第24話 事情聴取(3)ー 休憩
汐見以外の3人はこの時ようやく汐見が落ち着いている理由がわかった。
〝……〈春風〉、君は……〟
その時、でっぷり刑事が左の内ポケットから何かを取り出し
ピッ、ガガッ! と音を立てた。
──警察無線用のマイクだ。
「あ~、○○署捜査二課の米山です。本部、応答願います」
ピッ! ガ~ッ! ガガッ!
『こちら本部。どうぞ』
「○○署○×△号事件の件でT病院にいます。23日(木)夜の傷害事件で任意の事情聴取にてマルヒとマルガイを確認中。マルヒは頭部外傷の女、マルガイは刺された男の方で確定しました。本部に報告願います」
『了解しました。他には?』
「マルヒにマルセイの疑いあり。そのまま聴取続行します」
『了解です! ~~~~~~東部○○号線辺りでトラック車両の大規模事故発生中、近隣にいる~~~』
警察無線の向こうからは他の無線連絡が入っているのかこちらにも少し内容が漏れ聞こえてくる。マルヒは被疑者、マルガイは被害者、マルセイとは精神障害者のことを称する警察用語だ。
「すまんね、中断させて。一応、仕事なんでね。本部も暇じゃないから事件の結論が出たら即ホウレンソウなんだ」
「いえ……」
「……とりあえず、撤収は全部聞いてから……ですよね、ヨネさん」
「そうだなぁ……帰ったら調書作り、メンドそうだなぁ」
ヨネさんと呼ばれたでっぷり刑事・米山の、うんざりという表情が見てとれた。
「……この後は、あんたが救急車を待ってるだけかい?」
今流れている映像は、汐見が紗妃の頭部を押さえているシーンだ。
「ええ、そうです……」
「この間、奥さんに何か変化は?」
「ありません。このまま救急の方が来るまで待って、担架が運び込まれて……」
「そこまで少し早送り再生してもらえるかね?」
「わかりました」
そう言われて、その場面までを2倍速再生する。
一瞬、紗妃の元から離れた汐見がリビングの壁にあるインターホンに向かって何か言っている。その後、汐見がリビングから消える。すぐに戻ってきて紗妃の頭を押さえている汐見。
程なくして、救急隊員らしき人物2人が担架を持ってリビングに入ってくる。
紗妃の隣に担架がおかれ、様子を確認して3人がかりでそっと紗妃が担架に乗せられると全員リビングから消えた。
と思ったら、汐見が腹を押さえた顔色の悪い状態で、自分と紗妃のスマホを持ち、自分のカバンから財布を抜き出してまた出て行った。
〝……めちゃくちゃ痛いはずなのに……冷静すぎるだろ、汐見……〟
そう思いながら佐藤はその画面を眺めていたが、行動の端々に汐見らしさを見て悲しいやら苦しいやらで若干感情の混沌を感じていた。
「……これで全部、です……」
「……です、な……」
は~~~っと、汐見以外が、三者三様のため息を吐き出した。
「……まぁ、なんでしょう……まさか被害者から映像の提供があるとは思ってなかったので……」
「……そう、ですよね……」
「この映像は調書の資料としてお預かりしたいのですが、可能ですか?」
でかい男が言うと、汐見は頷いた。
「ただ、データは自宅PCの方が鮮明なんですが、その方がいいですよね?」
「そうですね。……退院はいつですか?」
大男が確認する。汐見は担当医師に言われた通り
「順調にいけば、月曜日には」
「早いですな?!」
「はい。かなり回復が早いと医者にも驚かれました」
自身の回復状況を話す。その話には佐藤も若干驚いた。
「では、火曜日にご自宅に伺っても?」
「わかりました。USBにコピーしておきます」
「助かります」
大男と汐見が2人でやりとりしているのを眺めている佐藤が、ふと、少し気落ちしている気がして汐見に声をかけた。
「汐見? 大丈夫か?」
「あ? あ、ああ……」
「さて、じゃあ、とりあえず、残ってる、奥さんの音声の方を確認しましょうか」
「……はい」
「まだ汐見さんも確認していないんでしたな?」
「……えぇ……」
「「「??」」」
映像を見せている時はそれほど気にも止めず冷静に対応していた汐見が、刑事にもわかるほど明らかに様子がおかしい。
〝挙動不審……とまでは行かないが、なんか、変? だよな?〟
「どうしました? 気分でも?」
「ヨネさん、汐見さん、怪我してるんすよ。ちょっとここらで休憩とりませんか?」
「ん? あ、あぁそうだな。一旦休憩にしましょうか?」
「……そうして、もらえると……助かります」
「わかりました。では我々も失礼して、喫煙所に行って来ますわ」
そう言うと、でっぷり腹刑事・米山と大男の刑事が立ち上がって個室から出て行った。
刑事を改めて視認すると2人とも左耳に透明なイヤホンをつけている。おそらく常に警察無線を聞いているのだろう。佐藤は大男の耳が潰れているのを見て身震いした。
〝あれ、明らかに柔道有段者じゃん……〟
2人を見送った佐藤が汐見の顔を覗き込むと、表情は青白くなり眉間にシワが寄っている。
「汐見? 大丈夫か?」
「ああ、ちょっとナースコールする……」
ナースコールすると、すぐさま柳瀬が飛んできた。
「大丈夫ですか? 汐見さん?!」
「……大丈夫です……ちょっと気分が悪くなってしまって……」
「当然ですよ! 30分どころか1時間過ぎちゃってますから! 顔色悪いです! 痛みはありますか? 吐き気は? 点滴しておきますか?」
矢継ぎ早に心配と質問をされて汐見のみならず佐藤までもが苦笑する。
「痛みが……少し……顔色、悪いですか?」
「……顔色というか……入院中の抗生剤の投与は様子を見ながら行ってますが、それとは別に疲労回復に有効な点滴とかもあるので、鎮痛剤とそちらを……」
「そうなんですか……じゃあそれ、お願いしてもいいですか……」
「わかりました! 先生に確認してきますね! ちょっと待っててください!」
バタバタと柳瀬は慌ただしく出て行った。
汐見は自分では気づいていなかったが、思った以上に疲弊していたらしい。もともと無理するのが常態化しているため我慢を我慢とも思わない性質なのがこういうときに裏目に出る。
もっとも、気分が悪い理由はそれだけではなかったのだが───
「もっと早く言えばいいのに……お前は……」
佐藤は半ば呆れながら、でも 〝お前らしいよな……〟 と感心しながらもいたわしそうに汐見を見ていると、ふと顔を上げた汐見と目が合った。
〝顔色は悪いけど……木曜に自販機前で会った時より目元のクマはだいぶ良くなってるな……〟
佐藤は常に汐見を鑑賞……観察しているので、鏡を覗き込む汐見本人ですら気づかないほどの表情や顔色を克明に記憶している。汐見の隈が消えたのは喜ばしいことだと素直に喜び、声を掛けた。
「よく眠れたか?」
「ああ、昨日はな」
「昨日は? 一昨日は?」
「……なんか、色んなことがありすぎて眠りが浅かった気がする」
「考えすぎなんだよ、お前は……まぁ、仕方ないけどな」
「……そういうお前は心配しすぎだけどな」
「それこそ仕方ないだろ! あんな連絡の仕方するから! 俺の方は昨夜全然眠れなかったんだぞ!」
「……だろうな。すまん。でも、お前の顔にクマができてるの久しぶりに見たな」
はは。と力なく笑う汐見を抱きしめたくてどうしようもなくて、佐藤は自分の衝動を抑えるのに100%の理性を総動員した。
だが───
とうとう佐藤は汐見の右手を自分の右手で捕まえてしまった。
「? 佐藤?」
顔を見られるとその目から感情まで読み取られてしまいそうだったから。
佐藤は目を閉じて顔を伏せた。
ゆっくりと、汐見の手を自分の両手で包み込む───大切に───
乞い、願うように───
「心配、したんだ……本当に……胸が、潰れるかと……」
「……すまん……」
泣きそうになる自分を叱咤しつつ佐藤が二の句を告げようとしたところで、柳瀬が点滴スタンドとビニールを被せたボウルを2個を持って入ってきて
「汐見さん!」
汐見の手を両手で握っている佐藤を目撃してしまった。
「! って、あっ、すみません!」
一瞬イケナイものを見てしまった気がした柳瀬は即座に謝罪した。
「? どうしたんですか?」
不思議がっている汐見に対し、顔をあげた佐藤はさりげなくスッと手を引っ込めた。
〝見られた、よな……まずかったかな……〟
相変わらず鈍感な汐見を憎らしく思いつつ、やはり自分の汐見に対する行動は他人から見るとおかしいのだ……と感じた佐藤は今後も注意しようと心に誓った。
「あ、と。て、点滴、してもいいですか?」
「? はい、どうぞ」
出された左腕に残っている点滴用の針を確認して、今度はこれまでとは別の表記がされた点滴バッグが掛けられ処置を施される。
「2~30分で滴下終わると思うので。警察の方は、まだ?」
後半はちょっと小声だったが、汐見は笑いながら
「ええ。休憩してから、ってことでした。でももう少しで終わると思います」
「そうですか、よかった。やっぱりこういうの、怪我もしてるので、メンタルにキますからね」
「……そうですよね……」
「あ、あとこれ。
柳瀬が刑事2人組が座る側に置こうとしたので佐藤がすかさず申し出た。
「すみません、それ、僕が預かっていいですか?」
「あ! はい。じゃ、お願いします」
ボウル2つを受け取った佐藤を見ていた汐見が
「……お母さんかよ……」
微かに苦笑する。その笑みにさえ佐藤は胸が痛くなる。
「こんな時は甘えとくんだよ。お前はいつも我慢しすぎだ」
少し沈んでいる汐見と、心配そうな佐藤の表情をチラ見しながら、柳瀬は思う。
〝この人……多分……〟
柳瀬は看護師としてはかなり優秀な方だ。本人は無意識だが、コールドリーディングできるので看護師として患者の
そして──汐見に対する佐藤の気持ちと、佐藤に対する汐見の気持ちとに相当の温度差があることも感じ取ってしまった────
コンコン、とノックがされ
「どうぞ」
刑事2人組が入室してきた。
「さて。後半戦、と行きますか」
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