第5話 教会1

 二年後。

 僕は八歳になった。背もリウと出会った頃よりも高くなったけれど、まだリウよりも低いままだ。


 四歳のときよりも随分と力もついた気がするし、男らしい顔つきになった気もする。

 僕は腕を曲げて力こぶを作って見せる。わずかに、本当にわずかだけど筋肉の膨らみができたような気がする。


「キールはいつ見ても可愛いなあ。キールもリズも、ボクの自慢の妹だよ!」


「僕は女じゃない! 男だ!」


 横からやってきたリウは僕の頭を撫でてきたが、僕はそれを急いで払い除ける。

 悔しい。僕よりも背が高いリウがうらやましい。


「そうだったね。ボクの可愛い弟だよキール」


「手を頭の上に乗せるのをやめてよリウ! それにどうして僕がリウの弟なんだ!」


「なんでって、キールはボクよりも背が低いじゃないか。それに」


「それに?」


 リウは手で僕の両頬を挟みながら顔を近づけてきて言う。


「こんなに可愛い顔をしていてボクのお兄さんになれるわけないでしょ?」


「ぐぬぬぬ……」


 僕の頬を挟んでいた手をはじくと、リウは大きく口を開いて笑ってみせた。


「あは、あははは、ごめんねキール」


 思わず膨れてしまう僕だが、そんな僕を横にリウは笑ったままだった。

 この四年間でリウの容姿も変わった。


 出会った時以降リウのドラゴン形態を見ることがなかったため、ドラゴンの姿でどれだけ成長したかは分からないけれど、その分人型のリウの成長ははっきりと分かった。


 背は常に僕よりも少し高い丈で成長し、もともと釣り目なのも要因だろう、幼いなりに見た目はすっかり凛々しさが染みついていた。


 目力のある大きな瞳に白い柔肌、青みがかった長い髪は周りの目を引き付ける。

 リウ、僕、リズベットはよく三姉妹として同世代の男の子からモテていた。もちろん僕に関してはこの女々しい顔立ちをいじった面の方が強いだろうけど。


「キール、今日はどうする?」


「どうしようか。そういえばリズはどこに行ったの?」


 家の中を探してみるがリズベットの姿が見当たらない。


「リズなら友だちのところに遊びに行ったよ。よかったねー、やっとお兄ちゃん離れしてくれたみたいで」


 最近リズベットに友だちができたようで、頻繁に友だちと遊びに出かけることが多くなった。

 小さい頃はあれだけ僕にべったりだったのに、今では一緒に遊ぶ方が少ない。


「あっ、それともキールはリズがいないと寂しいのかな?」


「リウ、うるさいよ!」


「あはは、ごめんごめん。怒らないでよキール」


 もうすでに父のオヴェルは仕事に出かけたようで、母のコレットが家で縫い物をしていた。炊事であれば手伝うこともあっただろうけど、縫い物となると僕の出番はなくどうすることもできない。


「というわけで二人で遊ぼうか、キール」


「うーん、そうだね。とりあえず街に出かけようよ」


 僕たちは身支度を済ませ、母さんに声をかける。


「母さん、行ってきます」


「キールもリウも気をつけてね。最近、物騒だって噂だから暗くなる前に帰ってくるのよ?」


「はーい。コレットさん行ってきまーす」


 リウが返事をして僕たちは出かけた。

 僕たちが住んでいるところは街の中心から少し離れたところで、歩く地面も砂利道で馬車の通った轍ができている。


 基本的に僕たち庶民が生活するところは街の中心から離れたこの辺りで集落を築いて皆で助け合いながら生活をしている。極めて貧しいということもまったくなく、贅沢はできないけれど、何不自由なく暮らすことができている。


 そこから賑やかな声がする方向に足を進めていくとカーネル帝国コリンズ領の中心街に辿り着く。

 ここで父さんも働いており、コリンズ領の多くの人々がここに集まって娯楽を楽しんだり働いて収入を得ている。


 幸いにしてコリンズ領の領主も人徳ある人で、理不尽に厳しい税を課したりなどはなく領民は皆のびのびと暮らしている。


 街の中には大きな時計台があり、コリンズ領のシンボルとなっている。この時計でコリンズ領の領民は今が何時なのか確かめるのである。僕たちもよく時計台の前を遊ぶ集合場所にしている。


 通りも広く作られていることから子供たちは気兼ねなく走り回れる。


「やっぱり石畳はいいよね。砂利道だと、雨が降った日は最悪だよ」


 僕は中心街の敷き詰められた石畳の上を歩きながら、とりあえず時計台に向かった。


「そんなこと言ったって仕方ないでしょキール。それに石畳の範囲も徐々に広がっているらしいしさ」


「僕たちの家の前まで来るのにあとどれだけかかるんだよ。靴が汚れるのも大変なんだよ」


 リウはまったく気にしていない様子でくるくる回りながら歩き、


「ボクはその気になれば飛んで行けるしねー」


 と冗談交じりに呟いた。


「それはそうだけど、リウそんなことすれば大騒ぎになるよ」


「しないしない。ボクの竜の姿はキールだけに見せるものなんだからさ」


 時計の針が昼過ぎを示し、大きく鐘が鳴った。


「それよりどこに行こうかキール? 二年も過ごせばこの街の大体のところは見て回ったけど」


 僕は時計台の奥に見える小高い丘に目をやる。

 そこにはこの街でも大きな教会が建っており、カーネル帝国でも信奉されている唯一神を祀っている。


「教会に行ってみない? これだけコリンズ領に住んでいて教会の方には行ったことないんだよね。リウはどうなの?」


「ボクも同じだよ。一人だとあんまり中心街の方まで出かけなかったし、行くときはいつもキールと一緒でしょ?」


「それじゃあ」


「うん、丘の上の教会まで勝負よ」


 そう言ってリウは教会に向かって駆けだした。


「お、おいリウ!」


「負けた方は串焼きの奢りだから!」


 リウは走る足を止めず僕の方を振り返りながらにこりとほほ笑んだ。


「いきなりそんな。待ってよ、あと、飛ぶのはなしだからね!」

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