第11話 運命の人(ジルヴィア視点)
(side ジルヴィア)
私なんかが、レオ様の誕生日パーティーに行っていんだろうか?
招待状をもらって、まず先に私──ジルヴィアに浮かんだのは、そんな感情であった。
一応、私も貴族。
ハズウェル公爵家に比べて、男爵令嬢というのは少し格落ちかもしれないが……臆する必要はないはずだ。
だけど私は幼い頃から、どうも他人とコミュニケーションを取ることが苦手だった。
『おめーみてーな、地味な女なんて好きになる男はいねーよ!』
昔、そんな心ない言葉を同年代の男の子から浴びせられたことがある。
その言葉ずっと、私の心を蝕んでいる。
声をかけて、嫌われたらどうしよう?
私みたいな地味な女の子、誰も好きになってくれるはずがないよね?
誰かに話しかけようとすると、そんな思いばかりが湧いてくる。
希少な光属性の魔法に目覚めた時も、本来なら喜ばしいことであるが、私の気持ちは変わらなかった。
それどころか、私ごときが光魔法を使えるようになって、本当にいいのだろうか──そんな後ろ向きなことばかり考えてしまう。
私は『私』が嫌いだった。
レオ様の誕生日パーティーに出席しても、相変わらず誰かに話しかけることは出来なかった。
それに──ハズウェル公爵家のレオ様といったら、二年前くらいに話を聞いたことがある。
なにをするにしても怠けて、ろくに勉強をしない。
使用人に対しても苛烈の一言で、泣かされた人は数知れない。
さらに無類の巨乳好きで、まだ自分も子どもなのにすぐに女に手を出す。
他人……特に男性が怖い私にとって、レオ様はまさしく恐怖の象徴であった。話を聞いているだけで怖い。
あっ、でも。巨乳好きってことは、私には興味を抱かないのかな? お世辞にも私の胸は大きくな……ここでやめておこう。言えば言うほど、悲しくなってくるだけだ。
パーティーでは戦々恐々としながら、会場の片隅で早く時が過ぎるのを待っていた。
そんな時であった。
『俺と踊れ』
レオ様に声をかけられた時、一瞬なにが起こったか分からなかった。
しかし次第に「どうやら自分にダンスのお誘いがきたらしい」ということが分かると、嬉しさより困惑の感情が湧いてきた。
どうして私に?
レオ様の真意が分からず、私はこう尋ねる。
『で、ですが……どうして私なんかに声をかけてくれのかな、と思いまして。他にもっと可愛い子がいるのに……』
当然の問いであった。
実際、遠巻きから私たちを眺めている令嬢も、同じことを思っているだろう。
しかし彼はそれを鼻で笑い、
『ジルヴィア、お前はダイヤモンドの原石。他の節穴どもには分からないようだが、このパーティー会場で一番輝いているのはお前だ。そんなお前に、パーティーの主役である俺が声をかけるのは当然のことだと思うが?』
と言ってのけた。
お礼を言うべきだったんだけど、男性から──というか両親以外から、そんなことを言われるのは初めてだったから。
動揺しすぎて、すぐに言葉を紡ぐことが出来なかった。
『早くこの手を取ってくれないか? 一緒に踊ってもいいのだろう? 俺をいつまで、こんな状態にさせておくつもりだ』
だから今度はちゃんとお返事しなくちゃいけない。
私はレオ様の手を取る。
『私でよければ!』
その際、レオ様は少し照れたような表情をした。
もしかして、女性に触れることに慣れていないのだろうか?
いやいや、そんなバカな。
あの悪名高いハズウェル公爵家の子息。そんなわけがあるはずがない。
だけどレオ様とのダンスは楽しかった。
男性と踊るのが初めてだった私を、レオ様は優しくフォローしてくれた。
怠惰な公爵子息なんて、とんでもない。
こうして踊っているだけでも、レオ様の身体能力の高さがはっきりと分かる。
細身な体型だと思っていたが、近くで見るとレオ様の体が結構がっしりしていることに気付く。
これは毎日努力していないと、辿り着けない境地だ。
それを表に出さないレオ様に、私はさらに好感を覚えた。
ずっとこの時が続けばいいのに。
だけど楽しい時間もあっという間。
ダンスが終わった後、レオ様は、
『うむ、楽しかったぞ。気に入った。お前を俺の──』
──妾にしてやる。
そう言われると思った。
パーティーに来る前の私だったら嫌だけど、レオ様の妾になれるなら良いと思い始めていた。
しかしレオ様は一瞬言葉に詰まってから。
『と、友達にしてやる! 俺の友達になれるんだ。光栄に思え。ま、まあお前が嫌なら無理強いするつもりはないが……』
『喜んで!』
返事をしてから、私は自分の言ったことに驚く。
私、こんな声も出せたんだ。
今までの私だったら、レオ様の提案を「いえいえ、私なんか……」と断っていたかもしれない。
だけどレオ様ともっと仲良くなりたくて、私は考えるよりも先に言葉が出てしまった。
『そうか』
私の顔を見つめて、レオ様は穏やかな笑みを浮かべる。
きゅんっ。
え……?
さっきの胸の高鳴りはなんだろう?
レオ様が私の前からいなくなった後も、胸のところがじんわりと温かいままだった。
こんな感情は初めて。
でも……幸せ。
私はこの時、恋に落ちたのであった。
後日談ではあるが……。
レオ様のことをお父様に伝えると、
『レオ様の評判が悪い? ははは、なにを言っているんだい。それは二年前の情報だ。理由は分からないが、今のレオ様は心を入れ替え、どこに出しても恥ずかしくない公爵子息となっているよ』
と快活に笑っていた。
そんな大事なことは、パーティーに行く前に言って欲しい。
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