第3話 出会い3
ドラゴンの言葉は僕には理解できないものだったけど、目の前の木の実や果物ではどうしようもなく、とりあえず力のあるものを持って来ればいいことだけはわかった。
『まあ、そんなものがあればとっくにボクは自分で食べて治っているだろうけどね』
弱ったドラゴンを前にボクは何とかしてあげたい一心だった。
よくわからない、魔力が強いものはどこかにないか? ドラゴンの傷が癒えるものは近くにないか?
僕は再び森の中を駆けた。
陽が沈み始めて、段々と森の中が薄暗くなっていった。
視界も徐々に悪くなっていく。
「うわっ!」
僕は木の根に足を取られ、躓いてしまった。
受け身も十分に取れず両の手を広げて前から地面に突っ伏してしまう。口の中に砂が入ってしまい、気持ち悪い。
必死に砂を吐き出そうとするがなかなか全部は吐き出せない。
こんなことに時間をかけているひまはないな。早くしないとあのドラゴンが……。
引っかかった足元に目をやると、淡く光る何かがあった。
「さっきまでこんな光、あったかな?」
見たこともない淡い光。温かみのある綺麗な光。
それに手を伸ばし、ボクは光を発しているものを手に掴む。
「……本?」
表紙にはなんて書いてあるか分からないけど、かなり古そうで、革製のカバーもかなり傷んでいるようだった。
本全体が淡い光で輝いていて、持った手の平がじりじりと微かに焼けるような痛みを覚える。
「これなんか、どうかな」
本の中身を読もうにもなぜだかページは開けず、中を見ることも出来ない。
ただ、本を持つ手が痛いし不思議な光を発しているところからドラゴンが言っていたものと一緒か分からないが、僕の知らない強い力を持つ何かであることは理解できた。
本を落とさないように腕で抱え込みながら来た道を走る。
途中、何度と足を取られそうになるが、必死に耐えて前に進む。
足もところどころじんじんと痛みが現れ、擦り傷をたくさん作ってしまっているようだったが、今の僕にはそんなことよりもいち早くドラゴンのもとに戻ることで必死だった。
広場に戻った僕は、いまだ寝たままのドラゴンの顔の近くまでやっていき本を掲げた。
「これは? これだったら治る?」
僕の声にゆっくりと目を開けるドラゴン。
『また何を持ってきた? ……これは!?』
急に大きく目を開くドラゴン。
その大きな瞳には淡く光を発する本が映されていた。
『こんなところにどうしてこれが……。いや、この子が真に必要としたからか。ふん、忌々しいが今のボクには九死に一生といったところか』
顔はドラゴンの血で真っ赤、全身は転んだ時の汚れや擦り傷で赤く滲んだ僕の姿を見たドラゴンは少し顔を持ち上げて僕に尋ねてきた。
『貴様、名前は?』
「ぼ、僕? 僕はキール」
『キール。確と覚えた。キールよ、その本をボクの口の中に入れてくれないか?』
「これを? 食べられるの?」
『消化はできん。だが、その魔力を吸収することはできる。早くしてくれ、キール。寒気がひどいのだ』
わずかに持ち上げた顔の隙間から、ドラゴンの堅い鱗の皮膚に深い裂傷が見えた。今も絶えず血が流れ続いており、止まる気配はない。
僕はドラゴンに言われたとおり、手のひらをじわりと焼く本を、大きく開かれたドラゴンの口の中に放り投げたのだった。
口を閉じて本を飲み込んだドラゴンは立ち上がり、大きく身体を震わせると、大きく一つ咆哮した。
『さすがは……。ボクにこれが御せられるか? いや、やらないと死ぬだけか』
静まり返る暗い森の中をドラゴンの巨体が激痛に耐えるように悶えうつ。
『キール、離れていろ。でないと踏みつけてしまうぞ』
僕は慌ててドラゴンから離れ、木の陰からドラゴンの様子を覗き、見守った。
一度大量に血を口から吐き出したドラゴンだったが、しばらくすると身体全体が本と同じ淡い光に包まれて裂傷を癒していった。
絶えず血を流し続けていた夥しい裂傷も星よりも柔らかな光に包まれて癒えていく。
ドラゴンを包んでいた光が徐々に薄れていき、全てが消えるとドラゴンの身体からビリビリと僕の全身突き刺すような威圧感が発せられていた。
再び恐怖に足が震える僕。
『キールよ、助かった』
「治ったの?」
『ああ、死んでいたはずの命、キールのおかげで救われた。この恩は一生忘れない』
「そ、そっか。それはよかった」
『何か望みはあるか、キール』
「のぞみ?」
上体を持ち上げたドラゴンは木々よりも高く大きな身体をしていた。
そんな上から見下ろされる僕はただただ圧倒され、見上げる首が痛くなっていた。
『本来ならばボクはここで死んでいた。そうしたならばキールは莫大な富を得ていたはずだが、それを顧みずボクを助けてくれた。ならばその恩に答えなければ誇り高き種の名が廃る』
「そんな、僕はただ……」
ただ一心にこのドラゴンを助けてあげたいと動いただけだった。
それ以上のことは何もない。
だから、
「とくにのぞみは、ないかな」
『ふむ』
困ったように沈黙するドラゴン。
静かに頭を下げ、僕の近くに持っていく。
このままだと埒が明かないと考えた僕は、たった今ぱっと思い浮かべた願いを口にした。
「だったら、一つあるんだけど」
『なんだ?』
「その背に乗って空を飛んでみたいんだ」
僕はこのドラゴンに大きな翼が生えているのを思い出して、それを口にしたのだ。
『誇り高き竜種のボクの背に乗りたいと、そうキールは言ったのか?』
「えっ? うん、だめかな?」
ドラゴンはしばらく沈黙したあと、大きく笑い声を上げた。
それは木々を震わせ、再び周りの鳥が飛び立ってしまうほどに大きく森を震わせて。
『いいだろう。今よりこのリウヴェール、我が主にして弱き朋友のためにある。この背に乗せるはキールのみ。ボクにとってはひと時の戯れ、キールが生きる限り共にこの生を全うすることを誓おう』
「う、うん? 乗っていいの?」
ドラゴン——、リウヴェールが何を言っているのか分からなかったがとりあえず背中に乗せてもらえそうなことだけは分かった。
『乗るがよい、キールよ』
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