第4章 Side:Salt - B

第27話 汐見と佐藤の出会い(1)ー 忘年会以前


 佐藤とオレ・汐見潮が出会ったのは───正確に言うと、オレが佐藤を初めて【個体認識】したのは、転職して初めての忘年会の席だった。


 佐藤は、遠目から見てもスラっとした長身、ハーフのような顔立ち、少し茶色がかった眉と、毛先がくるっと巻いた髪をツーブロックで分けている。そこから覗く薄い鳶色のぱっちりとした瞳と長いまつ毛に、ちょっと垂れた柳眉、そこまで高くはないが、小鼻が小さく顔の下半分まで整っている、紛う方なき美形。

 じっくり見るのはその時が初めてで、見れば見るほど 〝こんなイケメンが芸能界以外に存在していいのか?〟 と思うほどだった。

 一瞬、ハーフかと思って本人に聞いてみたが、本人曰く


『3世代前くらい? の祖父が少し混じっていたらしいです。僕はまだ薄い方。従兄弟はもっとハーフ顔ですよ』と言って、初めて話して初めて訪問したオレの家で、屈託なく笑った。


 ついさっきまで、泣いてたのも忘れたように───



 ◇◇◇◇◇



 思い返すと、佐藤はとにかく目立った。そこにいるだけでこんなにも目立つ人間がいるのか、と思ったほどだ。


 本人曰く、起床時は183センチだが、夕方には180センチくらいになるとのこと。体重は70キロ。もう少しウエイトを増やしたい……らしい。スリーピースのスーツがビシっと似合う、嫌味すぎない程の逆三角形の形の良い上半身に、長い手足。

 そりゃ最初に聞いた【枕営業して仕事を取ってる】とのうわさも 〝彼なら百発百中だろうな〟 と思わせる話だった。その当時のオレは、それが陰口だとは思っていなかったため、その目立つ出立ちのせいで同性の嫉妬から彼の能力が過小評価されているとは知らなかったのだ。


 彼と直接会って話すまで、尾鰭背鰭おびれせびれまでつけていた噂しか聞いておらず、直接話したこともなかったせいで 〝そうか?〟 くらいにしか思っていなかったし、別段気にもしていなかった。それまでのオレの世界に、そんなイケメンは存在しなかったし、まさに異世界の人間だったからだ。


 オレはというと、現在すでに炎上案件があって緊急で助けに来て欲しいと請われてヘッドハンティングされ、変なタイミング(9月下旬から)での転職で、開発部署始まって以来のデスマーチになる、と言われて入社当日からサポートとして炎上プロジェクトのチームに入った。サポートという補助要員だったはずなのに、翌週からすぐチームリーダとして一気にソースコード管理を任されることになり、転職2週間目にして何万行ものコードを解読するのに四苦八苦していた。


 オレが前職のおかげでブラック体質に慣れていたのもこの会社にとってはラッキーだったに違いない。転職したばかりだというのに、3日連続の泊まり込み作業に不平不満も言わず黙々と作業をするオレを見て、オレより先に入った年下エンジニアたちも発奮したということだったから良い刺激になったんだろう。その時、一緒のチームで死に物狂いになってコーディングしていた全員が今や、ほぼオレの部下だ。

 そうやって11月末までずっと忙しく過ごしていたので、イケメン『佐藤』の存在など、完全に頭から消えていた。


 ところが、年末進行になりかねない作業にようやく光明が見えてきて、各自、帰社時間を調整しながら帰るようになった頃、営業の『鈴木』という男がちょくちょく出入りするようになった。どうやら、オレと同じチームにいる開発部の大戸先輩と同期入社で、とにかく派手な時計とピカピカに磨かれた靴が印象的だった。


「まったくよぅ、俺の仕様どおりにやって、なんでこんなことになるんだよ?」などと言いながら大戸先輩に絡んでいたのを覚えている。横柄な態度が目立つ男だな、という印象だった。その時はそう思っただけだ。


 だが後に、オレが転職してすぐ修繕に3ヶ月もかかった炎上大型案件の最大の元凶がこの男だったことを知った。

 営業が開発案件を安請け合いすることはよくあることが、ここまで酷いのは見たことがない。と思ったら案の定、プログラミングのプの字も知らないこの男『鈴木』が上流工程の内部設計を担当したのだという。


〝逆にそんなんでよくそのシステム動いてたな〟 と思ったが、納品直後からバグは勃発する、意味不明のエラーは吐く、など数々の問題が続出し、関わった全員が『もう二度とあの案件に関わりたくない』とまで言わしめた、まさに【悪魔のプロジェクト】だった。


 そんなこんなで、開発部がようやく一息ついた11月下旬頃から、度々出入りしている鈴木の口から『営業部の枕野郎・佐藤』の話が毎回飛び出していた。


〝はぁ……どこにでもいるんだな、こういう人種は……〟


 いわゆるやっかみだ。

 オレだって、営業の『佐藤』の話は『鈴木』以外からも耳にしていた。

 女性がほっとかない容姿をして、営業部ではトップの売り上げを誇る人物。


〝この世知辛いご時世に営業とはいえ、顔だけで仕事が取ってこれるかよ……アホか……〟


 そう思いながらも聞き耳をたててそのうわさ話を興味本位で聞いていた。

 やれ、あそこの会社では女性部長をたぶらかした、やれ、どこそこの会社では女性役員に取りいっただの、終いには、男性もイケるといううわさがあるZ社の社長と同じBMWに乗って食事に行ったのを目撃したやつがいる、だのだ。

 果たしてどこまでが真実でどこまでが嘘かわからなかったので、〝ちょっと……本人からうわさの真相を聞いてみたいなぁ〟 と思うようになった。


 なぜなら、10月に入ってオレたち開発部が連日夜遅くまで作業していた時期に、営業部も明るいことがあった。その度に営業部をそっと覗いてみると、ほぼ毎回、その『佐藤』が自席でディスプレイと書類を見ながら格闘していたからだ。


〝ふ~ん……横顔までイケメンかぁ……〟


 『鈴木』くんが嫉妬する理由もわからないでもなかったが、まぁでもオレには関係ないなと思っていたんだ。その時までは。

 だから、忘年会で偶然、隣りの席だった時は本当にびっくりしたんだ。


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