第9話 レオ君のお誕生日パーティー

 俺が混沌の力を得てから、さらに一年が経った。


 もちろん、俺が屋敷の力に潜り込んだことは秘密にしたし、混沌のことなどもってのほかだ。

 勝手な行動をしてお父様に怒られるのは百歩譲っていいものの、こんな禍々しい力を得たと聞かれたら、周りからどう思われるだろうか?


『ラブラブ』では、混沌魔法を習得したレオは、そのまま世界を支配する巨悪へ一直線に走った。


 だが、巨悪になるのはいけない。

 チート主人公エヴァンの覚醒を促し、破滅エンドを迎えてしまうかもしれないからだ。


 だから俺はこのことを自分だけの秘密にして、今まで誰にも喋ってこなかった。



 この一年では俺は剣と魔法の技術を、さらに磨くことに集中した。

 最近ではエルゼも本気を出してくれるようになって、俺は彼女から一本を取れなくなっていた。



『くそっ……今は無理だが、本気のお前から必ず一本取ってやるからな!』

『現時点でも恐るべき実力なんですが……レオ様のやる気が絶好調で、このエルゼも楽しいです。さあ、剣で語り合いましょう! 出来れば一生!』



 ……と、昨日もエルゼと模擬戦を繰り返していた。


 最近、俺に対するエルゼの溺愛が加速しているように思えるが、気のせいだろうか?

 ゲーム内で『零の剣舞士』と呼ばれ、冷静沈着だったエルゼを知っているので、どうも戸惑いが大きい。


 そんな感じで、破滅エンド回避までの道のりを順調に進んでいった。




 そして俺が十一歳を迎えた誕生日──ハズウェル公爵家の屋敷で、豪勢なパーティーが開かれることになった。




 レオ君のお誕生日パーティーというものである。

 各地から有力な貴族がやってきて、屋敷内はいつも以上に煌びやかな様相を呈していた。


 さすがは貴族。

 未だ、転生前の庶民感覚が抜けきっていない俺は、豪華な誕生日パーティーに圧倒されてしまう。



「あのー、レオ様〜。ご挨拶よろしいですか?」



 俺がワイングラスを片手に(酒は苦手だったので、中身は葡萄ジュースだ)立ち竦んでいると、令嬢の一人が声をかけてきた。


 またか……。

 そう辟易とするが、俺は感情を表に出さず口を動かす。


「許可しよう。なんだ?」

「ありがとうございます。わたくしはラズベリー伯爵家のアデリーナ。本日はお招きいただき……」


 彼女がそう言葉を続けようとすると、どこからともなく他の令嬢も俺を囲み出した。


「ちょっと待ちなさいよ。抜け駆けは許さないわよ」

「レオ様、わたくしにも挨拶をさせてくださいまし。わたくしは……」


 さっきからずっと、こんな調子だ。


 俺も人並みに女は好きだ。

 しかし転生前では女と付き合ったことがなく、こういう場合どうしていいか分からない。


 それに……目のやり場に困るんだよな。


 少しでもハズウェル公爵家の子息──つまり俺にアピールしたいのか、彼女たちはドレスにしては露出の多い服を着ている。


 ちなみに。

 ゲーム内でのレオは無類の巨乳好きとして有名だった。


 こういったパーティーでは、


『なかなか良い乳をしているではないか。気に入った。お前、俺の愛人にしてやる!』


 と令嬢の胸を揉んでいた。


 とんでもないマセガキだ。俺でも、転生前は女の胸なんて揉んだことないんだぞ!?


 これだから、レオの評判がどんどん悪くなっていき、最終的に死んでも誰も同情してくれなかったのだ。

 レオらしく生きようと思ったら、ここで胸の一つでも揉んだ方がいいかもしれないが……とてもやろうとは思えない。


「レオ様? 先ほどからぼーっとされているようですが、なにかありましたか?」


 令嬢の一人が、俺に身を寄せる。


「もしかして、体調がお悪いのでは……!」

「お、おい。ちょっと離れろ」


 そうは言ってみるが、令嬢は俺から顔を逸らさない。

 これだけ接近されるものだから、彼女の豊満な胸の谷間がはっきりと目に飛び込んでくる。


 さすが令嬢だ。

 美容にも気を付けているだろうし、めっちゃ美人。

 恋愛経験が豊富だったら、ここで手を出していたかもしれない。豊富だったらな!


「ぶ、ぶひっ」

「ぶひ?」

「な、なんでもない!」


 いけねえ……変な声が出てしまった。

 先ほどからあたふたしている俺に、令嬢たちは怪訝そうな目を向ける。


 これじゃあ俺、ただの不審者だ。



「レオ様」



 誰か助けてくれ──と内心思っていたら、エルゼがやって来てくれた。


「レオ様のお父様が話があるそうで、お呼びです。すぐに行きましょう」

「う、うむ」


 令嬢たちは残念そうな顔をするが、その名前を出されたら仕方がない。

 ようやく俺は彼女たちの輪から脱出し、一息吐くことが出来た。


「助かったぞ、エルゼ。お父様からの話というのは嘘だな?」

「ええ。レオ様が困っていたようですので」


 と無表情でエルゼは口にする。


「それにしても、本当によかったのですか? 私みたいな一メイドも、このようなパーティーに出席させていただいて……」

「良い。こういう時のためのエルゼだ。俺のことを真に理解してくれる女はお前しかいない」


 エルゼもいつものメイド服ではなく、ドレスを着ている。

 当初は「メイドなのに、このようなキレイな服を着させてもらうなんて……」と断ろうとしていたが、まさかメイド服のままパーティーに出席させるわけにはいかないだろう。


「はい。レオ様を理解しているのは、このエルゼだけです。それなのにあの令嬢たち、レオ様に色目を使いやがって……レオ様が困っていなくても、あんな毒虫をあなたに近寄らせるわけにはいきません」

「お、おう」


 エルゼ、また殺気を放ってる……。

 彼女はどうして俺が他の女と喋っていると、ゴゴゴと黒いオーラを体から漂わすのだ。


「まあまあ、落ち着け。そんな怖い顔をしていたら、せっかくの美人が台無しだぞ?」

「え!?」

「ん、聞こえなかったか? せっかくの美人が台無しだと言ったんだ。お前、自分が可愛いことくらい理解しているだろう?」


 実際、エルゼはここにいる令嬢たちとは遜色ないくらいの美少女だ。

 さらに今日は煌びやかなドレスを着ているものだから、いつも近くにいる俺とて彼女に目を奪われてしまう。


「び、美人……! レオ様が美人と言ってくれた! 感無量。私、この日を絶対に忘れません……」


 胸の前で手を組み、目を瞑るエルゼ。

 さっきから表情がコロコロ変わって、可愛い。


「ん……?」


 機嫌が元通りになったエルゼから目線を外すと、会場の片隅で肩を狭めている令嬢を見つけた。

 俺と同じ年頃の少女だ。


 あれは……!


 レオとしては、彼女のことは初めて見る。

 しかし『ラブラブ』を何周もやってきた俺は、彼女が誰なのかはすぐに分かった。

 まさかこのパーティーに来ていただなんてな。


「レオ様……?」


 隣でエルゼから首を傾げる。


「悪いが、エルゼ。そこでちょっと待っててくれ」


 そう言い残して、壁際に立っている令嬢に向かって一歩を踏み出す。


 他のギラギラした令嬢たちと比べて、彼女は地味な見た目をしていた。


 長い前髪のせいで目元が見えず、服の露出も最小限。

 そんな彼女に誰も話しかけたりしない。

 俺も彼女のことを知らなければ、特段意識を向けなかっただろう。


 だが。


「おい」


 俺は彼女の目の前に立ち、そう声をかける。


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 彼女は小動物のようにビクッと顔を上げ、恐る恐る俺を見上げる。


 俺はそんな彼女に手を差し出し、こう口にした。


「俺と踊れ」

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