第10話 彼女が可愛いことに気付いているのは俺だけ
「え……?」
まさか俺から声をかけられるものとは思っていなかったのか。
彼女はきょとんとした表情になっている。
「聞こえなかったのか? 俺と踊れと言ったんだ。それともなにか。俺と踊りたくないと?」
「い、いえいえ、そんなことありませんっ!」
顔の前で両手を振って、否定する令嬢。
それを遠巻きから、パーティーの出席者が眺めている。
みんな、不可解そうな表情をしていた。
「で、ですが……どうして私なんかに声をかけてくれのかな、と思いまして。他にもっと可愛い子がいるのに……」
「ふんっ、なにを言っている」
鼻で笑い、俺はこう続ける。
「ジルヴィア、お前はダイヤモンドの原石。他の節穴どもには分からないようだが、このパーティー会場で一番輝いているのはお前だ。そんなお前に、パーティーの主役である俺が声をかけるのは当然のことだと思うが?」
「〜〜〜〜〜〜!」
彼女──ジルヴィアは顔を真っ赤にする。
こういうさりげない動作も彼女らしくて、俺はつい頬を綻ばせてしまった。
彼女はジルヴィア・グライスナー。
グライスナー男爵の令嬢だ。
そして……『ラブラブ』の攻略ヒロインの一人でもある。
彼女は一見地味な女の子。
学園に入学した当初も、こんな感じに地味だったと思う。
しかし侮ることなかれ。
彼女は希少な『光』属性魔法の使い手なのだ。
一度説明したと思うが、光と闇属性は他の五代属性の上位互換。
さらに彼女は治癒の魔法能力に特化しており、『ラブラブ』でも回復役として重宝されていた。
彼女は人一倍自分に自信がない。
だが、主人公エヴァンはジルヴィアのことを気にかける。そして彼女はエヴァンへの恋心を募らせていくのに比例して、光魔法の才能を開花させていくのだ。
そしてそんな彼女、もう一つの特徴がある。
それは彼女の好感度を上げるにしたがって、徐々に外見と内面が磨かれていくのだ。
性格はどんどんと前向きに。
外見は垢抜けて、キレイになっていく。
最終的には『ラブラブ』でも屈指の美少女となり、イラストもあいまって、ファンの中でも人気が高かった。
──彼女だけは味方に引き入れておきたい。
この世界が『ラブラブ』と同じように進むなら、学園に入学してしまえば、彼女はエヴァンに心奪われることになってしまう。
エヴァンの超絶攻撃力に、ジルヴィアの回復が加わってしまえば?
……正直、混沌魔法を手にしたとはいえ、エヴァンたちに勝つのが難しくなってしまう。
それが逆に回復役として、ジルヴィアを味方に引き入れれば、俺も随分と戦略の幅が広がる。
万が一、エヴァンと対立することになってしまったとしても、返り討ちに出来る算段というわけだ。
……と打算的な思いもあって、今のうちにジルヴィアに声をかけた。
しかし俺には別の思いがある。
それはレオの次に、彼女が俺の推しキャラだったからだ。
エヴァンのことが大好きで、彼に告白したいと思っているジルヴィア。
しかし他の積極的な女の子に負けて、なかなか思いを打ち明けることが出来ない。
エヴァンと出会い徐々に前向きになってきたとはいえ、男の子と距離を詰めるのが苦手な女の子。
ゲームで攻略するのは一苦労だった。
だが、ジルヴィアルートに入ってからのシナリオは号泣必至で、気付けばプレイヤーの誰もが彼女のことを好きになっている。
俺もその中の一人で、女キャラの中ではジルヴィアのことが一番好きだった。
どうしてレオではなく、エヴァンと引っ付くんだ?
とプレイヤーながら、エヴァンに嫉妬してしまったことを思い出せる。
「レ、レオ様、どうかされましたか? ぼーっとなさっているようですが……」
「な、なんでもない」
不思議そうな顔を向けるジルヴィアに、俺はそう首を横に振る。
「それにしても、どうしてレオ様が私なんかの名前を知っているんでしょうか? まだ名乗っていなかったですよね?」
「……!」
しまった。
つい感極まって名前を呼んでしまったが、この時点で彼女と俺は初対面のはず。
俺は思考を高速で働かせながら、こう言い繕う。
「なにを言う。グライスナー男爵の令嬢だろう? 俺は近辺の貴族の名前を、全員覚えている。無論、当主だけではなく、その子どもも……だ」
「え!? そうなんですか? かなりの人数になると思いますが……」
「俺を誰だと思っている? ハズウェル公爵家のレオだぞ。これくらい容易い」
咄嗟に出た言い訳だった。
ここ一、二年は剣と魔法の鍛錬に明け暮れていたため、そういったところまで手を付けられなかったからだ。
内心ヒヤヒヤものであったが、ジルヴィアはそれで納得してくれたみたいで。
「そうだったんですね。さすがは聡明な公爵子息として名高い、レオ様です。私なんかでは足元には及ばないほど素晴らしく……」
「さっきからごちゃごちゃ言っているが」
これ以上突っ込まれると困る。
そう思った俺はさっさと話を進めることにする。
「早くこの手を取ってくれないか? 一緒に踊ってもいいのだろう? 俺をいつまで、こんな状態にさせておくつもりだ」
「す、すみません!」
とジルヴィアは恐る恐る俺の手を取る。
「私でよければ!」
その時、前髪が揺れて彼女の目元がチラリと見えた。
気のせいかもしれないが、瞳には喜色の類が浮かんでいるようだった。
やっぱり、こいつ可愛いな。
レオらしい行動を心がけていなければ、またぶひってたかもしれない。
ゲーム内でもジルヴィアはこのパーティーに出席していたんだろうか。
だが、レオは分かりやすい美人にしか興味を示さないので、彼女を歯牙にもかけなかったに違いない。
我が推しキャラながら、愚かなことをする。
俺とジルヴィアが踊ろうとするのに対して、
「だ、誰にも興味を示さなかったレオ様が、あの地味な令嬢をダンスパートナーに選んだ!?」
「きーーーーっ! あの子、なんなのですの!」
「確かグライスナー男爵家の令嬢だったと思いますが、どうしてレオ様は彼女を選んだのでしょうか?」
と周囲の令嬢が嫉妬の眼差しを向けてくる。
人のそういった負の感情に敏感なジルヴィアは、肩を縮こませてしまう。
「なにも怖がる必要はない」
俺は彼女を安心させるように、こう口にする。
「お前のことは俺が守ってやる。もうお前は俺のものだ。俺の所有物に手を出す人間は許さない」
「は、はい……!」
ぎゅっと俺の手を強く握り返すジルヴィア。
か、可愛い……。
ちょっとギザすぎる台詞を吐いてしまったが、嫌われていないようでなにより。
いまいち、女の子との距離感が分からないのだ。
その後、俺はジルヴィアとのダンスを楽しんだのであった。
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