第2話 出会い2
魔獣がこんな森の浅いところで出るという話を聞いたことがない。
昔はよく出てきたようだが、街の人たちや冒険者が魔獣を一掃したという風に父さんから聞いている。
それから常に大人たちで森を管理しているので、魔獣が姿現すことは滅多にないのだ。
「なんだろう……」
恐る恐る僕は音の鳴ったほうに足を進める。
どきどきと鼓動がいつもよりも早くなるが、すごく高揚している。
ゆっくり、枝をかき分けて、先へ向かう。
木の棒をいつも以上に力強く握りしめ、身体の前で構えながら歩く。
「けっこう歩いたんだけどな」
かなり大きな音だった。
てっきり近くで鳴ったものだとばかり思っていたけど、距離はけっこう離れていたようだ。
ということは、落ちたものはかなり大きいものなのか?
進んでいくと、太い木が何本も根本からへし折られて倒木しているのが見えた。
落ちてきたものに当たって、その勢いで倒れたのかもしれない。
横に倒れた木を登ってその先へ進む。
「はぁ、はぁ、はぁ」
小さい身体では木を越えるのにも身体全体を使わなければならないため、どうしても息が上がってしまう。
手が汚れ、服を汚しながら辿り着いた先は、木々が倒され広場のように開けた場所になっていた。
「なんだ、これ。……岩?」
そしてその広場の中央には白くごつごつとした大きな岩が一つ落ちていた。僕の身体の何十倍、何百倍もある大きな岩。
見たこともない大きな岩に、僕は勢いよく気の棒を振り上げて叩きつけた。
「やあっ!」
硬い岩に棒ははじき返され僕はその反動で後ろに尻餅をついてしまった。
「いてて……。なんだこれ、すごくかたいぞ」
立ち上がった僕は服の汚れを落とそうと手で払おうとした。
「なんか、変なかんじ」
僕の手がなんともぬるぬるとしていた。
まるで粘性のある洗剤に手を突っ込んだ時のようなぬるぬる感。
泥でもついたのだろうかと首を傾げながら僕は自分の手を見た。
「えっ、なにこれ。……赤い」
ぬるぬるの正体は赤い液体。
鼻を近づけて臭いを嗅ぐと、すごくくさい。
「もしかして、これって、血?」
嗅いだことのある刺激臭。
僕の手についていたのは大量の赤い血だったのだ。
こうして気づいてみれば、普段の緑の地面は白い岩を中心に赤く染まっていた。
「ど、どうしてこんなところに、血が……?」
僕は恐ろしくなって膝が崩れてしまう。
ぺたりと力なく尻餅をついた僕の目の前で、大きな岩が動き出した。
「なになになに、なに!?」
大きな岩は動きを続け、僕はただそれを見ていることしかできない。
手で色んなところを触ってしまったため、僕の顔にも大量の血が付着してしまっているのだろう。拭いても吹いても顔に付着した気持ち悪さがぬぐえない。
気づけば岩に大きな瞳が現れた。大きく裂けた口からは大人たちが持っている剣よりも鋭く大きな牙が何本も見える。
ごつごつした岩肌は、まるで魚の鱗を大きくしたよう。
なぎ倒された太い木よりも横に大きく伸びた岩の端は尻尾。
傾いた陽の光を上で遮るのは岩から伸びた二つの翼のよう。
「こ、これって……」
大きな瞳に反射するのは顔を真っ赤に染め、涙を浮かべる僕の顔。
恐怖のあまり歯がガタガタと震えてうまく噛み合わない。
『……人の子か。こんなところに、こんな小さな者がやってくるとはな』
大きく開かれた口からは聞きなれた言葉が。
「……ドラゴン」
目の前の岩は物語でよく耳にしてきた特徴をしていた。
人前に滅多に姿を現さないことから、空想上の生物ともいわれていた伝説の生物。
ドラゴン。
全てのものの上に立つ、絶対の強者。
それが僕の目の前にいたのだ。
『ふん……。今のボクには貴様をどうすることもできない』
恐怖のあまりドラゴンの言葉をうまく聞き取れなかった僕だったが、ドラゴンの大きな口から血が垂れているのが見えた。
「ケガを……、しているの?」
『普段ならば弱者の言葉に耳を傾けてやることなどないが、最期くらい戯れもいいだろう』
ドラゴンは目を閉じながら大きな独り言を言う。
『貴様にはどうしようもない致命傷だ』
「ちめいしょう?」
『つまりボクはこのままだと、この傷のせいで死ぬということだ』
僕の手についているこの赤い血は、このドラゴンのものだったのか。
「ど、どうするの?」
『放っておけ。貴様にできることはない』
「でも……」
ゆっくりと首を垂れるドラゴンはどうやら僕を襲いかかるつもりがないようだ。
そうと分かれば何だかこのドラゴンに対して抱いていた恐怖心が薄らいでいく。
『人の世ではボクの身体は高値が付くらしいな。貴様とここで会ったのも何かの縁だ。ボクが死んだらこの身体、貴様の好きにしていいぞ』
「えっ?」
『焼いて食おうが、売って莫大な富を得ようが、貴様の好きなようにしていいと言っているんだ。ボクが許す』
まるで死を覚悟したような言葉に僕は悲しみを覚えた。
それは僕と同じ言葉を話すからだろうか、人とはまったく違う恐怖の対象でしかない巨体をしたドラゴンに僕は畏れ多くも哀惜の念を抱いたのだ。
「なにか……」
膝の震えはとっくに治まっており、僕は立ち上がった。
ドラゴンの前から離れ、森の中へ走る。
『ふん……、逃げてしまったか。仕方がないことだ、弱き人の子にボクの姿は恐ろしいんだろうな』
ドラゴンは薄れていく意識の中で、初めて言葉を交わした人間の子どもに恐れられ逃げられたことに多少の悲しみを覚えたのだった。
『まあそれも今となってはどうでもいいこと。人の子と話したのもただの戯れだったしな』
静かに意識がなくなるのを待っていたドラゴンのもとに足音が聞こえてきた。
片目を開き、その足音の正体を見つめると先ほど逃げていった少年が立っていた。
「こ、これ!」
僕は腕いっぱいに拾ってきた果物や木の実をドラゴンの口元に置いた。
『なんだこれは?』
僕からすれば身体いっぱいの量ある果物だったが、ドラゴンの大きな口と比べるとそれは一口分の量よりもさらに少量程度のものでしかなかった。
「これで元気になれる?」
『なんだ、これを採りに行っていたのか……、無駄なことを。ダメだな、こんなものではボクの傷は治らない。もっと力のある、魔力のあるものが必要だ』
「魔力?」
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