第6話 教会2
こうなってしまうと僕にはリウを止めることができない。仕方なくリウの後を追って僕も駆けだした。
人間の僕と上位種の竜であるリウでは運動能力に大きな差がある。
僕がどれだけ必死に走ってもまるで追いつける気がしない。
「はやいよ、リウ!」
「キール、遅いよー! これじゃ、今日もボクの勝ちかな?」
余裕そうに笑うリウの背中に、むかし僕を追って小さな足を一生懸命に動かしていた妹のリズベットを思い出した。
くそ、兄としての威厳が……。リズベットにはこんな姿は見せられないな。
それから息を切らしながら走っても結局ゴールの教会まで僕はリウに追いつくことができなかった。
「はぁ、はぁ。やっと、着いた……」
「遅かったねキール。串焼き、おねがいね! それにしても、この教会けっこう大きいね」
「領主様の館くらいの大きさじゃないかな?」
後ろ手を組んで、建物の周りをぐるりとまわり始めるリウ。
僕も息を落ち着かせながらリウの横を歩く。
「見晴らし、いいね」
街で一番高い丘に建てられている教会。ここからは街や僕たちが住んでいる集落も一望できて見晴らしも良い。
教会の正面から少し入ったところに大きな女神像が一体建っていた。
「この石像は?」
「なんだったかな、罰当たりだけど僕もそんなに知らないんだよね。母さんや父さんに付き合って祈っているけどよく覚えてない」
母さんが昔、この宗教について何度も説明していたけどまるで興味がなかった僕はいつも聞き流していた。
「人間の世界では大事なことなんでしょ? キール、しっかりしなきゃ」
女神の石像を触りながらリウが言う。
長く雨風にさらされていたからだろうか、石像の表面には細かな傷が多く見られた。
「リウだって一緒でしょ。今は僕と一緒に人間の世界で生きているんだから」
「ボクはいいんだよ。一時で滅んでしまう宗教のことなんかいちいち覚えてられないよ」
「……まあ、そっか」
綺麗な見た目をしているけれど、リウはドラゴンだ。その寿命も時間の進み方も僕とは全然違う。
僕の一生はリウの一生の中では一瞬。
こういった些細なところでリウと僕の違いを見せつけられる。
僕たちは管理が行き届いた芝の上を歩きながら教会の扉に近づく。
「勝手に入っていいのかな?」
「バレても信者だって言えばいいんでしょ?」
「本当にリウは楽観だなぁ」
こういったリウの楽観的な考え方も、彼女がドラゴンだからなのだろうか。
僕が扉に手をかけた時だった。
「あら? こんなところに可愛いお客様が」
庭の横のほうから一人のシスターが現れた。
「よくここまで登ってきましたね。小さい身体には大変だったでしょう?」
優しく微笑みかけてくるシスターに、勝手に入ろうとしていた僕は思わず後ずさってしまった。
「そんな怖がらなくても怒らないですよ? 君たちはここでは珍しいお客様なんだから、ほら中にお入りなさい。お茶菓子も出してあげますよ」
シスターが僕の代わりに扉を開き、僕たちを招き入れる。
「それじゃ、お言葉に甘えてー」
「リ、リウってば」
どんどんと中に入っていくリウに僕は制止を呼びかけるが一向に聞く気はないようだ。
「うふふ、君も。ね?」
「はい……。お言葉に甘えて」
シスターとともに聖堂の中に入った僕は、中央に見える大きなステンドグラスに目を惹かれた。
高い天井に窓が設けられており、自然の光が入り込みステンドグラスを鮮やかに照らす。
ステンドグラスの前には外で見かけた女神と同じ石像が建っており、それに向かうようにして長椅子が何個も並べられていた。
扉から石像まで伸びる赤い絨毯の上を歩きながら先へ進む。
「すごい……。きれいだ」
「そうでしょう? お掃除はすごく大変だけどこうして見ているだけで心が洗われるのよ。……ん? どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありません」
独特な静謐な空気が流れる中、シスターが信奉するこの宗教のことを知らない僕は罪悪感を覚えてしまう。
「それでお姉さん、この女神はなんていうの?」
そんな引け目に感じている僕を置いて、リウがざっくばらんにシスターに尋ねた。
「ちょ、ちょっとリウ。少しは考えて」
「うふふ。あの子もそうだけど、もしかして君もリーゼロッテ様を知らないのかしら?」
「それは……」
僕は横のシスターから目を外して伏せる。だけど、シスターは優しい人のようでまるで僕たちを怒るつもりはないようだ。
「こっちにいらっしゃい。お茶菓子を食べながらお話をしましょうか」
シスターに連れられて、聖堂の横へと進んでいくと客間のようなところに通される。
僕とリウはシスターに座って待つように言われ家のものとは比べ物にならないほど柔らかなソファに座りシスターを待った。
「あのシスターのお姉さんが優しかったから良かったものを……。リウ、別の人だったら怒られていたかもしれないよ」
「その時は飛んで逃げればいいんだよ。あっという間にシスターの前から逃げられるわ!」
「そんなめちゃくちゃな」
リウと話しているとドアが開かれ、トレーを持ったシスターが入ってきた。
「おまたせ」
僕たちに向かい合うように座ったシスター。その顔を真正面から見たところ、母さんよりも若そうだった。
カップにお茶が注がれ、僕とリウの前に差し出される。
茶葉の香りがふわりと漂い、口にしたことがない高級なものだと香りだけですぐに分かった。
シスターの手製だというクッキーを口に入れると、サクサクで柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、この一瞬だけは貴族様の子どもになったような気持ちになった。
「お嬢ちゃんたちはこの辺りの子じゃないの? 女神様を知らないようだから」
目じりの下がった優し気な目で僕とリウを見たシスターが尋ねてきた。
「ぷっ、お嬢ちゃんだってキール。言われてるよー?」
「笑うなよ」
「うん? えっ、もしかして君、男の子なの?」
シスターがリウの言葉の意味を察したようで、驚いた様子で僕の顔を覗くようにして見てきた。
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