第7話 教会3

「はい。よく言われるんですけど、僕おとこです」


「あら、ごめんなさいね。その、なんというか、とっても——」


「かわいいですよね?」


 間から割り込むようにしてリウがシスターの言葉の続きを言った。


「ええ。大きな瞳に可愛らしい目元が、ね。でも君が——。ええっと、ごめんなさいい君たちのお名前は?」


 リウが絵の描かれた白いティーカップをテーブルに置いて挨拶をする。


「ボクはリウだよ、よろしく」


「僕はキールです」


「私はマリー。ここのシスターをしているの、よろしくねキールくんとリウ、ちゃんでよかったわよね?」


「はい、ボクは女の子なので」


「よかったわ。お姉さん今君たちを見た目で信じられなくなっていたから」


 笑いながらティーカップに手を伸ばすマリーさん。


「キールくんは大人になったらとっても女の子にモテそうね。とっても美形に成長すると思うわよ?」


「僕としては男らしくなりたいんだけど……」


「それはもったいないわよ、これだけの逸材なんだから」


 やっぱりまだ女の子に間違われるんだ。

 僕はため息をついてから湯気が立つ紅茶を飲んだ。


 それから僕たちはこの街のはずれにある集落に住んでいることや、よく遊びに街まで出かけていたけれど、遠くて行かなかったこの教会の方に初めて来てみたことを話した。


「そうなの、コリンズ領の子だったのね。それなのにリーゼロッテ様を知らないなんて悪い子たちなのね、うふふ」


「ごめんなさい」


 僕は潔くマリーさんに謝る。


「いいのよ。子どもには退屈でつまらないお話だものね」


 マリーさんは客間に掛けられた女神の絵に目を向けながら話し始めた。僕たちも石像の女神と同じ女性の色が塗られた絵に目を向ける。


「彼女は女神リーゼロッテ様。この国カーネル帝国が崇める唯一神よ。庭と聖堂にあった石像と同じお方ね」


 両手を前に組み、祈る仕草を取るマリーさん。


「リーゼロッテ様はなにをしたの?」


 そんなマリーさんを横に見ながら白いローブを身に纏う女神の絵を見ながら僕は尋ねた。


「リーゼロッテ様はこの世界に奇跡の力を広められたのよ」


「奇跡の力?」


「魔法という奇跡の力。その魔法の知識を皆に広め、そして多くの者を救っていった。今私たちがこうして生活できているのもリーゼロッテ様のおかげなのよ、キールくん」


「そうなんですか……」


 知らなかった。魔法について僕はまだ扱えないけど、街の人たちが簡単な生活魔法や魔道具を使っているのはよく見かけていた。


 父さんや母さんも簡単な魔法は使える。

 そんな魔法の知識をこうして当たり前になるまで広めたのがこのリーゼロッテ様だなんて。もしかしたら母さんも同じ説明を僕にしてくれていたのかもしれないけれど、聞き流して悪いことをしたなぁ。


 その後もマリーさんはこの女神様について優しく分かりやすく説明してくれて、僕は頷きながら聞き入っていたけれど、横のリウは退屈そうに紅茶を飲んだりクッキーを食べたりとまるでマリーさんの話を聞いている様子ではなかった。


 あげくに欠伸までしているし。


「——そんなわけだからキールくんも熱心に女神様にお祈りを捧げてね?」


「わかりました」


 僕を見てほほ笑むマリーさんを横に、僕は絵画に描かれた女神様の姿を観察していた。


「なによ、キール。この女神様に見惚れちゃったの? ボクというものがありながらキミ、とんだ浮気性だねっ」


「ち、ちがうよ! なにを言ってるんだよリウ」


 じっと絵画を眺めていた僕に、リウは頬を膨らませながら顔を背けてしまった。


「うふふ、リウちゃんも可愛いわね。でも男の子なんだから仕方がないことよ? リーゼロッテ様は絶世の美女だったと聞いているし。この絵に描かれたお姿よりもとっても美しいみたいだから」


 大きな瞳でキッと僕を睨むリウ。

 ただ眺めていただけなのに、僕にどうしろと。


「ふんっ。串焼きもう二本追加だからね!」


「そ、そんなぁ」


 少ないお小遣いがリウにむしり取られてしまう。僕はがっくりとうなだれた。


「うふふ。……あら、すっかり暗くなってきてしまったわね。帰らなくて大丈夫?」


 マリーさんに言われ、窓を覗くとすっかり外は暗くなってしまっていた。


「まずい! はやく帰らないと母さんに怒られる」


「えっ、もうそんな時間?」


 先ほどまでふくれていたリウも外を見て、慌てたように立ち上がる。

 僕も立ち上がり、急いで帰る支度をした。


「ごめんなさいマリーさん。お菓子までもらってこんな」


「いいのよキールくん。久しぶり誰かとお話できて私も楽しかったから」


 僕の知らなかったこと、もっとお話しを聞きたいな。


「また来てもいいですか?」


「ええ、ぜひいらっしゃい。また別のお菓子を準備しておくわよ?」


「ありがとうございます」


「外は暗いから気をつけて帰ってね」


 僕はマリーさんにお辞儀をして客間を後にした。

 リウと一緒に急いで帰る。


 本当はだめなんだろうけれど、聖堂の中を走り扉から外に出た。

 後ろから見ていたマリーさんはそれでも怒らず優しく見守っているだけだった。本当に優しい人みたいだ。


「ふん、またここに来たいだなんて、キールは女神様が目当てなの? それともマリーさんが目当てなの?」


「だから、そんなんじゃないって」


 勘違いしてしまっているリウは僕の言葉に聞く耳をもたないようだった。


「まあ、仕方ないんだもんね。キールは男の子なんだから!」


「もう許してよ、リウ」


 丘を駆け下りながら僕たちは急いで家路を進んだ。

 途中、串焼きの露店を見かけたがもう遅いことを理由にリウに奢るのはまた別の日になったのだった。

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