる。

 すっかり外は真っ暗になった頃に僕たちは家に到着した。

 母さんのカミナリが落ちると覚悟して、おそるおそる家のドアを開ける。


「ただいま……」


 中を窺うようにしてゆっくりと家の中に入るが、母さんと父さんが何やら慌てふためいていた。


「父さん、母さん、どうしたの?」


 僕とリウは家の中に入り、汗を浮かべている母に尋ねた。


「キールにリウ、帰ったの!? 遅いじゃない!」


「ご、ごめんなさい」


 これから長い説教に入るのを覚悟していた僕だったけど、なぜかそうはならなかった。


「でも無事に帰ってきたのならよかったわ。でも……」


「うん?」


 不安そうな顔を浮かべたままの母さんに僕は首を傾げる。


「リズベットがまだ帰ってきていないんだ。キール、途中でリズを見かけなかったかい?」


「えっ、リズが?」


 僕はリウと顔を見合わせるが、リウは横に首を振るだけ。


「僕たちは見かけていないけど」


「心配だな。無事ならいいんだけど、事故とかに巻き込まれていないといいんだがな」


 腕を組んでため息をもらす父さんと、その横で泣き始める母さん。


「そんな悠長なこと……。私たちのリズベットが」


「今、街の衛兵の方々に動いてもらっているんだよ、心配ないさコレット」


 父さんは泣く母さんを落ち着かせながら、今の状況を僕とリウに説明した。

 どうやら家に戻ってきていないのはリズベットだけではなく、その友だちもだそうだ。


 衛兵らは盗賊の誘拐を視野に捜索に動いているみたいだが、相手が盗賊ならば警戒して事に当たらなければいけないらしく領主も前線に出るとのことだった。


 噂ではこの辺で有名な盗賊を見かけた人がいるらしい。

 もしそんな盗賊のところにリズベットが捕まっているとしたら。

 僕とリウは涙に目を晴らす母を見つめるが、僕も居ても立っても居られない。


「私たちにできることといったら……」


 母がそう言うが、二人は簡単な魔法しか扱えず剣も上手く扱えない。衛兵たちの力になることはできないのだ。


「キール、リウ、父さんと母さんは他の人たちと一緒に教会まで行ってリーゼロッテ様にお祈りを捧げにいくからここで待っていなさい」


 母さんの肩を掴み、腕を貸す父さん。

 父さんの腕に掴まりながらドアの方へ母さんも向かっていく。


「えっ、でも。僕たちも」


「外は暗いんだ。お前たちは待っていてくれないか? 母さんの前であれだが、あまりこれ以上の……」


 リウは僕の肩を優しく叩き、首を横に振った。

 もしこの暗い外に、盗賊たちがいたとしたら。父さんと母さんでは僕たちを守れないかもしれない。父さんはこれ以上の心配を母さんにかけさせたくないようだった。


「分かったよ、父さん」


「それじゃあ、行ってくるから留守番頼んだぞ」


 僕の言葉に父さんは頷いて返すと母さんを連れて教会へと向かった。

 僕とリウの二人きりになった家の中は静まり返るのみ。


 リズベットが心配だけど、僕にはどうすることもできない。

 現金な話だが、さっき初めて知った女神様にリズベットの無事を祈りたいけれども教会にも行けない。


「どうしよう、リウ……」


 僕はただただリウに尋ねることしかできなかった。


「リズが心配かい?」


「それはそうさ!」


 頭を抱えながら座り込む僕の横にそっとリウが座る。

 少しの沈黙の後、リウが口を開いた。


「それならボクたちでリズを救いに行こうじゃないか」


「えっ? 僕とリウで?」


「そうだよ」


「無理に決まっているじゃないか……。僕はまともに魔法も使えなければ剣も振れない。体力だってリウに負けるほどだよ。そんな僕が行ったところで足手まといにしかならないよ」


 僕が非力だからこそ、両親も教会に行くのに僕を言えに置いていったんだ。この暗闇を歩かせるのも恐ろしいから。


 そんな僕にリウは何を言っているんだ。


「リズが大事じゃないのかい?」


 僕は顔を持ち上げて、こちらを向いているリズの顔を真っすぐに見る。


「出来ることなら僕が助けてあげたい。リズのただ一人の兄なんだから! でも……」


 気持ちだけで変わるのだったら、これほど簡単なことはない。

 僕の言葉を聞いても、それでも変わらずリウは僕の目をその大きな瞳で見つめる。


「キール、忘れたのかい? キミは瀕死だったボクを助けてくれたんだよ? 他の誰にも出来ないことをキミは成し遂げたんだ。そんなキミがなにを言っているんだい?」


「リウ……」


 リウを救った日のことを僕は思い出す。

 真っ赤な血に染まり、泥にまみれて、それでも僕の数百倍も大きな巨体のリウを僕は救った。


 あの日、たまたま瀕死のリウに出会った。たまたま人間と言葉を交わす気になったリウのおかげで僕は動くことができた。そしてたまたま僕が拾った不思議な本の力でリウは一命を取り留めた。


 そんな偶然だらけのことに、僕は自分を誇ることができない。


「キミがボクを救ったのには多くの偶然が重なったからかもしれない。だけどねキール、それでもキミが竜種であるボクを救ってくれたことには変わりないんだ」


 リウは僕の両肩を掴み、顔だけをリウに向けていた僕の上体をリウの正面に向かわせた。


「そんな英雄のキールが、人間の女の子一人救えないでどうするのさ!」

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